2020年9月2日水曜日
壊れないRadio
一入亭で何かをしているときは、たいていこのラジオで音楽などを聴いています
隣の家と離れているので、ボリュームを大きくしても大丈夫です
ジャズ、クラシック、ポップスなどが好きです
それに漫才や落語なども聴いています
10年以上前に「ぼやき川柳」をこれで知り、はまりました
ソニーのスカイセンサーICF-5600というタイプです
1974年の夏(暑かった!)に秋葉原の電気街で買いました
その頃はお金に不自由していましたが(今も自由とはいえませんが)、大枚をはたきました
秋葉原駅の高架ホームに立ち、これが入った箱をぶらさげた、その重さを思い出します
当時はFM放送が人気で、情報誌がFMレコパル、週刊FM、FM funの3誌もありました
2週間分の放送日時、演奏者、演奏曲目、演奏時間などが載っていました
いい音で聴きたくて、FM放送の受信に主眼をおいたこの最新型ラジオを買ったのでした
いまでもふつうに聴けますが、老化現象はあらわれてきました
ボリュームが勝手に小さくなる時があります
また、ボリュームのダイヤルを回す際に雑音が入ります
それでもいまのところ、ある日とつぜんご臨終になるとは考えられません
先日、25年間見た東芝のブラウン管テレビを廃棄しました
このごろは画面の上部半分が伸びて、下部半分が縮んできていました
時報の丸い時計が、おにぎり形に見えてきたのでそろそろヤバイかなと思ってました
番組内容の把握には大きな支障はなかったのですが、引っ越しを期に廃棄しました
いまは別のソニーの15年もの(これもブラウン管式です)でテレビを見ています
このあいだ、その画面がほんのわずか、右に2度ほど傾いているのに気がつきました
この右肩下がりがジワジワ進行していくのかなと思います
ラジオにしてもテレビにしても、こうして何十年も使えるのは有り難いことです
こういう長寿命の製品を作った人たちの技術力と職業意識の高さに感謝しています
ふた昔前ぐらいまで、海外で日本の家電品がもてはやされたのは当然でした
それはじつはメーカーにとっては痛し痒しだったのですね
気に入った製品がいつまでも壊れなければ、新しい製品を買う必要がありません
一人の人が一生に一台しかラジオやテレビを買わないのではメーカーは困るのです
どんどん買ってもらいたいがために、メーカーはどんどん道を踏み外していきました
必要のないモデルチェンジを次々したり、大金をかけてCMを流したり、などなど
東芝はついに原発事業に失敗して、サザエさんのCM料も払えなくなりました
壊れないRadioをこれからもたいせつにしたいと思います
2020年8月31日月曜日
『スピノザの方法』 國分功一郎
ヒトは紛れもなく自然の一部です
芥子粒よりももっと小さな何ものからか進化してヒトの今日があります
ヒトは自然の法則の中で自らの可能性を拡張してきました
ヒトは自然を離れては存在できません
ヒトは自然の中でかなり個性的な生き物です
ヒトは自身を地上で唯一無比の存在と思っています
その思いが増々強くなり、今では自らが自然に依存していることを忘れようとしています
これがやがてヒトの破滅へと繋がっていくことに十分気がついていません
ヒトは自然の中に生きていくことで自らの存在を確保する真理を得ます
自然を蔑ろにした行為からは何も得るところはありません
むしろ自らの存在が危うくなります
いま、ヒトの欲望は暴走を続けています
これを食い止める装置であるはずの社会システムは機能不全を起こしています
ヒトの絶滅はもはや秒読みの段階に入っています
45億年の地球の歴史からみればホモ・サピエンスの40万年のなんと短い事でしょう
45億年の地球の歴史を24時間として、それが午前0時0分に始まったとします
ホモ・サピエンスの出現は午後11時59分52秒すぎです
4,500,000,000÷86,400≒52,083
400,000÷52,083≒7.7
ヒトは近代以降、地球に様々な悪さをしてきました
止むことのない自然環境の破壊は、ヒト自らと多くの動植物の生存を脅かしています
その勢いは止まるところを知らず、自らの行為を原因として自ら絶滅しようとしています
こんなヒトの存在も、地球にとっては大きな問題ではありません
ヒトによる地球の温暖化や資源の枯渇は地球の表層部分における変化にすぎません
環境の変化は動植物には影響がありますが、地球自体の存続には大きな影響はないのです
たとえ核爆発が世界のあちこちで起っても地球自体が破裂することはありません
ヒトは自らの存続を望むのでしょうか?
望むのであればヒトは自然の真理を理解しつつ生きるしかありません
真理に導かれて生きることが自らの絶滅を回避できる唯一の道だからです
2020年8月30日日曜日
ほんとうにあった怖くない話
人生というのはじつに意外性に満ちています
この凡庸なわたしにさえ、思いもかけないことがいくつも起きたのですから
これからお話しすることは(わたしの記憶の限りにおいて)ほんとうにあった話です
ちっとも怖くない(むしろ笑っちゃう?)ので安心して聞いてください
それはいまから50年以上まえのことでした
そんな昔のことですが、いまでも忘れられません
なぜというのも、それが自分の一身にかかわることだったからです
わたしは4人兄弟の次男で、兄、姉とわたしの3人は1学年違いの年子です
あと、わたしと6つ違いの弟がいます
子どもたちの誕生日には、親がお祝い(料理、ケーキ、プレゼント)をしてくれました
兄の誕生日は上皇后と同じ10月20日で、毎年つつがなくお祝いしました
姉は12月14日なので、お祝いはクリスマス・パーティーと一緒くたになっていました
年の瀬で親も忙しかったのでしょうが、これについて姉はいつも不平をいっていました
わたしの誕生日は2月13日で、弟は2月4日です
それで弟が生まれてからは、二人合わせてお祝いしてもらっていました
小学校に入学する前後ぐらいのときでした
親から(たしか母親だったと思う)とつぜんこういわれたのです
言いまわしはよく覚えていませんが、内容としてはこうです
「お前の誕生日はじつは2月13日ではなくて、2月14日だ」
同時に、姉の誕生日も12月14日から12月13日に訂正されました
要するに、姉とわたしの誕生日の日にちを、親が取り違えていたのです
そのとき親に対して、姉やわたしがどんな態度をとったのかは覚えていません
小さい時でしたから誕生日が1日変わったからといって、どうということもなかったでしょう
伝えなきゃいけない彼や彼女がいたわけでもありません
もちろん運転免許証なども持っていませんでした
誕生日はただ家族のあいだでだけ、たいせつなお祝いの日として意味があったのです
もしこれが例えば中学生のときだったら、ひと騒動になっていたかもしれません
じっさいがどうだったのかもう両親はいないので確かめようもありません
なんでこんな取り違えが起きたのか、想像するのは難しくありません
12月13日と2月14日には、1、2、3、4の4つの数字しか含まれていません
しかも13日と14日は1日違いです
日にちを混同しやすい条件がそろっているといえます
そんなこんなで、ある年に姉とわたしの誕生日の日にちが入れ替わってしまったのでしょう
ひょっとしたら二人とも13日あるいは14日でお祝いしていた年があったかもしれません
笑ってしまいます
こんなことが起こるほど3人の年子の子育てはたいへんだったのだなと思います
誕生日の1日や2日の取り違えくらい、それがなんですか?、の毎日だったのでしょう
きっと
この凡庸なわたしにさえ、思いもかけないことがいくつも起きたのですから
これからお話しすることは(わたしの記憶の限りにおいて)ほんとうにあった話です
ちっとも怖くない(むしろ笑っちゃう?)ので安心して聞いてください
それはいまから50年以上まえのことでした
そんな昔のことですが、いまでも忘れられません
なぜというのも、それが自分の一身にかかわることだったからです
わたしは4人兄弟の次男で、兄、姉とわたしの3人は1学年違いの年子です
あと、わたしと6つ違いの弟がいます
子どもたちの誕生日には、親がお祝い(料理、ケーキ、プレゼント)をしてくれました
兄の誕生日は上皇后と同じ10月20日で、毎年つつがなくお祝いしました
姉は12月14日なので、お祝いはクリスマス・パーティーと一緒くたになっていました
年の瀬で親も忙しかったのでしょうが、これについて姉はいつも不平をいっていました
わたしの誕生日は2月13日で、弟は2月4日です
それで弟が生まれてからは、二人合わせてお祝いしてもらっていました
小学校に入学する前後ぐらいのときでした
親から(たしか母親だったと思う)とつぜんこういわれたのです
言いまわしはよく覚えていませんが、内容としてはこうです
「お前の誕生日はじつは2月13日ではなくて、2月14日だ」
同時に、姉の誕生日も12月14日から12月13日に訂正されました
要するに、姉とわたしの誕生日の日にちを、親が取り違えていたのです
そのとき親に対して、姉やわたしがどんな態度をとったのかは覚えていません
小さい時でしたから誕生日が1日変わったからといって、どうということもなかったでしょう
伝えなきゃいけない彼や彼女がいたわけでもありません
もちろん運転免許証なども持っていませんでした
誕生日はただ家族のあいだでだけ、たいせつなお祝いの日として意味があったのです
もしこれが例えば中学生のときだったら、ひと騒動になっていたかもしれません
じっさいがどうだったのかもう両親はいないので確かめようもありません
なんでこんな取り違えが起きたのか、想像するのは難しくありません
12月13日と2月14日には、1、2、3、4の4つの数字しか含まれていません
しかも13日と14日は1日違いです
日にちを混同しやすい条件がそろっているといえます
そんなこんなで、ある年に姉とわたしの誕生日の日にちが入れ替わってしまったのでしょう
ひょっとしたら二人とも13日あるいは14日でお祝いしていた年があったかもしれません
笑ってしまいます
こんなことが起こるほど3人の年子の子育てはたいへんだったのだなと思います
誕生日の1日や2日の取り違えくらい、それがなんですか?、の毎日だったのでしょう
きっと
2020年8月29日土曜日
ナナカマドの赤い実
| 前穂高岳北尾根にて 1984年8月 |
いまの自分はどのようにしてこんなふうになったのだろうか?
わかったら面白いかもしれないけれど、わかりません
たぶん、人生のいろいろが積もり重なり、何かの反応を起こしこうなったのかなと思います
そうとしか考えようがないといったほうがいいかもしれません
これまでのいろいろの中には、良いことも、悪いことも、数え切れないほどありました
多くは忘れてしまいましたが、何かの拍子に思い出すいくつかがあります
Kさんとの滝谷登攀もそのひとつです
滝谷は北アルプス北穂高岳の西側に広がる急峻な岩場です
滝谷と聞いただけで身の引き締まる思いがしたクライマーも少なくないでしょう
わたしもそんな一人でした
大学3年の秋にわたしを滝谷に誘ってくれたのはKさんでした
Kさんはわたしの高校時代の山岳部の顧問でした
顧問というのは、部員である生徒の指導を自主的に希望した教員のことです
わたしはもう一人の顧問のMさんと翌年にヨーロッパ・アルプス行きを控えていました
Mさんとわたしはすでにそのトレーニングのための岩登りに数回出かけていました
そんな折にKさんから、Mさんとどんなルートを登ったのかたずねられました
わたしはこれまで登ったルートをいくつかあげました
いずれも初心者向けのルートでした
Kさんはそれを聞くとしばらく考えて、「おれが滝谷につれていってやる」と言いました
Kさんは普段から忙しく、体調も十分には見えません
それなのに大丈夫かな、と思いました
それでも滝谷へ行きたい気持ちは強く、有り難く連れて行ってもらうことにしました
Kさんとの滝谷クライミングには北穂高岳山頂の小屋をベースにしました
そこへ至る尾根にはナナカマドの実がもう真っ赤に色づいていました
このあたりでは毎年9月中旬ころから初雪を見るのです
ときおり赤い実に目をやりながら、わたしはゆっくり歩くKさんのあとをついていきました
初日の午前は、滝谷の入門コースとして人気がある第4尾根を順番待ちしながら登りました
午後は中級向けの第2尾根P2フランケ早大ルートを充実感をもって登りました
翌日の午前が早くも今回最後のクライミングでした
Kさんは中級向けのドーム西璧雲表ルートを選びました
早朝に小屋を出て、スタート地点にどのパーティーよりも早く着きました
Kさんがトップで登攀を開始しました
わたしはセカンドとしてその場で確保姿勢をとります
トップがスリップした場合、ロープを引いて転落を食い止める役です
Kさんは岩の感触を確かめるように慎重に登りはじめました
10メートルほど登るともう確保地点からはKさんの姿が見えなくなりました
そして順調に繰り出していたロープの出が遅くなりました
Kさんがどうしているのか様子がわかりません
わたしが確保をしている場所は日陰で、冷たい北風も吹きつけてきます
30分以上同じ姿勢でじっとしていると、体が冷えきってガタガタと震えてきました
Kさんは一体何をしているのだろう?
こちらは寒さに耐えながら待っているのに、登攀をゆっくり楽しんでいるのだろうか?
そんな気持ちまで起きて、つい「どうしたんですか?」とKさんに何度か声をかけました
ようやくKさんから「登って来い」とコールがきたので、わたしは登りはじめました
するともうさきほどのイライラは消え失せて、調子よく登れました
Kさんと何度かトップとセカンドを交代して無事ルートの終了点につきました
ドームの頂上で登攀具を片付けていると、Kさんが言いました
「確保をしている時には、パートナーの命を預かっていることを忘れてはいけない」
たとえ姿が見えなくてもトップにはセカンドの様子が分かるのです
それはセカンドに自分の命を託しているからです
セカンドはつねにトップの万が一に備えていなければならないのです
Kさんにはわたしが確保に集中できていないことがよく分かったのでしょう
わたしが集中できなかったのには他にも理由がありました
わたしにはKさんよりも自分の方がうまく登れるという慢心があったのです
そのためKさんがトップで登り、行き詰っていることに耐えられなくなっていたのです
昨日中級レベルのルートを初めて登ったわたしは、早くも有頂天になっていたのでした
そんなわたしを諫めてくれたKさんは2003年に早逝してしまいました
ナナカマドの実が今年も色づく頃になりました
追伸
滝谷ドーム西璧雲表ルートをネットで検索してみました
なんと2000年頃にルートの下部が崩落し、ルートが失なわれてしまったようです
2020年8月7日金曜日
仙人暮らし
年に何回か友人と酒を酌み交わすことがあります
たいがいは「さし」で、どちらかの家で、手料理で、という感じです
そんな機会に、わたしの暮らしについて、友人3人から同様のコメントがありました
「仙人のような暮らしだ」と言うのです
はじめは、一人の友人と飲み食いしながら取り留めなく話をしていた時だったと思います
「仙人のような」と言われて、何を言っているのだろうと思いました
けれどさして頓着もせず、なんと返事したのかもよくおぼえていません
別の機会に別の友人から同じようなことを言われた時は、また来たかと思いました
そして、「それは仙人の定義によるなあ」とややツッケンドンな返事をしました
じつは、「仙人」と言われてあまりいい気分でなかったからです
わたしの「仙人」のイメージはこうです
長い着物を引きずった高齢の男性で、白髪を束ばね、髭を生やし、杖をついている
こういう老人のイメージがまず浮かんだので「仙人のようだ」を否定したくなったのです
「定義」について、この友人ははっきりこたえませんでした
それほど深く考えていたわけでもなく、ふとそのように感じて口にしたからでしょう
ほかにももう一人、わたしを「仙人」と見たてた友人がいるのです
「仙人」とはどんな人か調べてみました
①道家の理想的人物。人間界を離れて山中に住み、穀食を避けて、不老・不死の法を修め、神変自在の法術を有するという人。
②(仏教用語で)世俗を離れて山や森林などに住み、神変自在の術を有する修行者。多く外道を指すが、仏を仙人のなかの最高の者の意で大仙あるいは金仙ということもある。
③浮世離れした人のたとえ。
①と②は、いずれも神変自在というスーパーパワーを身につけた人です
神変自在というのは、神通力のような普通の人間にはない力です
友人たちは、そのような超人とわたしとを同一視したわけではないのは明らかです
③は、数こそ少ないけれど、どこにでも居そうなタイプです
友人たちが③の意味、「浮世離れした人」として見立てたのは、ほぼ間違いありません
これでわたしから「定義」を尋ねられた友人が、はっきり答えなかった理由もわかります
「浮世離れした人」とあからさまに言って、わたしの気分を害したくなかったのでしょう
わたし自身は①の人物にあこがれている部分があります
一入亭のチャノマの襖に老子の教えをいくつか墨書してときどき眺めています
友人たちにもそれを見せたらどういう反応があるか見てみたいものです
| 老子道徳経 抜粋 |
『分かりやすい表現の技術』藤沢晃治
ブログを4つやっていてシバシバ立往生しています
4つが多いからではありません
(すこし多いかもしれませんが・・・)
伝えたいことをどう表現するか悩むためです
文章表現はもちろんのこと、写真や、図や、動画をどう使ったら良いか迷います
一旦投稿した記事も、気に入らないところが見つかり修正することがよくあります
自分で気がついて修正するのはまだいいほうです
記事について、よく分からない、とフィードバックをもらってから修正する時があります
先日こんなことがありました
わたしのブログに藁竹茅という藁細工などの制作方法を記事にしているものがあります
それを見た藁細工をはじめて1年の方が、ある記事の説明がよく分からないというのです
このような意見をもらうのはじつはとても貴重です
なぜなら、分からなければスルーされてしまうのが泡沫的なブログの運命だからです
泡沫的である理由のひとつは、このように記事の表現が分かりにくいためです
さっそく指摘のあった記事を見直してみました
なるほど作り方の説明が十分でないと思われるところがいくつかありました
そこを噛んで含めるような表現に書き替えました
さきほどの方はそれを改めて見て、丁寧な説明でよくわかりました、とのことでした
「分かりやすい表現」には、読み手のプロフィールを考えに入れることが大切なのですね
「技術的スキル」と「表現スキル」は別物です
高い技術を持っているがゆえに初心者の「分からない」が理解できないことがあります
技術を分かりすぎているため、その表現が初心者には分からないものになるのです
藁細工を作るのは上手でも人に教えるのは下手、という人は珍しくありません
初心者が分かりやすいように教える「表現スキル」がないためです
「ほら、こうで、こうで、こうでしょっ!」といわれも初心者はついていけません
分かりやすいように表現しましょうね!
4つが多いからではありません
(すこし多いかもしれませんが・・・)
伝えたいことをどう表現するか悩むためです
文章表現はもちろんのこと、写真や、図や、動画をどう使ったら良いか迷います
一旦投稿した記事も、気に入らないところが見つかり修正することがよくあります
自分で気がついて修正するのはまだいいほうです
記事について、よく分からない、とフィードバックをもらってから修正する時があります
先日こんなことがありました
わたしのブログに藁竹茅という藁細工などの制作方法を記事にしているものがあります
それを見た藁細工をはじめて1年の方が、ある記事の説明がよく分からないというのです
このような意見をもらうのはじつはとても貴重です
なぜなら、分からなければスルーされてしまうのが泡沫的なブログの運命だからです
泡沫的である理由のひとつは、このように記事の表現が分かりにくいためです
さっそく指摘のあった記事を見直してみました
なるほど作り方の説明が十分でないと思われるところがいくつかありました
そこを噛んで含めるような表現に書き替えました
さきほどの方はそれを改めて見て、丁寧な説明でよくわかりました、とのことでした
「分かりやすい表現」には、読み手のプロフィールを考えに入れることが大切なのですね
「技術的スキル」と「表現スキル」は別物です
高い技術を持っているがゆえに初心者の「分からない」が理解できないことがあります
技術を分かりすぎているため、その表現が初心者には分からないものになるのです
藁細工を作るのは上手でも人に教えるのは下手、という人は珍しくありません
初心者が分かりやすいように教える「表現スキル」がないためです
「ほら、こうで、こうで、こうでしょっ!」といわれも初心者はついていけません
分かりやすいように表現しましょうね!
2020年8月4日火曜日
チャノマ
一入亭の修理をはじめて三十年近くたちます
なかなか進まなくてお見せできるところはまだほとんどありません
チャノマには余計なものが置いて無いのでお見せしても構わないかと
チャノマというのは古民家の用語のひとつです
中門造りの一入亭では建物の中央にあります
囲炉裏があって屋内生活の中心になるスペースでした
失われていた囲炉裏を復活しました
囲炉裏の上に吊るす火棚を作りました
天井を取り払い、松の丸太梁が見えるようにしました
床の畳を取り払い、杉板を張って柿渋を塗りました
襖紙を張り、そこに老子のことばを書きつけました
北側の壁を打ち抜いて障子窓を取り付けました
囲炉裏は火が恋しくなる時節までお休み中です
2020年7月28日火曜日
『老子道徳経』抄
上善若水、水善利万物而不争、処
衆人之所悪。故幾於道。居善地、心
善淵、与善仁、言善信、正善地、事
善能、動善時、夫唯不争、故無尤。
上善は水のごとし、水は善く万物を利して争
わず、衆人の悪む所に処る。故に道にちかし。
居るは善く地、心は善く淵、与うるは善く仁、
言は善く信、正すは善く治、事は善く能、動く
は善く時。それただ争わず、故に尤なし。
知人者智、自知者明。勝人者有力、
自勝者強。知足者富、強行者有志。
不失其者久。死而不亡者寿。
人を知る者は智、みずから知る者は明。人に
勝つ者は力あり、みずから勝つ者は強。足るを
知る者は富む、強を行う者は志あり。そのとこ
ろを失わざる者は久し。死して亡びざる者は寿
し。
名与身孰親。身与貨孰多。得与亡
孰病。是故甚愛必大費、多蔵必厚亡。
知足不辱、知止不殆。可以長久。
名と身とはいずれか親しき。身と貨とはいず
れか多なる。得と亡とはいずれか病なる。この
故にはなはだ愛すれば必ず大いに費え、多く蔵
すれば必ず厚く亡う。足るを知れば辱しめられ
ず、止まるを知れば殆からず。もって長久なる
べし。
知者不言、言者不知。塞其兌、閉
其門、挫其鋭、解其紛、和其光、同
其塵。是謂玄同。故不可得而親、不
可得而疏。不可得而利、不可得而害。
不可得而貴、不可得而賤。故為天下
貴。
知る者はいわず、いう者は知らず。その兌を
塞ぎ、その門を閉じ、その鋭を挫き、その紛を
解き、その光を和し、その塵に同じうす。これ
を玄同という。故に得て親しむべからず、得て
疏んずべからず、得て利すべからず、得て害す
べからず。得て貴ぶべからず、得て賤しむべか
らず。故に天下の貴となる。
善為士者不武、善戦者不怒。善勝
敵者不与。善用人者為之下、是謂不
争之徳、是謂用人之力、是謂配天之
極。
善く士たる者は武ならず。善く戦う者は怒ら
ず。善く敵に勝つ者は与わず。善く人を用うる
者はこれが下となる。これを不争の徳といい、
これを人の力を用うといい、これを天下の極に
配すという。
吾言甚易知、甚易行。天下莫能知、
莫能行。言有宗、事有君。夫唯無知、
是以不我知。知我者希、則我者貴。
是以聖人被褐懐玉。
わが言は甚だ知りやすく、甚だ行ないやすし。
天下よく知ることなく、よく行なうことなし。
言に宗あり、事に君あり。それただ知ることな
し、ここをもってわれを知らず。われを知る者
は希なれば、われに則る者は貴し。ここをもっ
て聖人は褐を被て玉を懐く。
信言不美、美言不信。善者不弁、
弁者不善。知者不博、博者不知。聖
人不積、既以為人己愈有、既以与人
己愈多。天之道、利而不害、聖人之
道、為而不争。
信言は美ならず、美言は信ならず。善なる者
は弁ぜず、弁ずる者は善ならず。知る者は博か
らず、博き者は知らず。聖人は積まず、既くも
って人のためにして己いよいよ有し、既くもっ
て人に与えて己いよいよ多し。天の道は、利し
て害せず、聖人の道は、なして争わず。
衆人之所悪。故幾於道。居善地、心
善淵、与善仁、言善信、正善地、事
善能、動善時、夫唯不争、故無尤。
上善は水のごとし、水は善く万物を利して争
わず、衆人の悪む所に処る。故に道にちかし。
居るは善く地、心は善く淵、与うるは善く仁、
言は善く信、正すは善く治、事は善く能、動く
は善く時。それただ争わず、故に尤なし。
知人者智、自知者明。勝人者有力、
自勝者強。知足者富、強行者有志。
不失其者久。死而不亡者寿。
人を知る者は智、みずから知る者は明。人に
勝つ者は力あり、みずから勝つ者は強。足るを
知る者は富む、強を行う者は志あり。そのとこ
ろを失わざる者は久し。死して亡びざる者は寿
し。
名与身孰親。身与貨孰多。得与亡
孰病。是故甚愛必大費、多蔵必厚亡。
知足不辱、知止不殆。可以長久。
名と身とはいずれか親しき。身と貨とはいず
れか多なる。得と亡とはいずれか病なる。この
故にはなはだ愛すれば必ず大いに費え、多く蔵
すれば必ず厚く亡う。足るを知れば辱しめられ
ず、止まるを知れば殆からず。もって長久なる
べし。
知者不言、言者不知。塞其兌、閉
其門、挫其鋭、解其紛、和其光、同
其塵。是謂玄同。故不可得而親、不
可得而疏。不可得而利、不可得而害。
不可得而貴、不可得而賤。故為天下
貴。
知る者はいわず、いう者は知らず。その兌を
塞ぎ、その門を閉じ、その鋭を挫き、その紛を
解き、その光を和し、その塵に同じうす。これ
を玄同という。故に得て親しむべからず、得て
疏んずべからず、得て利すべからず、得て害す
べからず。得て貴ぶべからず、得て賤しむべか
らず。故に天下の貴となる。
善為士者不武、善戦者不怒。善勝
敵者不与。善用人者為之下、是謂不
争之徳、是謂用人之力、是謂配天之
極。
善く士たる者は武ならず。善く戦う者は怒ら
ず。善く敵に勝つ者は与わず。善く人を用うる
者はこれが下となる。これを不争の徳といい、
これを人の力を用うといい、これを天下の極に
配すという。
吾言甚易知、甚易行。天下莫能知、
莫能行。言有宗、事有君。夫唯無知、
是以不我知。知我者希、則我者貴。
是以聖人被褐懐玉。
わが言は甚だ知りやすく、甚だ行ないやすし。
天下よく知ることなく、よく行なうことなし。
言に宗あり、事に君あり。それただ知ることな
し、ここをもってわれを知らず。われを知る者
は希なれば、われに則る者は貴し。ここをもっ
て聖人は褐を被て玉を懐く。
信言不美、美言不信。善者不弁、
弁者不善。知者不博、博者不知。聖
人不積、既以為人己愈有、既以与人
己愈多。天之道、利而不害、聖人之
道、為而不争。
信言は美ならず、美言は信ならず。善なる者
は弁ぜず、弁ずる者は善ならず。知る者は博か
らず、博き者は知らず。聖人は積まず、既くも
って人のためにして己いよいよ有し、既くもっ
て人に与えて己いよいよ多し。天の道は、利し
て害せず、聖人の道は、なして争わず。
2020年7月14日火曜日
『超高齢社会のリアル』 鈴木隆雄
<老いと障害の発生>
移動能力あるいは歩行能力の障害⇒排泄障害⇒摂食障害
<歩行速度と寿命の関係>
歩くことは人の健康を維持するために重要な能力なのです
早く歩ける人は統計的に見て健康寿命が長いのです
ゆっくりしか歩けなくなると人はどんどん衰えていくのです
例えば、65歳で歩行速度が遅い(<0.4m/s)場合の10年間の生存年数は男性約10年女性約15年です
最も歩行速度が速い場合(≧1.4m/s)にはほど30年、40年です
その差は一目瞭然で、歩行速度が遅いほうが、優位に生存年数が低いことが示されています
<知能の発達と老化>
知能は結晶性知能と流動性知能から成り立っていると考えられています
結晶性知能は、過去に習得した知識や経験をもとに日常生活の状況に対処する能力を支えます
流動性知能は、新しいものを学習したり覚えたりするような能力で、加齢の影響を受けやすい
豊かな知識力の反映とも言える「語彙」の能力は、学校教育後の20歳頃から一貫して向上します
そしてその能力は、結晶性知能として高齢期になっても高く維持することが可能です
<不健康寿命を延ばしてどうするの?>
いま世の中では健康寿命を延ばそうという大合唱が起きています
しかし、健康寿命はすでにかなり延びていて平均寿命に近づいてきています
健康寿命 平均寿命 不健康期間
男性 73歳 82歳 9年間
女性 76歳 88歳 12年間
平均寿命をこれ以上延ばすとただ不健康な期間が伸びていくことになります
それでいいのでしょうか
よく生きよく死ぬことが大事です
<不健康寿命は短縮した方がいい>
ヒトに生命維持の障害が生じた場合、「人間」として他者を助ける美徳を持っています
こうした美徳が思いもよらぬ悲劇をもたらすこともある
ヒトは本来加齢に伴いゆっくりとした機能障害によって寿命を全うし、命を閉じるのが「掟」です
それが、本人の思いとかけ離れた他者の意思と、発達した医療技術によって「死」が延伸されてます
これは悲劇以外の何者でもありません
個人の尊厳を損なうだけでなく、費用対効果から見ても無益です
いつかは終えていく限りある命を見切る覚悟も必要です
<人の活動能力の諸段階>
単純←――――――――――――――――――――――――――――――――→複雑
生命維持 呼吸 不快刺激回避 疾病予防行動
機能的 移動不能 入院 外出不能 外来通院 不自由ない 体育的能力
健康度 身体的行動
知覚― ”感覚” 知覚 知覚の 見当識 短期 蓄積 古典的 道具的 ‥
周知 恒常性 記憶 記憶 条件付け 条件付け
身体的 移動 食事 身づくろい
自立
手段的 家政 料理 家計管理 雇用
自立
状況 感覚器 好奇心 余暇活動 探求 創造的能力
対応 効果器の
移動
社会的 感覚的な 普段の 親密な 養育 利他的 親として 創造的リーダー
役割 個人的 つき合い つき合い 行動 の行動 シップ・愛
つき合い
<新活動能力指標(JST版)>
因子名 項目
社 1 町内会・自治会で活動していますか
会 2 地域のお祭りや行事などに参加していますか
参 3 奉仕活動やボランティア活動をしていますか
加 4 自治会やグループ活動の世話役や役職を引き受けることができますか
新 5 携帯電話やパソコンのメールができますか
機 6 携帯電話を使うことができますか
器 7 ATMを使うことができますか
利 8 ビデオやDVDプレーヤーの操作ができますか
用
情 9 教育・教養番組を視聴していますか
報 10 外国のニュースや出来事に関心がありますか
収 11 美術品・映画・音楽を鑑賞することがありますか
集 12 健康に関する情報の信ぴょう性について判断できますか
生 13 病人の看病ができますか
活 14 孫や家族、知人の世話をしていますか
経 15 生活の中でちょっとした工夫をすることがありますか
営 16 詐欺、ひったくり、空き巣等の被害にあわないように対策をしていますか
<孤独死のリスク>
一般に「孤独死」と聞くと「可哀想」「無念」「薄情」「悲惨」といったイメージを抱きがちです
実は孤独死そのものよりも孤独死に付随する二次的な修飾要因※が問題であることが少なくありません
※孤独死に付随する二次的な修飾要因=経済問題や家族問題、そして死体変化
<認知症の早期発見と先送り>
教育期間(高等教育)、生活習慣病の管理、食事や運動、活動的なライフスタイルの確立
<運動が認知機能に対して有効性を持つ潜在的なメカニズム>
運動器系の要因 神経系の要因 循環器系の要因
有酸素能力の向上 神経栄養因子の増加 身体組成の適正化
筋量・筋力の向上 神経新生 高血圧の予防と制御
骨密度の向上 シナプス新生 脂質代謝の適正化
体脂肪の減少 脳容量の増加 インスリン抵抗性の改善
運動機能の向上 神経細胞死の減少 炎症マーカーのレベル低下
転倒の減少 βアミロイドの分解 抗酸化作用
(頭部外傷の減少) ノルアドレナリン 毛細血管の増加
システムの賦活 脳血流低下の減少
脳の酸化ヘモグロビンレベルの向上
脳の虚血耐性の上昇
<栄養学的視点からの予防>
いろんな食品をバランスよく食べる人ほど、認知機能の低下するリスクが低い
バランスよくいろいろな食品を食べる食習慣が脳の機能維持し、認知症を予防する可能性がある
<人生の目的を強く持つ>
人生の目的を強く持った高齢者はアルツハイマー型認知症や軽度認知障害となるリスクが低いことが報告されている
規則正しい日常生活、学習と生涯教育などの健康行動が脳の予備力を高め、認知症予防につながる可能性がある
移動能力あるいは歩行能力の障害⇒排泄障害⇒摂食障害
<歩行速度と寿命の関係>
歩くことは人の健康を維持するために重要な能力なのです
早く歩ける人は統計的に見て健康寿命が長いのです
ゆっくりしか歩けなくなると人はどんどん衰えていくのです
例えば、65歳で歩行速度が遅い(<0.4m/s)場合の10年間の生存年数は男性約10年女性約15年です
最も歩行速度が速い場合(≧1.4m/s)にはほど30年、40年です
その差は一目瞭然で、歩行速度が遅いほうが、優位に生存年数が低いことが示されています
<知能の発達と老化>
知能は結晶性知能と流動性知能から成り立っていると考えられています
結晶性知能は、過去に習得した知識や経験をもとに日常生活の状況に対処する能力を支えます
流動性知能は、新しいものを学習したり覚えたりするような能力で、加齢の影響を受けやすい
豊かな知識力の反映とも言える「語彙」の能力は、学校教育後の20歳頃から一貫して向上します
そしてその能力は、結晶性知能として高齢期になっても高く維持することが可能です
<不健康寿命を延ばしてどうするの?>
いま世の中では健康寿命を延ばそうという大合唱が起きています
しかし、健康寿命はすでにかなり延びていて平均寿命に近づいてきています
健康寿命 平均寿命 不健康期間
男性 73歳 82歳 9年間
女性 76歳 88歳 12年間
平均寿命をこれ以上延ばすとただ不健康な期間が伸びていくことになります
それでいいのでしょうか
よく生きよく死ぬことが大事です
<不健康寿命は短縮した方がいい>
ヒトに生命維持の障害が生じた場合、「人間」として他者を助ける美徳を持っています
こうした美徳が思いもよらぬ悲劇をもたらすこともある
ヒトは本来加齢に伴いゆっくりとした機能障害によって寿命を全うし、命を閉じるのが「掟」です
それが、本人の思いとかけ離れた他者の意思と、発達した医療技術によって「死」が延伸されてます
これは悲劇以外の何者でもありません
個人の尊厳を損なうだけでなく、費用対効果から見ても無益です
いつかは終えていく限りある命を見切る覚悟も必要です
<人の活動能力の諸段階>
単純←――――――――――――――――――――――――――――――――→複雑
生命維持 呼吸 不快刺激回避 疾病予防行動
機能的 移動不能 入院 外出不能 外来通院 不自由ない 体育的能力
健康度 身体的行動
知覚― ”感覚” 知覚 知覚の 見当識 短期 蓄積 古典的 道具的 ‥
周知 恒常性 記憶 記憶 条件付け 条件付け
身体的 移動 食事 身づくろい
自立
手段的 家政 料理 家計管理 雇用
自立
状況 感覚器 好奇心 余暇活動 探求 創造的能力
対応 効果器の
移動
社会的 感覚的な 普段の 親密な 養育 利他的 親として 創造的リーダー
役割 個人的 つき合い つき合い 行動 の行動 シップ・愛
つき合い
<新活動能力指標(JST版)>
因子名 項目
社 1 町内会・自治会で活動していますか
会 2 地域のお祭りや行事などに参加していますか
参 3 奉仕活動やボランティア活動をしていますか
加 4 自治会やグループ活動の世話役や役職を引き受けることができますか
新 5 携帯電話やパソコンのメールができますか
機 6 携帯電話を使うことができますか
器 7 ATMを使うことができますか
利 8 ビデオやDVDプレーヤーの操作ができますか
用
情 9 教育・教養番組を視聴していますか
報 10 外国のニュースや出来事に関心がありますか
収 11 美術品・映画・音楽を鑑賞することがありますか
集 12 健康に関する情報の信ぴょう性について判断できますか
生 13 病人の看病ができますか
活 14 孫や家族、知人の世話をしていますか
経 15 生活の中でちょっとした工夫をすることがありますか
営 16 詐欺、ひったくり、空き巣等の被害にあわないように対策をしていますか
<孤独死のリスク>
一般に「孤独死」と聞くと「可哀想」「無念」「薄情」「悲惨」といったイメージを抱きがちです
実は孤独死そのものよりも孤独死に付随する二次的な修飾要因※が問題であることが少なくありません
※孤独死に付随する二次的な修飾要因=経済問題や家族問題、そして死体変化
<認知症の早期発見と先送り>
教育期間(高等教育)、生活習慣病の管理、食事や運動、活動的なライフスタイルの確立
<運動が認知機能に対して有効性を持つ潜在的なメカニズム>
運動器系の要因 神経系の要因 循環器系の要因
有酸素能力の向上 神経栄養因子の増加 身体組成の適正化
筋量・筋力の向上 神経新生 高血圧の予防と制御
骨密度の向上 シナプス新生 脂質代謝の適正化
体脂肪の減少 脳容量の増加 インスリン抵抗性の改善
運動機能の向上 神経細胞死の減少 炎症マーカーのレベル低下
転倒の減少 βアミロイドの分解 抗酸化作用
(頭部外傷の減少) ノルアドレナリン 毛細血管の増加
システムの賦活 脳血流低下の減少
脳の酸化ヘモグロビンレベルの向上
脳の虚血耐性の上昇
<栄養学的視点からの予防>
いろんな食品をバランスよく食べる人ほど、認知機能の低下するリスクが低い
バランスよくいろいろな食品を食べる食習慣が脳の機能維持し、認知症を予防する可能性がある
<人生の目的を強く持つ>
人生の目的を強く持った高齢者はアルツハイマー型認知症や軽度認知障害となるリスクが低いことが報告されている
規則正しい日常生活、学習と生涯教育などの健康行動が脳の予備力を高め、認知症予防につながる可能性がある
2020年6月26日金曜日
『職人』 竹田米吉
印半纏(しるしはんてん)
半纏には二種類ある。「仕事半纏」と「通い半纏」である。通い半纏はよそいきで正装で、祝儀不祝儀には、ま新しいのを着た。大工ならよいおとくい(旦那といった)の、また棟梁の印を染めぬいた半纏を着るのを誇りとした。おとくいの屋敷に伺うときはその旦那の名入りの印半纏を着て行く。
小回り
昔は土方の専門用語で、一日にし遂げる仕事の分量を指す。彼らの賃金は規則で一定であるから、小回りは仕事の分量の指示のみですんだ。
常傭(じょうよう)
雇用形態のいかんを問わず、期間を定めず常時雇用される労働者。
半纏には二種類ある。「仕事半纏」と「通い半纏」である。通い半纏はよそいきで正装で、祝儀不祝儀には、ま新しいのを着た。大工ならよいおとくい(旦那といった)の、また棟梁の印を染めぬいた半纏を着るのを誇りとした。おとくいの屋敷に伺うときはその旦那の名入りの印半纏を着て行く。
小回り
昔は土方の専門用語で、一日にし遂げる仕事の分量を指す。彼らの賃金は規則で一定であるから、小回りは仕事の分量の指示のみですんだ。
常傭(じょうよう)
雇用形態のいかんを問わず、期間を定めず常時雇用される労働者。
2020年6月23日火曜日
『不便益のススメ』 川上浩司
ポーランドで民主化が成功する前夜(1980年代)の不便だった思い出を、友人は語り出しました。食料配給にまず早起きのお婆ちゃんが並び、次に学校へ行く前の自分が交代し、学校へ行く時間頃にお母さんが交代しに来るのが、毎日の日課だったそうです。今の日本ではあり得ない光景です。効率化最優先の社会では、忌避すべき状況です。ただ、ポーランドの友人は、この状況を嬉しそうに語るのです。家族の結束は、この時が一番強かったと。この時は、お婆ちゃんも僕もお母さんも、誰一人として家族からかけてはならない存在だと、みんなが思っていたんだと言っていました。
・・・
あちこちにあるコンビニ・自動販売機・夜遅くまで開いているお店に違和感があり、生きづらいと感じる。その理由を二人(著者とニュージーランドから帰国したばかりの同僚研究者)で考えてみたところ、便利が前提になっている社会は個人が不便益を得ることを許してくれないからではないかと結論しました。
・・・
不便なことだらけのわたしの自転車旅がなぜとても楽しいのかこの本を読んで考えました
「主体性」
旅のかたちは色々です
団体旅行、パック旅行、現地解散・現地集合の往復旅行、などなど。
自転車旅は家を出てから、帰ってくるまですべて自分がしたいようにする旅です
そこには不便がたくさん詰まっています
こんなわけで面白いところに出くわしたときの喜びや驚きはひとしおです
ライン川のレマーゲン鉄橋の博物館やドナウ川のエステルゴム大聖堂などがその例です
源流から河口へ向かって走ることにで広大な地域を連続的にたどることになります
こうすることその土地をより密接に感じることができ理解した気になれます
「不安がなく信頼できる」
自転車旅はエージェントを通さずに自分で企画し実践する旅です
日本から現地往復のための飛行機や列車以外は自転車で行きます
地面の上を走っていくことに困難はあっても得体のしれない不安はありません
不確かな第三者に依頼するより自分でやる方が安心も信頼も(諦めも)できます
「上達できる(飽和しない習熟)」
最初の海外自転車旅ではちゃんと日本に帰ってこられるか不安でした
その旅を毎年3年続けてそれなりに思いもしなかった楽しい経験ができました
「自分だけの旅を創った感」
自転車旅は自分だけのものです
自分の心と体を使いつつ出会った人と共感しながら走り続ける旅です
それを完遂したあとの喜びはとても大きいです
「能力低下を防ぐ」
自転車旅では荷物をどっさり積んだ自転車を漕ぎます
毎日毎日山坂のある初めての道を一日80㎞ぐらい走ります
目的地についたら観光したり買い物したりキャンプしたりします
このように絶えず五感五体を駆使する旅は心身をすっかりシェイプアップします
・・・
あちこちにあるコンビニ・自動販売機・夜遅くまで開いているお店に違和感があり、生きづらいと感じる。その理由を二人(著者とニュージーランドから帰国したばかりの同僚研究者)で考えてみたところ、便利が前提になっている社会は個人が不便益を得ることを許してくれないからではないかと結論しました。
・・・
不便なことだらけのわたしの自転車旅がなぜとても楽しいのかこの本を読んで考えました
「主体性」
旅のかたちは色々です
団体旅行、パック旅行、現地解散・現地集合の往復旅行、などなど。
自転車旅は家を出てから、帰ってくるまですべて自分がしたいようにする旅です
そこには不便がたくさん詰まっています
例えば自転車を入れた重たい袋を家から空港まで運ばなくてはなりません
たったこれだけのことですら時間や費用や労力のかかり方が違ういろんな方法があります
旅にまつわるそんな一切合切を自分の考えに沿ってなんとかしていくこと
それをやり遂げることが快感なのです
「工夫できる」
アムステルダムという魅力的な都市に何日も滞在して観光したいと思いました
街の中心部にキャンプ場はないしホテル代は高いです
たったこれだけのことですら時間や費用や労力のかかり方が違ういろんな方法があります
旅にまつわるそんな一切合切を自分の考えに沿ってなんとかしていくこと
それをやり遂げることが快感なのです
「工夫できる」
アムステルダムという魅力的な都市に何日も滞在して観光したいと思いました
街の中心部にキャンプ場はないしホテル代は高いです
南へ自転車で15㎞ほど走ったところにあるキャンプ場に泊ることにしました
市の中心部に自転車で行きそのままいろいろなスポットを見て回りました
市の中心部に自転車で行きそのままいろいろなスポットを見て回りました
中心部を往復するコースを変えただけで道沿いに面白いものをいくつも発見しました
かわいらしい跳ね橋や土地の人に人気なレストランや古い運河沿いの自転車道...
旅の最終日も自転車に乗ってしめくくりました
キャンプ場から日本へ飛行機が飛び立つスキポール空港へはわずか11㎞でした
キャンプ場から日本へ飛行機が飛び立つスキポール空港へはわずか11㎞でした
離着陸するジェット機の下を潜り抜けて空港ターミナルまで走りました
「発見できる」
スマホを持っていないので紙の地図を頼りに道をたどり名所やキャンプ場を探しました
夕方遅くやっと見つけたキャンプ場が廃業していたこともありました。
「発見できる」
スマホを持っていないので紙の地図を頼りに道をたどり名所やキャンプ場を探しました
夕方遅くやっと見つけたキャンプ場が廃業していたこともありました。
何度何度も道を間違えました。
こんなわけで面白いところに出くわしたときの喜びや驚きはひとしおです
ライン川のレマーゲン鉄橋の博物館やドナウ川のエステルゴム大聖堂などがその例です
わからないことは現地の人に尋ねることにしています
聞かれた人たちはたいていは親切に教えてくれます
「対象が理解できる」
2017年にはライン川をアルプスの山中から北海の河口まで
2018年にはロアール川を地中海に近い中央高地から北大西洋の河口まで
そして2019年にはドナウ川をシュバルツバルトからブダペストまで
聞かれた人たちはたいていは親切に教えてくれます
「対象が理解できる」
2017年にはライン川をアルプスの山中から北海の河口まで
2018年にはロアール川を地中海に近い中央高地から北大西洋の河口まで
そして2019年にはドナウ川をシュバルツバルトからブダペストまで
源流から河口へ向かって走ることにで広大な地域を連続的にたどることになります
こうすることその土地をより密接に感じることができ理解した気になれます
「不安がなく信頼できる」
自転車旅はエージェントを通さずに自分で企画し実践する旅です
日本から現地往復のための飛行機や列車以外は自転車で行きます
地面の上を走っていくことに困難はあっても得体のしれない不安はありません
不確かな第三者に依頼するより自分でやる方が安心も信頼も(諦めも)できます
「上達できる(飽和しない習熟)」
最初の海外自転車旅ではちゃんと日本に帰ってこられるか不安でした
その旅を毎年3年続けてそれなりに思いもしなかった楽しい経験ができました
もっといい旅ができたかもしれないと今は思います
現地の言葉や地域文化をもっと理解できるようになっていたらよかった
現地の言葉や地域文化をもっと理解できるようになっていたらよかった
だからこれからはもっといい準備をして旅に出ようと思っています
「自分だけの旅を創った感」
自転車旅は自分だけのものです
自分の心と体を使いつつ出会った人と共感しながら走り続ける旅です
それを完遂したあとの喜びはとても大きいです
「能力低下を防ぐ」
自転車旅では荷物をどっさり積んだ自転車を漕ぎます
毎日毎日山坂のある初めての道を一日80㎞ぐらい走ります
目的地についたら観光したり買い物したりキャンプしたりします
このように絶えず五感五体を駆使する旅は心身をすっかりシェイプアップします
これからも自転車旅の不便をなんとかしながら自らの視野を広げていきます
2020年6月21日日曜日
写真で見る日本生活図引『村の一年』熊谷元一写真 須藤功編
日本人の生活の原点を見詰め直すための、これ以上の資料はないのではないかと思う。自動車はもとより、電燈とラジオの外に、家庭電気製品と名のつくものは何もない生活であっても、決して貧しかったわけではない、ということが伝わってくる。豊かさの初めに掲げるべき思いやりの心を、家族も村人も等しく持っている。それぞれが自分の時間を守っていることも、写真のそこかしこに読むことができる。
撮影は昭和31年6月21日から始まった。
多くの農山村がそうであるように、阿智村も、昭和30年代後半からの高度経済成長期の変動は大きかった。
昭和30年代後半から全国的な傾向になる省力による能率化、いわゆる農業の機械化である。機械化の発端と、それによってもたらされた変化は、村によってそれぞれ異なるが、ほぼ共通しているのは、機械と一緒に金を必要とする生活が農家にもはいってきたということである。むろんそれまでも金を必要としなかったわけではないが、必要最小限度にとどめ、農家が大きな経済の渦に巻き込まれることはなかった。これは、供出米の外は、自分の家で食べる食料の確保、いうならば食糧の自給のために働き、それが満たされれば十分というのが、多くの農家の営みだったからである。そこにはいってきたのが、車、テレビ、家庭電化製品、家具、服などの新しい生活用品である。これらは、供出米と繭の代金、それにわずかな雑収入だけではとてもすぐに買うことができない。しかし手に入れないと時代遅れになる。その感覚が村の変動の一つの要因となる。
夏 太陽の下の日々
農作業がほぼ自然と共にあったころには、暑い季節には暑く、寒い季節には寒くというのが農家にとっては望ましいことで、これによって作物がよく育つと考えられていた。
蚕飼い(こがい、養蚕)は、天候や生糸相場など、収入に不安定な要素が少なくないが、繭を出荷しさえすればとにかく金になるという現実は、農家にとって他に替え難いものがあった。
農家のもう一つの収入源は米である。
一つだけいえることは、汗を流すわりには、米の収入は少ないということである。これは今も変わりないが、それでも昭和30年代前半までは、少ないなりに農家は農業で生活できた時代だった。
撮影は昭和31年6月21日から始まった。
多くの農山村がそうであるように、阿智村も、昭和30年代後半からの高度経済成長期の変動は大きかった。
昭和30年代後半から全国的な傾向になる省力による能率化、いわゆる農業の機械化である。機械化の発端と、それによってもたらされた変化は、村によってそれぞれ異なるが、ほぼ共通しているのは、機械と一緒に金を必要とする生活が農家にもはいってきたということである。むろんそれまでも金を必要としなかったわけではないが、必要最小限度にとどめ、農家が大きな経済の渦に巻き込まれることはなかった。これは、供出米の外は、自分の家で食べる食料の確保、いうならば食糧の自給のために働き、それが満たされれば十分というのが、多くの農家の営みだったからである。そこにはいってきたのが、車、テレビ、家庭電化製品、家具、服などの新しい生活用品である。これらは、供出米と繭の代金、それにわずかな雑収入だけではとてもすぐに買うことができない。しかし手に入れないと時代遅れになる。その感覚が村の変動の一つの要因となる。
夏 太陽の下の日々
農作業がほぼ自然と共にあったころには、暑い季節には暑く、寒い季節には寒くというのが農家にとっては望ましいことで、これによって作物がよく育つと考えられていた。
蚕飼い(こがい、養蚕)は、天候や生糸相場など、収入に不安定な要素が少なくないが、繭を出荷しさえすればとにかく金になるという現実は、農家にとって他に替え難いものがあった。
農家のもう一つの収入源は米である。
一つだけいえることは、汗を流すわりには、米の収入は少ないということである。これは今も変わりないが、それでも昭和30年代前半までは、少ないなりに農家は農業で生活できた時代だった。
2020年6月15日月曜日
『技術への問い』 マルティン・ハイデッガー
茅葺きはAIなどに比べれば桁違いに素朴でアナログな技術です
シンプルな技術だからこそ技術というものの本質をありありと見せてくれます
茅葺きの材料はその辺の空き地によくボウボウと生えている茅です
茅とはチガヤ スゲ ススキなど屋根葺きに使う草の総称です
この茅を使って屋根を葺く技術が茅葺きです
茅葺きの屋根は長年にわたって家を護ってくれます
夏の日差し 台風の雨風 冬場の雪に10年も20年も耐え抜く力が茅にはあります
ただの草に見える茅は屋根材として適切に使われた時に驚異的な力を発揮するのです
技術の本質は素材となる自然をいじくりまわしてそこから何かを作ることではありません
自然の中にあるいろいろな力をただこちら側に持ってくることにあるのです
2020年6月12日金曜日
『<郊外>の誕生と死』 小田光雄
1955年に始まる高度成長は、農耕社会から重工業社会へと産業構造を転換させていく過程であり、その後四半世紀のあいだに起こる「日本人の1.6倍」というドラスチックな人口移動の開始を告げるものであった。
地方から都市へ 都市人口 1890年 7.8%
1955年 56.6%
1975年 75.9%
郊外化
1955年以降「5年ごとに人口増加のピークが10㎞ずつ郊外化してきた」
産業構造の転換 1960年 1970年 1974年
第一次産業 30.2 17.4 12.9
第二次産業 28.0 35.1 36.3
第三次産業 41.8 47.5 50.8
1973年から1975年にかけて日本の社会がモノを生産する社会からモノを消費する社会へと突入した
あらゆるものの価値や思考が生産の側から消費の側に転換した
地方から都市へ 都市人口 1890年 7.8%
1955年 56.6%
1975年 75.9%
郊外化
1955年以降「5年ごとに人口増加のピークが10㎞ずつ郊外化してきた」
産業構造の転換 1960年 1970年 1974年
第一次産業 30.2 17.4 12.9
第二次産業 28.0 35.1 36.3
第三次産業 41.8 47.5 50.8
1973年から1975年にかけて日本の社会がモノを生産する社会からモノを消費する社会へと突入した
あらゆるものの価値や思考が生産の側から消費の側に転換した
2020年6月10日水曜日
バイカウツギ
きれいだなあと毎年眺めていた花が今年はことのほかよく咲きました
ひかえめないい香りがします
名前を知らなかったので調べてみました
バイカウツギのようです
「夏は来ぬ」という歌が好きです
その歌い出しは「うのはなの におうかきねに」ですね
この「うのはな」はバイカウツギのことかなと思いました
2020年6月2日火曜日
マルベリー(桑の実)・ジャム
6月が近づくといつもの自転車散歩のコースに異変が起きます
ロードバイクで散歩するときは、いつも前方の路面を注視しています
タイヤが細い(幅23ミリ!)ので荒れた路面には弱いからです
溝だとか、砂利だとか、水たまりだとか
それにハマって何度転倒したことか・・・
自転車道の路面の異変は土留め色に広がる物体?
正体は桑の実です!
たわわに稔った桑の実が自重を支えきれなくなったとき自転車道に落下するのです
走るのには邪魔ですが、迷惑ではありません
これでおいしいマルベリー・ジャムを作れるからです
作り方はとても簡単です
ーマルベリー・ジャムの作り方ー
・桑の実を水を何回も替えて良く洗う
・桑の実の半分の重さの三温糖を加えて煮る
・桑の実200gにつき大さじ1杯のレモン汁を用意する
(レモン汁は「裏わざ」で搾ると楽です)
・トロトロ(堅くなる前)の状態でレモン汁を加えて軽く煮る
・熱いうちに煮沸ずみの容器に入れる
・冷蔵庫で保存する
朝のヨーグルトにトッピングすると、しあわせが長持ちします
2020年5月27日水曜日
選択的草刈り
一入亭には草がたくさん生えます
これを刈払機で刈ります
刈ってもすぐに伸びてきます
それでひと夏のあいだに三回くらい刈ります
今日はその一回目です
草はこれまでクリーンカットしていました
すべての草をきれいさっぱりと刈ってしまうやりかたですね
草刈りといえば普通はクリーンカットだと思います
そのクリーンカットを数年前にやめました
一入亭にはいろんな草がすごくたくさん生えています
その中に可愛らしいネジ花や、食べられるフキ、薬草になるドクダミなどが混ざっています
きれいな橙色の玉ができる鬼灯(ほおずき)もたくさん生えます
いろんな草花がいろんな雑草と混在しているのです
敷地に雑草が何本生えているのかは正確には分かりません
きっと何千本、あるいは万単位でしょう
いろんな草がたくさん生えています
それ自体は好きですがボウボウに生えているのは見たくない
それで草刈りをするわけです
何年か前の春先のことです
草刈りをしているととなりのおばあちゃんがやってきました
「フキは残しておいてくんねえか。まだ柔らかくて食べられるから」と言われました
それでフキが生えているところは草刈せずにそのままにしておきました
翌年はその場所にフキがこれまで以上によく生えました
しかも生える場所が広がっているようです
フキは食べられるし、見た目も悪くないし、草刈りする面積を減らすこともできる!
こんなことがあってからフキはなるべく刈らないようにしています
これを「選択的草刈り」と名付けることにしました
これを刈払機で刈ります
刈ってもすぐに伸びてきます
それでひと夏のあいだに三回くらい刈ります
今日はその一回目です
草はこれまでクリーンカットしていました
すべての草をきれいさっぱりと刈ってしまうやりかたですね
草刈りといえば普通はクリーンカットだと思います
そのクリーンカットを数年前にやめました
一入亭にはいろんな草がすごくたくさん生えています
その中に可愛らしいネジ花や、食べられるフキ、薬草になるドクダミなどが混ざっています
きれいな橙色の玉ができる鬼灯(ほおずき)もたくさん生えます
いろんな草花がいろんな雑草と混在しているのです
敷地に雑草が何本生えているのかは正確には分かりません
きっと何千本、あるいは万単位でしょう
いろんな草がたくさん生えています
それ自体は好きですがボウボウに生えているのは見たくない
それで草刈りをするわけです
何年か前の春先のことです
草刈りをしているととなりのおばあちゃんがやってきました
「フキは残しておいてくんねえか。まだ柔らかくて食べられるから」と言われました
それでフキが生えているところは草刈せずにそのままにしておきました
翌年はその場所にフキがこれまで以上によく生えました
しかも生える場所が広がっているようです
フキは食べられるし、見た目も悪くないし、草刈りする面積を減らすこともできる!
こんなことがあってからフキはなるべく刈らないようにしています
これを「選択的草刈り」と名付けることにしました
2020年4月20日月曜日
『悩み・不安・怒りを小さくするレッスン』 「認知行動療法」入門 中島美鈴
「同じ出来事を経験しても、自分とはまったくちがう反応をする人もいる」
自分の受け止め方は唯一の選択肢ではない
出来事とそれによって発生する感情との間には、私たちの物事の受け止め方、捉え方が介在しています
それが認知行動療法でいう「認知」です
「本人の受け止め方に問題はないのだろうか?」
うつ病患者は非常に偏った、悲観的な物事の受け止め方をする。
自動思考 例:俺はなにをやってもダメだ
信念(スキーマ):自分や他人、あるいは世の中といったものを解釈するときの基本的な枠組
幼少期から思春期までの時期に、親をはじめとする身近な人との関係の中で身につけ
その後の人生経験の中で強化されていくと考えられている
信念は誰しもが持っているもの、持っていなければならないもの
信念があまりに悲観的な方に偏っていると生きるのがとてもつらくなる
日常生活のあらゆる場面でネガティブな自動思考が起こり、必要以上に傷ついたり、落ち込んだりする
「たったそれだけの情報から、そこまで言える?」
色メガネをかけて世界を見れば、無色透明なものにも色がついてしまいます
中核信念:心の奥底に横たわっているもので、普段はなかなか意識されない
自分は人より劣っている
自分には価値がない
自分は人からは好かれない
他人は冷たいものだ
世の中は不公平なものだ
媒介信念:いつの間にか自分に課しているルール、あるいは信条のようなもの
価値がある人間であるためには、完璧でなければならない
好かれるためには、人の機嫌を損ねてはならない
私に起こる人間関係の問題は、すべて私に原因がある
世の中は頑張っても報われないものだ
認知:信念、推論の誤り、それらの影響を受けて起こる自動思考というプロセス全体
感情:認知の結果として生じるもの
認知療法:認知を変えることにより、感情の改善を目指す
認知の歪み:悲観的な信念を強固に持っているため、非常に一面的な物事の受け止め方に凝り固まっている状態にあり、それがいつも事実以上に自分を苦しめる方に偏っている
自分がどんな信念(認知)を持っているか把握する方法
①書き出し法
冷静なときに、さまざまな場面で自分にどんな自動思考が起こっているかを思い出し、書き出してみる
②チェックリスト法
巻末参照
③下向き矢印法
セルフ・カウンセリングの場面で有効
取り組むのは何かを漠然と不安に思ったり、恐れたりして、そわそわしているときが良い
「それが事実だとしたら、どういうことになるのか?」
糸から吊るした錘がまっすぐ地球の中心に向かうように、
下向き矢印法による自問自答を繰り返していくと、その答えは自分の中核信念へと向かっていく
その過程で媒介信念にも気づくことができるかもしれない
「自分はどんな信念を持っているのか」
「自分は本当は何を望んでいるのか」
「その内容を実現させるにはどうすればよいか」
「過去は変えられない。しかし、今、自分が選択している認知と行動なら変えられる」
行動分析
悪循環に陥っているときは、問題を外在化する
外在化:抱えている問題を自分から切り離し、客観的に見られるようにすること
出来事
⇓
認 知 「この認知をこう変えることはできないだろうか?」
⇓
行 動 「この行動をこう変えたら、次に起こる出来事はどうなるだろうか?」
「推論の誤り」=「考え方のクセ」
嫌な出来事が重なって余裕がないとき、とても疲れているときに現れやすい
✖一般化のしすぎ:部分を全体に広げてしまうクセ
✖自分への関連づけ:あくまでも自分を中心として、相手側にある理由を読み解こうとする
✖根拠がない推論:何一つはっきりした根拠がない
✖感情による決めつけ:判断材料が足りないときに、自分の気分感情を拠り所にしようとする
✖全か無か思考:好きか嫌いか、味方か敵か、善か悪か、成功か失敗かで物事を考える
✖すべき思考:道徳的には正しいが、あまりにもこだわっていて、窮屈で生きづらそう
✖過大評価と過小評価:他人の成功や長所は過大に評価し、失敗や短所を見逃す
自分の成功や長所は過小評価し、失敗や短所は実際よりも過大に考える
「推論の誤り」を自覚する意義
自動思考から距離をとりやすくなる
そのクセに応じた修正の方法を考えやすくなる
〇一滴のインク技法=「一般化のしすぎ」の修正法
プールはもっと大きなものだし、そこに落ちたのは一滴のインクに過ぎない
〇理由分析グラフ=自分への関連づけ」の修正法
「自分に関する理由」が100%を占める円グラフを描いていた自分のおかしさに気づく
〇証拠集め技法=「根拠がない推論」「感情による決めつけ」の修正法
観察法:対象を観察することによって証拠を集める方法
実験法:自らの行動で相手の反応をたしかめることによって証拠を集める方法
証拠を集めた結果、嫌われていることが明らかになった場合はこう考える
「問題がはっきりした分、前進できた。次はこの問題にどう対処するか考えよう」
〇グレーゾーン技法=「全か無か思考」の修正法
「あらゆる事象は、全でも無でもない、白でも黒でもない、グレーゾーンに位置している」
〇must→better技法=「すべき思考」の修正法
「~すべき」「~しなければならない」という部分をゆるやかな表現に変える
例外となる場合を考えて、その言葉を付け加える
〇「もう一人の自分」技法=「過大評価と過小評価」の修正法
自分と同じ悩みを抱え、落ち込んでいる大切な友人に客観的で温かい言葉をかけてあげる
「行動実験」
基本的には人に迷惑をかけてはならない。しかし、いつも自分の都合や気持ちを押し殺し、相手の都合や気持ちを優先させる必要は無い。時には少しくらい迷惑がかかっても、率直に自己主張する方が、相手との関係は深まりやすいものだ」
「古典的条件付け」
動物が本来持っている生理的な反応ではなく、後天的に学習された、特定の刺激によって引き起こされた特定の反応(例:唾液分泌、発汗、震え、緊張、不安、恐怖)
そこにメリットがあるかどうかは必ずしも関係ない
健全な睡眠に至る古典的条件付け=布団に入ると眠くなる
睡眠障害の治療=「本当に眠くなるまで布団に入らないこと」
読むと眠くなる本を持ち込むのはOK
「入眠儀式」
眠くなるまで頭を疲れさせる勉強をする
就寝の2時間ほど前にゆっくりと入浴する
リラックス効果のあるストレッチをする
リラックスできる音楽の鑑賞
アロマ浴
「オペラント条件付け」
特定の環境(これを「先行刺激」といいます)で、特定の行動を取ると、特定の結果が得られる、ということを学習し、類似した行動を繰り返すようになる
その行動を取ることにメリットがある
オペラント条件付けを解除する方法=「メリット・デメリット分析」
「むちゃ食い」
メリット 寂しさを紛らわせることができる
デメリット 太る、吹き出物ができる
「デメリットがない方法」で同じメリットを得ることができないか考える
先行刺激と報酬に着目して、ターゲットとなる行動を具体的に変えていく
「逆制止の原理」
ある反応が体で起っているときに、それと相反する体の状態をつくり出す
不安・恐怖⇒全身の筋肉はこわばり、呼吸は浅く、速く、動悸がして、心拍数も上がっている
リラックス⇒全身の筋肉は弛緩し、呼吸は深く、ゆったりし、心拍数も落ち着いている
不安や恐怖を感じているとき、意識的にリラックスした状態をつくり出し、不安や恐怖と拮抗させる
「漸進的筋弛緩法」=日常生活にも非常に役立つ
体の各部位に力を入れてから一気に脱力し、その脱力した感覚を味わう
両手⇒両腕⇒両肩⇒首⇒顔⇒背中
「呼吸法」
鼻から大きく息を吸う⇒丹田を持ち上げる⇒息を止める⇒苦しくなる前に口から息を吐く
「社交不安障害」の治療
他人の目を通した自己像の歪みを改善する⇒ビデオ・フィードバック
「ミミズが這うようなじ字になったとしても世界は終わらない」
皆さんはなにが好きですか?
何をしているときが楽しいですか?
どんなふうに生きたいですか?
自分の受け止め方は唯一の選択肢ではない
出来事とそれによって発生する感情との間には、私たちの物事の受け止め方、捉え方が介在しています
それが認知行動療法でいう「認知」です
「本人の受け止め方に問題はないのだろうか?」
うつ病患者は非常に偏った、悲観的な物事の受け止め方をする。
自動思考 例:俺はなにをやってもダメだ
信念(スキーマ):自分や他人、あるいは世の中といったものを解釈するときの基本的な枠組
幼少期から思春期までの時期に、親をはじめとする身近な人との関係の中で身につけ
その後の人生経験の中で強化されていくと考えられている
信念は誰しもが持っているもの、持っていなければならないもの
信念があまりに悲観的な方に偏っていると生きるのがとてもつらくなる
日常生活のあらゆる場面でネガティブな自動思考が起こり、必要以上に傷ついたり、落ち込んだりする
「たったそれだけの情報から、そこまで言える?」
色メガネをかけて世界を見れば、無色透明なものにも色がついてしまいます
中核信念:心の奥底に横たわっているもので、普段はなかなか意識されない
自分は人より劣っている
自分には価値がない
自分は人からは好かれない
他人は冷たいものだ
世の中は不公平なものだ
媒介信念:いつの間にか自分に課しているルール、あるいは信条のようなもの
価値がある人間であるためには、完璧でなければならない
好かれるためには、人の機嫌を損ねてはならない
私に起こる人間関係の問題は、すべて私に原因がある
世の中は頑張っても報われないものだ
認知:信念、推論の誤り、それらの影響を受けて起こる自動思考というプロセス全体
感情:認知の結果として生じるもの
認知療法:認知を変えることにより、感情の改善を目指す
認知の歪み:悲観的な信念を強固に持っているため、非常に一面的な物事の受け止め方に凝り固まっている状態にあり、それがいつも事実以上に自分を苦しめる方に偏っている
自分がどんな信念(認知)を持っているか把握する方法
①書き出し法
冷静なときに、さまざまな場面で自分にどんな自動思考が起こっているかを思い出し、書き出してみる
②チェックリスト法
巻末参照
③下向き矢印法
セルフ・カウンセリングの場面で有効
取り組むのは何かを漠然と不安に思ったり、恐れたりして、そわそわしているときが良い
「それが事実だとしたら、どういうことになるのか?」
糸から吊るした錘がまっすぐ地球の中心に向かうように、
下向き矢印法による自問自答を繰り返していくと、その答えは自分の中核信念へと向かっていく
その過程で媒介信念にも気づくことができるかもしれない
「自分はどんな信念を持っているのか」
「自分は本当は何を望んでいるのか」
「その内容を実現させるにはどうすればよいか」
「過去は変えられない。しかし、今、自分が選択している認知と行動なら変えられる」
行動分析
悪循環に陥っているときは、問題を外在化する
外在化:抱えている問題を自分から切り離し、客観的に見られるようにすること
出来事
⇓
認 知 「この認知をこう変えることはできないだろうか?」
⇓
行 動 「この行動をこう変えたら、次に起こる出来事はどうなるだろうか?」
「推論の誤り」=「考え方のクセ」
嫌な出来事が重なって余裕がないとき、とても疲れているときに現れやすい
✖一般化のしすぎ:部分を全体に広げてしまうクセ
✖自分への関連づけ:あくまでも自分を中心として、相手側にある理由を読み解こうとする
✖根拠がない推論:何一つはっきりした根拠がない
✖感情による決めつけ:判断材料が足りないときに、自分の気分感情を拠り所にしようとする
✖全か無か思考:好きか嫌いか、味方か敵か、善か悪か、成功か失敗かで物事を考える
✖すべき思考:道徳的には正しいが、あまりにもこだわっていて、窮屈で生きづらそう
✖過大評価と過小評価:他人の成功や長所は過大に評価し、失敗や短所を見逃す
自分の成功や長所は過小評価し、失敗や短所は実際よりも過大に考える
「推論の誤り」を自覚する意義
自動思考から距離をとりやすくなる
そのクセに応じた修正の方法を考えやすくなる
〇一滴のインク技法=「一般化のしすぎ」の修正法
プールはもっと大きなものだし、そこに落ちたのは一滴のインクに過ぎない
〇理由分析グラフ=自分への関連づけ」の修正法
「自分に関する理由」が100%を占める円グラフを描いていた自分のおかしさに気づく
〇証拠集め技法=「根拠がない推論」「感情による決めつけ」の修正法
観察法:対象を観察することによって証拠を集める方法
実験法:自らの行動で相手の反応をたしかめることによって証拠を集める方法
証拠を集めた結果、嫌われていることが明らかになった場合はこう考える
「問題がはっきりした分、前進できた。次はこの問題にどう対処するか考えよう」
〇グレーゾーン技法=「全か無か思考」の修正法
「あらゆる事象は、全でも無でもない、白でも黒でもない、グレーゾーンに位置している」
〇must→better技法=「すべき思考」の修正法
「~すべき」「~しなければならない」という部分をゆるやかな表現に変える
例外となる場合を考えて、その言葉を付け加える
〇「もう一人の自分」技法=「過大評価と過小評価」の修正法
自分と同じ悩みを抱え、落ち込んでいる大切な友人に客観的で温かい言葉をかけてあげる
「行動実験」
基本的には人に迷惑をかけてはならない。しかし、いつも自分の都合や気持ちを押し殺し、相手の都合や気持ちを優先させる必要は無い。時には少しくらい迷惑がかかっても、率直に自己主張する方が、相手との関係は深まりやすいものだ」
「古典的条件付け」
動物が本来持っている生理的な反応ではなく、後天的に学習された、特定の刺激によって引き起こされた特定の反応(例:唾液分泌、発汗、震え、緊張、不安、恐怖)
そこにメリットがあるかどうかは必ずしも関係ない
健全な睡眠に至る古典的条件付け=布団に入ると眠くなる
睡眠障害の治療=「本当に眠くなるまで布団に入らないこと」
読むと眠くなる本を持ち込むのはOK
「入眠儀式」
眠くなるまで頭を疲れさせる勉強をする
就寝の2時間ほど前にゆっくりと入浴する
リラックス効果のあるストレッチをする
リラックスできる音楽の鑑賞
アロマ浴
「オペラント条件付け」
特定の環境(これを「先行刺激」といいます)で、特定の行動を取ると、特定の結果が得られる、ということを学習し、類似した行動を繰り返すようになる
その行動を取ることにメリットがある
オペラント条件付けを解除する方法=「メリット・デメリット分析」
「むちゃ食い」
メリット 寂しさを紛らわせることができる
デメリット 太る、吹き出物ができる
「デメリットがない方法」で同じメリットを得ることができないか考える
先行刺激と報酬に着目して、ターゲットとなる行動を具体的に変えていく
「逆制止の原理」
ある反応が体で起っているときに、それと相反する体の状態をつくり出す
不安・恐怖⇒全身の筋肉はこわばり、呼吸は浅く、速く、動悸がして、心拍数も上がっている
リラックス⇒全身の筋肉は弛緩し、呼吸は深く、ゆったりし、心拍数も落ち着いている
不安や恐怖を感じているとき、意識的にリラックスした状態をつくり出し、不安や恐怖と拮抗させる
「漸進的筋弛緩法」=日常生活にも非常に役立つ
体の各部位に力を入れてから一気に脱力し、その脱力した感覚を味わう
両手⇒両腕⇒両肩⇒首⇒顔⇒背中
「呼吸法」
鼻から大きく息を吸う⇒丹田を持ち上げる⇒息を止める⇒苦しくなる前に口から息を吐く
「社交不安障害」の治療
他人の目を通した自己像の歪みを改善する⇒ビデオ・フィードバック
「ミミズが這うようなじ字になったとしても世界は終わらない」
皆さんはなにが好きですか?
何をしているときが楽しいですか?
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