2020年12月29日火曜日

『ハゲを生きる 外見と男らしさの社会学』 須長史生


3年前に小学校の同窓会に出席しました
午前中に理髪店に寄って散髪してからそのまま会場に向かいました
お世話になった先生と懐かしい級友たちとほぼ半世紀ぶりに再会しました

会の様子をいろんな角度から撮影した写真があとから送られてきました
その中の1枚を見てオヤ?と思いました
自分の頭のてっぺんがいやに薄いのです

当日髪を刈ったということがあるにしろ思いのほかの薄さでした
自分の頭とはにわかに信じられませんでした
誰かほかの人の頭だと思いたいくらいでした

若い時からずっと髪型は真ん中分けにしてきました
この髪型の維持が最近なかなか難しくなってきたなあ、とは思ってました
真ん中で分けると頭頂部の地肌が目立つようになってきたからです

5:5していた分け目を同窓会のことがあってから4:6にしました
すると薄毛はだいぶ目立たなくなりました

それにしてもどんなものでしょうか?
この流れからするとこの先は3:7、さらに2:8と。じりじり後退することになるでしょう
側頭部の髪を真ん中の方の応援に向かわせるというおじさん特有の髪型です
「バーコード」や「スダレ」へと至る道です

最後はいかんともしがたく「未練の架け橋」を渡るような苦境に陥るでしょう
それが5年後なのか10年後なのかは知りません
それにしても分け目をつける髪型にしがみつく価値はあるのでしょうか?

ということで突然ですがこの夏から短髪にしました
ベリーショートです
2020年8月29日
一瞬ポニーテールに惹かれましたが手入れに手間がかかります
いつもきちんとしていないと不衛生っぽくなります

ザンバラはただむさくるしくなるだけです
それにロン毛にすると友人から一層「仙人のようだ」と言われることになります

ということで長髪系はやめることにしました

ベリーショートはどうか?

こちらにはそう惹かれませんでしたが何かと実用的なようです
短時間で安価に刈れるし、手入れはほとんど必要ないし、寝ぐせがつきません
そしてなにより短髪にすると薄毛が目立たないことに気がつきました


中高生のとき何回かスポーツ刈りにしたことがあります
襟足からかなり上まではっきりと刈り上げ、上の方だけほんの少し長めにしてました
スポーツ刈りにしていた時は心身ともにさっぱりしていた気がします
槍ヶ岳山頂 1971年7月26日
というわけでベリーショートにしました
薄毛がもっと進んだらベリーベリーショートにします!

ところでこの本おもしろいです

出発点は、
「ハゲた男性は女性にもてない」
「ハゲなど気にせず堂々としていればいい」
といった社会に流布する通念へのアンチテーゼです

これらをくつがえすジェンダー視点の思考・調査分析が「ハゲ」という一点を越えて秀逸です

「通常我々は会話の内容が自らの身体に及ぶと、多少なりとも動揺する。それはたとえ会話の上であっても、身体への言及は他者の領域(テリトリー)への侵犯であり、普段は慎まれるべきものとされているからだ。他者への親密さには、よそよそしい状態から互いの領域に踏み込み、双方のテリトリーを融合・浸食させることによって実現されるという側面がある。その意味では他者の領域への侵犯は親密さを築き上げる条件の一つになっているともいえる。つまり、身体への言及は、テリトリーの侵犯が相互に許しあえる仲なのだという親密さの確認の意味も含んでいるのである。この説明はハゲ経験にも有効である。他者の領域への侵犯が、こと、ハゲに関することになると、普段話題にすることを避けられる度合いは「その服、似合うね」とか「髪切ったの?」と比べても格段に高くなると思われる。それでもあえて「おい、ハゲ」と言う場合、それは発する側からの一層の親密さの表明であり、そこには互いの関係の親密さを確認しようとする意図が込められている。すなわち、他の連中なら決して触れることのできないタブーでも、俺たちなら笑って話題にできるのだ、と。
 しかしながらハゲへの言及は、親密性の表現という効果をもたらすと同時に、正反対の機能も果たしている。それはもちろん侮辱であり攻撃である。現在の日本においてハゲに言及することは、多少なりとも(否、おおいに)言及された本人に対する侮辱になることは明白である。からかいは、「遊び」という隠れ蓑をまとうことで自らを合理化しつつ、しかし確実に相手の心に攻撃を仕掛けているのである」

2020年12月26日土曜日

『歪んだ正義』 大治朋子


新聞広告でふと目にし、サブタイトルに興味をもって読んでみました
「普通の人」を自認しているので自分にも過激化する要素があるのかなと

この人の「普通の人」の定義はずいぶん広いと思います

専門医に「大麻精神病」「妄想性障害」などと診断されていた
小中学生時代から母親の執拗な虐待にさらされていた
親子関係、仕事、病気など背負いきれない負荷に苦しんでいた

これは例としてあげられていた日本での過激な事件を起こした犯人が置かれていた状況です
これらの人々にも等しく人権は認められています
著者はそのような意味で「普通の人」としているのでしょう
それに異論はありません

期待はずれだったのはそれほどの状況には置かれていない人々の例がなかったことです
結局「普通の人」の過激化については分からずじまいでした

参考文献がたくさん紹介されていたことは次の読書へ足がかりになり有り難かったです


一行レシピ 〆鯖

 

振塩し1時間傾け水気を落とし、洗い拭きとり米酢で15分〆め、小骨を取って皮をむく


2020年12月24日木曜日

クリスマス・イブ 2020

 

まずはポッキーをつまみに辛口のスパークリングワインを飲みます
いい気分!

パーティー・モードの夜は写真を撮る前にもう食べ始めています
美味しい!

ことしのメニューは
 ローストチキンレッグ(ベルク)
 ローストビーフ(ベルク)
 ミネストローネ(自作)
 スティックサラダ(自作)

食後にアールグレイを飲みながらイチゴショートを食べました
ごちそうさま!


2020年12月21日月曜日

『さよなら、俺たち』 清田隆之

 

かつていた職場に「我々」ということばを頻用する「おじさん」がいました
ミーティングやプレゼンなどで機会あるごとにこの言葉を使っていました
職場には女性もたくさんいました
彼の「我々」にはとうぜん彼女たちも含まれることになります

「おじさん」はなぜ「我々」ということばを好んで使っていたのでしょうか?
たぶん自分は組織の意見を代弁していると強調したかったのだと思います

「我々」ということばが嫌いです
男らしさや勇ましさを過剰に感じるためです
いまは退職して組織から離れており「我々」を使う状況にありません
清々しい限りです

この国はもう何十年もよたついてきました
そのことの原因の一つは「おじさん」の跳梁跋扈にあるとみています
自分も「おじさん」には違いないですがもう組織には属していません

ありとあらゆる組織から「おじさん」を間引くこと
そしてバランスの取れた老若男女による集団に立て直すこと
それがこの国には不可欠だと思う年の瀬です


2020年12月13日日曜日

『よかれと思ってやったのに 男たちの「失敗学」入門』  清田隆之

 

わら細工作りを女性メンバーの多いサークルでやっています
他愛ないおしゃべりのなかで好きなものを作るのは楽しい
それはそれでいいことです

そのおしゃべりがえてして根ほり葉ほりの展開をみます
メンバーそれぞれが結婚に至ったなれそめだとか、ただ今の夫婦関係、家族関係とかです
こういうのを婚バナとでもいうのでしょうか?
これがちょっと苦手です

未婚の時は恋バナで、結婚すれば婚バナになるのは女性同士では自然な流れのようです
この婚バナにどうもスッと入っていけません
これは個人的な事情(6年前に妻と死別)ばかりによるものではないと感じていました

男性は恋バナや婚バナをあまり大きな声ではしないと思います
すくなくとも多くの人と、長々と、嬉々としてすることはないでしょう
それがどうしてかは分かりませんがそういう実感がありました

そんなことが頭にちらついていた矢先にこの本を読みました
そのきっかけは朝日新聞の悩み相談欄で著者の回答を読んだからです
ジェンダーのバイアスがなるべくかからないように答えるスタンスが面白いと思いました

あとがきで著者はこう書いています
「男と女とでは見えている景色がまったく違うかも...」

わら細工サークルの女性がなぜあれほど婚バナに夢中になるのか
彼女たちの視界には多くの男性が見たことのない景色が広がっているのでしょう
それは男たちが確信するほどには無意味なものではないのです


2020年12月12日土曜日

一行レシピ 魚の干物

水で洗い6.4%の塩水(1ℓの水に65gの塩)に90分漬け水で洗い干し網で6時間干す
 
6.4%の塩水に90分漬けます

塩の加減や漬けたり干したりする時間は魚の種類や大きさ、当日の天候により異なります
いろんな魚でいろいろ試してみると楽しいでしょう

ここで使った魚はイボダイ
エボダイと呼ばれることが多いですが本当はイボダイ 
エラの近くに痣(イボ)のような斑点がありこれを灸の跡(いぼお)に見立てたもの

がのったイボダイは新鮮なうちに干物にして冷蔵します
食べきれない分はラップして冷凍します
冷凍した干物は食べる半日前に冷蔵室に移してゆっくり解凍すると水気が出ません

干し網は簡単に手に入ります
1段の2尾干せるものや3段で一度に6尾まで干せるものがホームセンターで買えます


2020年11月30日月曜日

オサカナを遠く隔てて

5年前のきょう永いこと勤めた職場とさよならしました
そしてこれからはこんなふうにしようと思いました

オサカナを遠く隔てて
ときどき山川
ちょくちょく藁竹茅

ちょっと何のことか分からないですよね

お魚食べるのは好きですけれど
オサカナには距離を置こうと思いました

オサカナのオは女の人のオです
縁のない生活です

オサカナのサは酒肴です
酒は夕方に芋焼酎を一合飲みます
肴は乾き物か厚揚げなど
オサカナのカは金です
もらわない、あげない、つかわない
もちろん必要なかぎりということ

オサカナのナは名です
名誉とかプライドとか意地とか
つまりややこしい精神です


ときどき山に行きます
美しい姿を眺めたり、古民家で過ごしたりします
それから友人と川べりを自転車で旅します

ふだんは手仕事をしています
藁で民具、竹でかごやざる、茅で茅葺きです

この5年間で嬉しかったのは自身に可能性の残滓を見出したこと

さてこれからはこうしようかな

サカナを遠く隔てて
ときどき山川海
ちょくちょく藁竹茅

素敵だな…

2020年11月28日土曜日

『老後に備えない生き方』 岸見一郎


「老後に備えない」とはとりたてて老後対策はとらないということですね
人生哲学をことさらに更新しないであちらまで行ってしまおうというわけです
何かにつけ面倒くさがりの方にはピッタリの考え方かと存じます

しばらく前にこの人の『老いる勇気』という本を読みました
そして健康を除く老いの問題の大半はじつは若い人にとってもだいじだと実感しました
この本でも同じような読後感を持ちました

年齢や性別などを越えて、まず人として大切な何かがあるということです
その老若男女共通のだいじな何かとはいったいどのようなものでしょうか?

「人生は後悔の集大成にならざるをえない」 だからまず過去を手放すこと

「あらゆる悩みは対人関係の悩みである」 けれどまた

「生きる喜びも幸福も対人関係の中でしか得ることはできない」

「自分のまわりに自分を嫌う人がいることは、自分が自由に生きていることの証(あかし)であり、自分が自由に生きるために支払わなければならない代償である」

「およそあらゆる対人関係のトラブルは人の課題に土足で踏み込むこと、あるいは踏み込まれることから起こる」

2020年11月26日木曜日

ニワ

上り框(あがりかまち)

 一入亭に入り、トオリを抜けると玄関土間になります
ここから先がニワです

ニワ(庭)はこの家が建てられた当時(江戸時代末期)は全面が土間でした
ここで脱穀などの農作業や炊事をしていました
囲炉裏があったので古い部分の柱や天井は真っ黒に煤けています

入ってすぐ左にウマヤ(厩)に向かう通路があります
ニワとウマヤの間は高低差が30センチほどあります
スロープで滑って転ばないように矢羽根模様のシートを張ってあります

台所には解体するお宅からもらったシステムキッチンを据えつけました
冷蔵庫、電子レンジなどもあります

北側に食卓、ベッド、机を並べています

食卓と長椅子です
杉の破風板と貫を使って作りました
頑丈だけがとりえです
テーブルトップには茣蓙の上にポリカーボネート板を敷いてあります

こちらはベッドです
作りは食卓・長椅子と同じで、床がそのまま寝台になった感じです

この襖の中は工具や衣類などが置いてあります

こんどいつかウマヤをご紹介しま~す🐴


2020年11月16日月曜日

『おらおらでひとりいぐも』 若竹千佐子


わたしの母親は宮城県出身で20代後半からは家族とともに横浜で暮らしました
そして70代で亡くなるまで完璧に東北弁を使っていました
横浜の人々のあいだでズーズー弁を使うことにまったく抵抗がないようでした

家の中で両親は東北弁で話しをしていました
子どもたちは怒られるときも、褒められるときも(これはあまりなかった)東北弁でした
だからわたしは東北弁を読んだり、聞いたりすることに不自由はありません

わたしの日常で東北弁が役に立つことはほとんどありません
この本を読んでいて東北弁がわかるのはありがたいと感じました
やっぱり方言でなければ伝えられない思いとか、ニュアンスというのはあるのだと思います

全編を通じてそういう東北弁のリズムがこころに響きました
それと並行して言葉遣いを超えたいくつもの真実にも共感しました

「他人には意味もなく無駄と思えることでも夢中になれたとき、人は本当に幸せなのだろう」
「人は独り生きていくのが基本なのだと思う。そこに緩く繋がる人間関係があればいい」
「どこさ行っても悲しみも喜びも怒りも絶望もなにもかにもついでまわった、んだべ」

2020年11月14日土曜日

『道教思想10講』 神塚淑子

 


道教についてわたしは仏教やキリスト教のように宗教として強く意識することはありません
また儒教に感じるような圧迫感もあまりありません

率直にいうと仏教やキリスト教の世界は現実的な欲にまみれていて親しみが持てません
儒教は統治者に利用されてきた歴史が色濃くてなじめません
イスラム教やヒンドゥー教などはこの身からは遠い世界のように感じます
道教にはそのような違和感や先入観みたいなものがあまりありません

道教は現代の日々の暮らしの中ではほとんど縁のない宗教です
身の回りの人が道教について話しをするのを聞いたことがありません

わたしは道教がとりわけ気に入ったり、それを信じたりしているわけではありません
ただ20年ほど前に何かのきっかけで『老子』を読んだことがありました
そしてその中に自分の気持ちに符合する文言をいくつかみつけたのです
それでそのいくつかを一入亭のチャノマに書きつけたりしました

わたしには道教イコール老子というイメージがありました
そうではないのですね
道教は老子という一人の人間が始祖ではないということです
だいたい老子というひとが実在したかどうかすら疑わしいそうです

それは道教のマイナス面ではなくて、成り立ちの真実に近いことではないかと思います
一人の偉大な教祖が実在して何もかもがそこから始まったというのはどうにも胡散くさいです
それはひとの歴史のありようにそぐわない強弁のように聞こえます

老子という人が何かの拍子に先人の積み重ねの中からちょっぴりひらめきをえた
そのひらめきを後世の人が延々とこねくり回して『老子』という約五千文字が成り立った
それについてさらにいろいろな解釈が生まれ、人々に受容されていった
このように考えるのがよほど自然だと思います

『老子』は『老子道徳経』ともいわれます
この「道徳」はいまの社会でいっぱんに使われている「道徳」とは重みがちがいます
「道」は天地万物を生ずる偉大な働きです
「徳」は生じた万物を養い育てる働きです
この「道」と「徳」をあわせて「道徳」といったのです

たとえば女のひとが赤ん坊を生むというのが「道」です
その赤ん坊を周りの人がだいじに育てるのが「徳」です
女のひとは存在そのものが偉大なのです
男のひとは「徳」の方面でひたすら頑張るしかありませんね


2020年10月25日日曜日

ためる、ためない

ためるためるビンをためる
ジャムのビンを物入れに使ってます
バッククロージャ―、石灰、輪ゴム
ためるためるバッククロージャ―をためる
食パンの袋のバッククロージャ―でコードをとめます
ほかにあまり使い道がありません
バッククロージャ―で止めたコード
ためるためる石灰をためる
せんべいや海苔の袋に入っている石灰です
庭に撒いて植物を育ちやすくします
庭に咲いたエビネ
石灰のおかげできれいなのかな?
ためるためる輪ゴムをためる
スーパーで揚げ物を買った時に袋を閉じる輪ゴムです
輪ゴムは使い道がいろいろあります
黒いハンガーには赤い輪ゴムがにあう
ためるためるビニタイをためる
焼きそばやラーメンの袋にビニタイが使われています
ビニタイはわら細工や竹細工でよく使います
わらをビニタイでとめます
ためないためない怒りをためない
怒りはすぐにこのビンに入れ十かぞえます
すごいときは百かぞえます

ためないためない
憎しみ、反発、絶望、落胆、憤慨、見くびり、妬み、自卑、恥辱、後悔、恐怖、軽蔑、嘲弄、小心、恐慌、残忍、買いかぶり、臆病、復讐心...
をためない
来たらさっとこのビンに入れ十かぞえます
ごっついときには百かぞえます


2020年10月20日火曜日

ねじ花さんの俳句

ねじ花やつむじ曲がりの朝の顔

立葵のてっぺんまでも他人の庭(ひとのにわ)

初夏や箱が欲しさに買うお菓子

色変えぬ松駅名はカタカナに

自転車を止めて眺むる秋夕焼

心地よき膝の狭さよ村芝居

口笛を吹けば空いっぱいに秋

木枯らしや何でも吊るしたがる店主

慎ましき薬缶のえくぼ寒日和

朧月や千円カットの首ずらり


2020年10月19日月曜日

『老いる勇気』 岸見一郎


老という漢字
これは腰の曲がった長髪の老人が杖をついている姿をかたどった象形文字だそうです
その姿は仙人のイメージと重なります

この春に何人かの友人に「仙人暮らし」をしているといわれて釈然としませんでした
つまり仙人のように老いているということだな!、と抵抗があったのですね
いい年してこんなことも超越できないので困ります

せめて仙人に見られないようにこの夏から髪型を短髪にしました
ヘアスタイルを変えるのはじつに数十年ぶりだったのでじゃっかん逡巡しました
床屋さんにも何度も「切っちゃっていいんですか?」と聞かれました
それほどのことかと思いつつもいよいよバリカンが入る時は「あ!」という感じでした

その髪型を見たどなたからも「いいね!」とか「なにそれ?」とかありません
自分が気にするほど辺りは気にしていないということですね
癪ですがベリーショートはすぐ乾くし寝ぐせがつかないので気に入っています

さて定年退職して5年近くたちました
競争社会とはおさらばしたはずですが習い性はそうやすやすとは退散しません
いまだに人と自分とを比べたり知らずに人に勝とうとしているときがあります

この点アドラーのいう「健全な優越性の追求」はぐあいがいいですね

きのうの自分よりましな自分になるためにきょう何かすること
「健全な優越性の追求」をこのように理解しました
あくまでも過去の自分よりかは優れた現在の自分を目指すということです

自分の退職からこれまでをちらっと眺めかえしてみました
するとあの時はできなかったけど今はできるようになったということがいくつかありました
それが人に自慢できるコンテンツやレベルなのかはわかりません

もちろん自慢できなくてもいいのです
自分がやりたくてやっているだけですからね
こういう割り切り方が若いときからできていればよかったなと思います
後悔しているわけではなく年齢に関係のない大切なライフスタイルだと思うからです

さらにふと思いました
見てくれや健康を除く老いの問題の大半はじつは若い人にとってもだいじなことかもしれない


2020年10月9日金曜日

一行レシピ 茹で落花生

 


よく洗った生落花生を4%の塩水で30茹でて、鍋に入れたまま20分さまします


この季節は掘りたての落花生が伊佐沼の農産物直売所に出ます
クリスタルクリアな芋焼酎の水道水割りがよく合います

2020年10月7日水曜日

『時間』 黒井千次


内山節さんの『山里の釣りから』を読んだ1982年頃「働く」がテーマの本を数冊読みました
自分が置かれた状況からの出口を見つけ出せるような本を読んでいたのですね
そのなかでいまでもよく覚えているのは黒井千次さんの『働くということ』です

「働く」とはどういうことなのか学生の時は真剣に考えていませんでした
就職して自分に合わない職場に配属されて初めて働くことの意味を考えさせられました
その状況についてはこのブログの9月25日の記事にちょこっと書きました

黒井さんの作品では『時間』も印象深かったはずでした
というのもタイトルだけは記憶していたからです
内容をまった覚えていないのが不思議で『時間』も40年ぶりに再読してみました

まるで初めてこの作品を読むようでした
それでもなぜタイトルを覚えていたのかはおおよそわかりました
おそらく主人公の心情に共感したからです

あの頃学生運動のトラウマを引きずって生きている人はめずらしくありませんでした
世代的にはもう激越な闘争の時代は過ぎていました
それでもまだ前の世代の怨念のようなものが時折のしかかってくるのでした

そのような時間を経て就職し実社会にもまれた幾人かのメンタルはかき乱されます
日々の仕事と折り合いをつけられず転職したり退職したりする人もいました
まわりの人のアドバイスで踏みとどまったとしてももがき続けるしかありませんでした

ひとつの決心をかためてある行動にでたことがその後の人生を方向づけたようです


2020年10月6日火曜日

『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』 内山 節


群馬県と新潟県との境に三国峠という標高1,300mを超える峠があります
両県の麓から続く長く急な坂道の国道17号線が峠直下の三国トンネルを通過しています
一入亭への行き帰りにその道を車でよく通ります

数年前の晩秋の小雨が降る日にその群馬県側で目を疑うような光景を見ました
中年の男性が荷物をたくさん積んだ台車を押しながら峠の坂道を上がっているのです
身なりや荷姿から彼が何かの作業をしているのではないことは確かでした

麓からトンネルまでの標高差は800mほどあります
前傾姿勢で台車を押す彼の背中からは湯気がたっていました
こうして上まで登り、暗い三国トンネルを抜けて、新潟県側の急坂を下るのでしょう
考えただけでもたいへんな道のりです

「旅」というにはあまりに過酷なのですが彼はいったい何をしているのでしょう
おそらく彼はこのようにして暮らしているのでしょうね
どこへ行って何をするといった格別な目的はないのかもしれない
そんなことを考えながら一入亭へ向かいました

一入亭での用事を済ませ二日後に同じ道を帰りました
すると六日町市街で日本海の方へ向かって台車を押している彼とすれ違いました
あそこから二日かけてここまで来たのです

その日は天気も良く前を向いて台車を押す彼の足取りは軽々としていました
彼が二日のあいだどこに泊まり、何を食べ、何をしていたのかは一切わかりません
それでも彼の様子を見ればここ数日を問題なく暮らしてきたことが伺われます

彼はけっして特別な例ではありません
というのも昨年その峠道で今度は年配の男女を見かけました
その日も雨模様で二人はうすいビニールのレインコートを着ていました
台車ではなく少し大きめのキャリーケースを引いていました
前を行く男性が後ろで立ち止まる女性に何か声をかけていました

毎年何人もの人たちがこのようにしてこの峠道を越えるのでしょう
どういったことで彼や彼女らがそうしているのかは知りません
今度同じような人を見かけたら車から降りて挨拶をしてみようかなと思います


さてキツネにだまされなくなった日本人はその後どうなったでしょうか?
町中に出ていろいろなものにだまされるようになりました
仮想通貨、架空請求、振り込め…
健康食品、サプリメント、薬品…

詐欺が蔓延するのは不安におののく人がそれだけたくさんいるからでしょう
お金のこと、健康のこと、家族のことなどで大勢の人が心配をかかえています

資産がそこそこあり
平均寿命が80歳を超えていて、
社会には民主的な制度が整い
民族紛争や戦争もなく、
自然災害はあるとしも
気候温暖で風光明媚な国土に
ひどい公害もない、
食料はかなり輸入品だけどある

このような国に日々の不安に苛まれている人があふれています
これはいったいどうしたことでしょう?
その疑問にこの本は答えてくれています

再びキツネにだまされるようになるには身体性や生命性と結びついた生活に身をおくことです
そうかといって1965年以前の社会にはもどれません
今できるのはどんな生活でしょうか?

毎日の生活は切れ目なく続きます
浮き世が清浄な地になる日まで待ってはいられません
いっそ町中を修行の場として生活してはどうでしょう
状況ではなく自らの世界のとらえかたを変えてしまう修行です

身の回りで手に入るものを最大限に利用しながら充足感の高い生活を目指します
自然との結びつきを保ちながら身体性と生命性を維持していくことがたいせつです
たくさんの禁忌、節制、鍛錬、超越などを自らに課すことになるでしょう
「山林修行」ならぬ「町中修行」です

「山上がり」の街角版である「町下り」はどうでしょう
これは「町中修行」がいろんな理由で困難な場合の選択肢です
もうすっかり町の恩恵にあずかってしまう生活です

町にはオアシスとはいえないまでも公私の、有形無形のシェルターがそこかしこあります
ふだんはそれが見えにくかったり使うのに抵抗があったりします

まずはシェルターを利用することへの抵抗感を振り払います
(これはこれでけっこうたいへんなことだと思います)
つぎに自分に適したシェルターを見つけ出します
(これにもかなりの努力が必要だとは思います)
そのシェルターで自然との結びつきがあり身体性や生命性が確保された生活をします
(これがいちばんむずかしくてそれなりの経験や技能が必要です)

そうして人の間へ出ていく気持ちになれるまでシェルターに退避しています
これが「町下り」です

「町中修行」はその気になればいまからでもはじめられそうです
「町下り」はもしもの時のためにとっておくことにします



2020年10月4日日曜日

『遠近の回想』 クロード・レヴィ=ストロース


「なぜあんなに仕事をしたとお考えですか? 仕事をしているとき、私は不安を感じます。しかし、仕事をしていないときには、私はやりきれない退屈さを感じ、私の心はひどく苦しむのです。研究生活は他の生活と比べて楽しいということはありませんが、少なくとも退屈することはありません」

彼は「おそらくは二十世紀という時代をもっとも深く生きた人間」(訳者竹内信夫)です
退屈するのが嫌だったようです
このことが印象的でしたので9月29日の投稿でも上の文を引用しました

――

「(『野生の思考』はさらに広い認識論的射程をもった著作で)それは西洋哲学では古典的なものになっていた感覚と知性という二つの次元の対立を克服しようとする試みでした。近代科学が打ち立てられたのは、このふたつの次元の分離という代償を支払ったからです。十七世紀には、このふたつはそれぞれ別のものでした。第二次的事象――つまり諸感覚の所与である色彩、臭い、味、音、感触などがそう呼ばれていたのですが、それは、感覚に依存することなく真実の存在世界を構成している、と考えられていた第一次的事象と、たがいに区別されていました。ところで、私の考えでは、「未開」と言われる部族において、思考は依然としてこのような区別を嫌い、すべての反省的思考を感覚次元の事象に還元するのですが、それでもやはり、感覚というこの唯一の基盤の上に一貫性を持った論理的な世界観を建設することに成功するのです。そしてそれは普通考えられているよりも実効性のある世界観なのです」

世界を感覚的にとらえることの大切さは経験的に理解しているつもりです
ことに旅に出た時はできるだけ五感に頼って歩くことを心がけています
それによってその世界をよりありのままにとらえることができるだろうと信じています

――

「(ソシュールは)彼の人生の、多分最も大きな部分を、ニーベルンゲンという神話と伝説と歴史の混じり合ったものの解明にささげたのです。ジュネーブ図書館に今でもそのための数百冊の手書きのノートが保管されていますが、私もそのマイクロフィルムを取り寄せて、それを研究してみました。それを私は夢中で読みました。そこにいろいろなアイディアを見つけ、とくに、ある一つの教訓を得ることができました。研究は進めば進むほど複雑さを増し、新しい道が前に開けてくるのです。ソシュールはこの壮大な研究の何一つも発表しないうちに死んでしまいました。私も同じようになりかねない、と感じましたので、その危険を逃れようとしたのです。そうしなければ、私の冒険も、ソシュールのそれと同じように、決して終わることがなかったでしょうね」

どんな人も一生のうちに一つの物語を紡ぎます
その物語はじっくりと見てみればとても興味深いものにちがいありません
なのにその物語をじっさいに自ら発表する人はほとんどいません
なぜでしょうか?

ひとつには人生というのが止まることなく常に推移しているからです

あるところで止まってこれまでの人生の物語を何かのかたちにしようと決心したとします
たとえば小説にして書こうしたとします
書いている端から人生という物語はまたつぎつぎと展開していってしまいます
そしてその展開はとうぜんながらその人が息をしなくなるまで続きます
なのでとても書きづらいのですね

死んでしまえばもうそれ以上物語は展開しませんが本人はもう亡くなっていて書けません

――

「もしあなたがアメリカ・インディアンの誰かに(神話というのは何ですか?と)お訊ねになったとしましょう。そうすると彼はきっとこう答えるでしょう。それは、人間と動物がまだ区別されていなかった頃の物語である、とね。この神話の定義は、私には、なかなか意義深いものに思えます。ユダヤ=キリスト教的伝統がそれを隠蔽するためにいろんなことを言ってきたのですが、この地上で他の動物と一緒に生きながら、地上で暮らす喜びを彼らとともに享受している人類が、その動物たちとコミュニケーションを持てないという状況ほど、悲劇的なものはなく、また心情にも精神にも反するのではないかと私は思うからです。これらの神話は、この原初の欠陥を原罪などとは考えないで、自分たち人間の出現が、人間の条件とその欠陥を生みだした事件であると考えている、というのはよく理解できますね」

人類は自らを他の動物とはちがう特別な存在だと思い込んでいます
そしてこの地球があたかも自分のものであるかのようにして生きています

――

「たとえ現象から現象へと進むほかないということが我々の宿命であるとしても、どこかで停止することが賢明なことであると知ること、そしてその停止すべき地点を知ることは重要なことだからです。表面に現れる現象、そして意味の背後に意味を求めるあくなき探求――正しい意味は決して知られることがありません――、この両者の間に、人間が落ち着いてもよさそうな中間的地点があるということを、何千年にもわたる経験から我々は教えられているのではないでしょうか。人間がもっとも多くの道徳的なまた知的な満足を見出し、快楽原則だけを物差しに使って測ったとしても、他の地点より居心地が良いか、あるいは居心地の悪さがより少ないと感じるような、そういう地点です。その地点が存在するレベルは科学的認識の、知的活動の、芸術的創造のレベルです。それではそこに留まろうではないか、ということなのです」

あくなき探求と進歩が人間の習い性だとしても安住の地点は見定めようじゃないですか

――

「(人権に関して少しばかり考察を加えた)私の報告はどういうものであったかと申しますと、それは、人間の諸権利というものの根拠を、アメリカ独立とフランス革命以来そうだと普通に考えられているように、人間というただ一つの生物種の特権的な本性に置くのではなく、人権というのはあらゆる生物種に認められる権利の一つの特殊事例に過ぎないと考えるべきだ、というものでした。その方向をとれば、狭い人権概念よりもよりいっそう広いコンセンサスを得られる場所に我々は立てるだろう。なぜならば、歴史的にはストア派の哲学に合致できるし、地理的には極東の哲学に追いつくことができるようになるだろうから、と言ったのです。さらに、民族学者の研究している、いわゆる「未開」の民族が自然に対してとっている、事象に即した実際的な態度と同じ平面に立つことさえできるのです」

人間の特権的な意識は人種差別に結びついていきます



2020年10月2日金曜日

しめさば

しめさばが好きです
久しぶりに食べようかなと店で見たことろオヤと思いました
ふだんは片身が400円ぐらいなのが片身が二つで400円でした
ふだんの半額です
ラッキー!

夕食に息子と片身づつ食べました
息子が言うには特に飲食店で出されるような魚が値下がりしているとのこと
そこに気がつきませんでした

魚の生産・流通にかかわっている人もほんとうに大変です


2020年9月28日月曜日

お散歩しましょう

お散歩しましょう
ほらうんちのにおいがする
あそこで牛さんたちがお話ししている
お散歩しましょう
ほら子どもの声が聞こえる
あそこで母子が川を見ている
お散歩しましょう
ほら風が北風に変わった
まだなまあたたかいけれどもう秋
お散歩しましょう
ほら彼岸花が咲いている
あれこそ朱色だなあ
お散歩しましょう
ほらちょっと汗かいた
帰ったらなにか飲もうかな



2020年9月25日金曜日

『山里の釣りから』 内山 節


とある学校法人にこの本が刊行された1980年に就職しました
これからは経済的な心配をしないで生活ができると安堵しました
目指していた教員という職業にはつけなかったにしろ

同期生10人で数か月の研修をうけたあと経理課に配属されました
自分の懐さえどんぶり勘定なのにソロバンが必須の職場にまわされたのです

仕事との相性の悪さもさることながら致命的だったのは筋違いの職場文化でした
仕事はあくまで完璧に、余暇は職場のみんなと家族もそろって仲良く楽しく
そのどちらも性に合いませんでした

窓の小さな事務所で金勘定に明け暮れる日がつづきました
最初の半年は笑ってごまかし、1年たつと顔がひきつり、2年目からは不眠になりました
自分はどうなってしまうんだろうと思い詰めていた頃にこの本を読みました

この呑気な書名だけではあの頃とても読んでみようという気が起きなかったでしょう
きっと新聞の書評かなにかで内容が紹介されていて読む気になったのだと想像します
いまもそのようにして読む本を選ぶことが多いので
自分が置かれた状況からの救いを求めてこの本を手にしたのでしょう

この本に書かれていることは書名からはおよそ想像のつかないことです
それは人間はどのように暮らし働いたらいいのかという根本的な問いかけでした
あのころ共感を覚えただろうところをひろいながら40年ぶりに再読しました

ーー

…現在では、自分の技術能力を自分自身で正確に評価できるものは、遊びの世界にしかないかもしれない…

…かつて我々はもっと一年のサイクルを利用して生きてきたのではなかったのだろうか。春には春の仕事が、夏には夏の仕事が、そして冬にも秋にもそれに適した仕事と生活があった。そのリズムを崩してきたのは、都市の労働と生活である。

(山村での)労働と生活の間には都市のような明瞭な区別がない。労働の密度が濃くなることは、一面では生活の密度が濃くなることと同義である。
 そして労働の密度も、自然条件との関係のなかで、自然条件を利用しながら決定される。一年の生活と労働の四季がそこにあらわれる。
 都市の労働と生活は、自然条件を克服しながら発展してきた。それは他面で自然条件の利用を忘れることにつながった。自然条件の利用はいまでは都市の外で、素朴なかたちで継承されることになった。

 都市の労働が本質的には自然の人間化という労働の概念を逸脱するものではないとしても、個人としての労働者のなかには、自分が自然に向き合い、それを加工しているのだというプロセスが視野には収まらないのである。だからそこでは労働の楽しさが喪失されている。

…村人は毎日自分の労働と生活から山と川のもつ空間の意味を見通している。いわば山里にいながら、山村と地方と東京、ときに世界と自分との関係を認識しうるのである。人間の認識という行為の純粋なかたちがそこにある。こうして認識されていく村人の視野は、東京に棲む人間が抽象的に日本、世界をみていくときよりはるかに深い洞察であるように思える。

 山と川とのコミュニケーションのなかに山里の生活をつくりだそうとすれば、どうしても労働は雑多なものになっていかなければならない。

 マルクスは初期の著作のなかで、社会主義社会とは労働の開放ー人間の開放によって達成されると述べた。この論理に従えば社会主義社会における労働とは労苦ではない。労働自身が一つの人間的営みであり、楽しみにならなければならない。
 しかし後にマルクスは、社会主義社会における人間性の回復は労働時間(労働日)の短縮であり、自由時間(自由処分時間)の拡張によって達成されると読めるような記述を残している。それは彼の経済学のなかに散見されるが、ここではマルクスもまた、社会主義社会になっても労働はやはり労苦であることを承認しているように思える。

 本来人間にとってはすべての行為が労働であった。人々は物をつくり、一部を交換し、一部を消費しながら暮らしてきた。ところが近代以降の商品経済の歴史のなかでは、商品を作る労働、商品の価値をつくりだす労働という、狭義の労働だけが労働として承認されるようになった。その傾向は資本制生産様式の成立によって決定的になる。
 そこから労働と生活の分離が生じ、また労働が賃金を得るための労苦になった。そうなると人間はますます生活を楽しむことに専念するようになる。こうしてできあがっていくのが現代の市民社会である。

 はじめに個人が確立し、その確立した個人が自然や村の共同性の社会と関係を持つのではなく、自然との関係や共同性の社会との関係が、村人個人をもつくりだしていくのである。この人間存在のあり方を支えているものは何なのだろうかと、私は考えていた。そして再び腕と知恵の世界をみつめなおした。自然との多様な関係をつくりだすことができる村人の腕と知恵、村という共同性の社会のなかで有意義な人間でいつづけられる村人の腕と知恵、それらが山里の世界を基底で支えている。

ーー

経理課に配属されてから二年後の春に上司に職場の異動を申し出て認められました
そう思い切れたことにこの本がどれくらいの力があったのかは分かりません
思えばほかに直截でインパクトのあるアドバイスをくれた先輩もいたからです

その後も職場を転々とするたびに浮沈を繰り返しました
どこの職場でも多かれ少なかれ妥協しがたい状況があったのです
それでもどうにか定年退職にまでたどりつくことができました

こうしていまこの本を再読できてただ有り難いと感じました




2020年9月23日水曜日

一行レシピ 油揚げの納豆つつみ焼


二つに切って袋にした油揚げに、刻みネギと醤油を加えて練った納豆を詰め、3分焼きます

新潟のよく粘る納豆ともっちりした油揚げが好きです
クリスタルクリアな芋焼酎の水道水割りによく合います

ハジトミ 取り付け

一入亭にハジトミ(半蔀)を取り付けました

ふだんはこうして閉じておきます
開けておくときはツッカエ棒を立てます
あるいはロープで吊っておくこともできます
家の中からみるとこういう感じです
内側から窓越しに開け閉めできます
閉めるとこういう感じです
昼食にとろろざるそばを食べ昼寝した後ながながと本を読みました
Almost heaven...