2019年8月7日水曜日

『人類史の中の定住革命』 西田正規


人類は今から1万年ほど前の新石器時代から一か所に定住する生活を始めました
新石器時代は日本では縄文時代の中頃にあたります

それまで人は暮らしやすい環境を求めてあちこちへと移動する生活をずっと続けていました
暮らしやすいとは食料や水がふんだんにあり、ゴミや排泄物で汚れていないということです
初期の人類が出現した400万年前からそういう場所を求めて移動しながら生きてきたのです
このような生活スタイルを遊動生活といいます

遊動生活とは実際にはどのようなものだったのでしょうか

人は空腹になると獲物をとり、ゴミはその辺に投げ捨て、排せつも所かまわずしていました
そのため一か所にとどまっているとそこに獲物は少なくなり、辺りは汚くなりました
そこで獲物が豊富で清潔な水のあるところを求めて移動していきました
移動のときには生活に必要な最低限のものしか携えていなかったはずです
夜を安全に過ごすためにさまざまな注意を払います
病気になったときは薬草を使ってなおしました

もちろんすべてが完璧にはいかなかったと思います
それでも徐々に遊動生活に必要な知識を蓄え、持てる能力を駆使して暮らしていたでしょう
その生活は厳しくも充実したものだったに違いありません
でなければ幾度もの氷河期を乗り越えて生き続けられなかったはずだからです

その遊動生活が今からおよそ1万年前の氷河期の終りとともに不可能になりました
地球が温暖化して主に食料としていた大型の獣が減少したためです
反面、農耕や漁撈が可能な土地が広がったことで定住生活の条件が整ってきました
400万年という人類の歴史からみれば定住生活が始まったのはついこの間のことなのです

定住生活を始めたことにより人類は革命的な進歩を遂げることになります

2019年8月5日月曜日

かたる 日本語 泳げない漁師と泳げるゾウ

「ぼやき川柳」というラジオ番組で意外なことを耳にしました

「泳げない漁師がいるそうです」それから
「泳げるゾウがいるそうです」

泳げない漁師なんて本当にいるのでしょうか?
漁師の職場環境から考えると泳げないなんて致命的ではないかと思います
信じがたいことです
大型マグロ漁船ならともかく近海の小型漁船の乗組員がかなづちじゃ勤まならないでしょう
半信半疑で検索したところ海上保安本部のHPに泳げない漁師の救助事例が載っていました
この漁師さんはなんと漁師歴40年ではじめて仕事中に海に転落してしまったそうです
泳げないのにどうして助かったのでしょうか?
ライフジャケットを身につけていたんですね
やっぱり泳げないからその辺は慎重だったのでしょう
それにしても泳げない漁師がいるなんてびっくり...

かたや泳げるゾウはたくさんいるようです
こちらも検索すると豪快に泳ぐゾウの水中写真がたくさん見られました
ゆったりと歩くゾウのイメージからはかなり遠い!

とくに水辺に住むゾウは泳ぎが得意なようです
川を渡ったり、危険を回避したりするためには泳げないと困りますからね

あの巨体では泳ぐのは不得意だろうと想像したのは間違いでした
身体に浮力があり、太い手足は水を掻きやすく、長い鼻はシュノーケル替わりになります
スピードこそ出せませんが体形は泳ぎに適しているといってもいいくらいのようです
これも意外な話でした

もちろん泳げる漁師というのが多数派で、なかには泳げないゾウもいるでしょう
それにしても先入観をくつがえすような真実が存在するのは間違いないようです

2019年8月4日日曜日

『幸福論』 バートランド・ラッセル


イギリスの哲学者ラッセルはこの本の中で

教育は、かつては多分に、「楽しむ能力」を訓練することであると考えられていた

と書いています

楽しい生活をしていくためには何が必要でしょうか?
わたしたちはそれを、たとえばお金や余暇など、外在的なものに求めがちではないでしょうか?
楽しいことの条件は自分の外にあり、それを手に入れられれば楽しくなると考えやすいのです

しかしじっさいには何かを楽しむためにはまずそれなりの能力が必要です
衣食住はもちろん、娯楽や芸術でもその分野の高い能力があれば楽しみはより深まります
そのような能力はやはり訓練することなしには身につけられないと思います
「楽しむ能力」は自分で意図して身につけなければなりません

人生を楽しめる能力を身につけておくことはとりわけ高齢になってから大切です
自らの能力を活用して楽しく暮らしていくことが質の高い老後には欠かせないからです

2019年8月3日土曜日

『老後はひとり暮らしが幸せ』 辻川覚志


人は何かをして自分が満足すると良かったと感じます
日常生活においても同様で、日々を満足して暮らせば良い暮らしをしたと感じます

日常生活の満足度にかかわる因子としてつぎのようなものがあります

年齢、性別、悩み度、健康意識、世帯構成、子の有無と遠近、外との接触の多寡、等

一番大きな影響を与えているのは悩みやストレスです

<独居を支えるもの>
①自由で勝手気ままな暮らし
 ⇒ストレスや悩みがたまりにくい

②信頼のおける友人や親戚
 ⇒悩みを聞いてくれて、適切なアドバイスから悩みを減らしてくれる

③住み慣れた土地
 ⇒自らがゆったりと過ごせる空間を提供してくれる

 人に頼らずすべて自分で何でもやろうとすれば、当然相当な身体能力を使います
 そうすることで自らの能力をできるだけ低下させずに済みます

 自らのことは、最期までできるだけ自分でこなさなければならないと覚悟を決めておきます
 そうすると最期まで自分の意思で、満足の行く生活をおくることができます

 ひとり暮らしは炊事、掃除、洗濯を全て自分でやらなければいけないのに満足度は高いのです
 その理由は明確です
 自分が思っている通りの生活ができるからです

<ひとり暮らしを長く楽しめる7つの秘訣>
①生活環境をできるだけ変化させず、自宅を終の棲家にできるようにしておく
 ⇒何も同じ家に住む必要はありません
  友達と会うのに便利で、土地勘のある近くの便利な所に移り住むのはいいことです

②友達を維持する。信頼のおける人を持つ
 (1)自分が置かれている状況について、親身になって心配してくれる人
 (2)どんなことでも話せて、自分を裏切ったりする心配のない人
 (3)自分が考えている価値観を尊重してくれ、何かを強制したり説教したりしない人
 信頼できる人たちと何らかの通信手段でゆるやかにつながっている
 そう感じられることがひとり暮らしの安心につながります

③毎日何かやることをつくる
 (1)お金をかけなくても、自由な発想で、毎日外に出る用事をつくる
 (2)自分にとっても役立つような情報を収集し、心身の活性化に役立つように活動する
 (3)何かを完成させたり、眺めたりできるようにする
 (4)ブログなどで活動の成果を発信する機会をつくる

④できるだけ自分で何でもする
 人間は非常に合理的にできていています
 使わなければすぐにその機能を衰えさせ、身を軽くさせる働きを持っています
 年齢を重ねると、もともとの余力があまりありません
 そのため少し使わないとあっという間に能力が低下してしまいます
 そしてその回復に若い頃よりも時間がかかります
 それを防ぐためにできるだけ体を使い自分で何でもやろうとすることは良いことです

 年を重ねると目や耳から入ってくる情報が減ります
 脳が休み始めると、急速に認知症が進んでくる場合があります
 独居生活で他からの働きかけが少なくなると刺激のない生活になります
 そうしていると、どうしても脳機能が低下することを避けることはできません

 認知症予防には、魚を中心に食べて、緑茶や赤ワインを飲むようにします
 また、人と話をしたり、運動したりして、他者との関わりを持つことが重要です
 このようにして身も心も使い続けることが大切なのです

⑤ひとり暮らしの寂しさを少しでも減らす
 孫、ペット、音

⑥緊急時の対策を決めておく
 見守りシステム

⑦自分の希望を周囲に伝えておく
 エンディングノート

<ひとり暮らしが無理になったら>

 契約家族 NPO法人りすシステム 生前50万円、死後100万円

<満足度が高い老後の独居>
老後の生活満足度を決定づけるもの
・慣れ親しんだ土地
・真に信頼のおける友(親戚)
・勝手気ままな暮らし
これらはどんなに高級な高齢者向け施設にも存在しえないものです
身体能力が低下すれば、当然苦しくなっていきます
それは同居でも同じです
さらに、これに家族への気遣いが加わるために二重に苦しむ結果に終わります

自由でやりたいことができることは、その人が最も望んでいることです
元気な間にまずできるだけ自分で何でもやる習慣を身につけましょう
そして年齢とともに体が不自由になっていってもその習慣を守るようにしましょう
そのことがより満足度の高いする老後生活を送るためには必要です

独居生活は最期のときまで自分の意思で暮らすことができる可能性が高いといえます
ですから老後は独居が一番幸せに近い形なのではないでしょうか

2019年7月31日水曜日

21st-Century Skills (5)

- I suppose not even Japan is immune to the forces of change we're talking about. The more I think about the skill sets 21st-century workers need, the more I realize just how important critical thinking is. The thing is, how can you gauge a prospective employee's critical thinking ability?

- That's a tough one, all right. Employers say that's what they're looking for when they assess job candidates. But they often find it hard to describe exactly what critical thinking entails.

- I would say that it means being able to solve problems creatively, to be willing to challenge conventional wisdom, and to not be afraid to make mistakes, and to learn from them.

- When you come right down to it, learning is the key, isn't it? The people who succeed aren't necessarily the most talented. The quality that sets them apart from other folks is that they never stop learning. Most of us go through life thinking that our education stopped when we left school. But if you're trying to increase your knowledge and learn new skills, you will be well ahead of the pack.

2019年7月30日火曜日

固定資産税・都市計画税の減免

川越市HPより転載

私道に課税された固定資産税等は減免される場合があります

最終更新日:2016年4月1日

私道の固定資産税等の減免

 私道に課税された固定資産税等は、所有者の申請により減免される場合があります。対象となるのは、公衆用道路と同じように利用されている、面積が明確な私道です。
 なお、個人が公衆用道路との出入りに利用する通路などは対象外です。
 詳しくは、お尋ねください。

お問い合わせ

財政部 資産税課 土地担当
〒350-8601 川越市元町1丁目3番地1
電話番号:049-224-5645(直通)
ファクス:049-226-2539

2019年5月18日土曜日

『レオナルド・ダ・ヴィンチ考』 山岸 健

昨年ロワール川沿いを自転車で走るブラック・ツーリズムの途次アンボワーズという町を訪ねました
そこにレオナルド・ダ・ヴィンチが人生最後の三年間を過ごしたクロ・リュセという館があります
その瀟洒な建物と広大な庭全体が彼の業績を紹介する博物館になっています
その展示にいたく心をうたれました
ルネサンスの昔にこれほどたくさん人類に貢献する仕事をした人がいたなんて

その時一緒にいたフランス人の友人に「日本には彼のような人がいたか」と聞かれました
ダ・ヴィンチのような人が日本にいたか?
残念ながらまったく思い浮びませんでした

それにしてもダ・ヴィンチの視線はどこに向かっていたのだろう、と思いました
彼は何を思いながらあれだけの仕事を成し遂げていったのだろうか、と
家に帰ったら彼の生涯について本を読み、もう一度考えてみようと思いました
そうは思いながら家に帰ったなりそのことは忘れてしまいました
よくあることなのですけれど…

先日近くの図書館にふらりと入ったところレオナルド・ダ・ヴィンチの特設コーナーがありました
今年は彼の没後500年ということで彼に関する所蔵本が50冊ぐらい陳列してありました
それを見てハタと「彼の視線はどこへ向かっていたのか」という昨年来の疑問を思い出しました
そしてこの疑問を解くのに役立ちそうな本を陳列されている中から1冊借りて読むことにしました
わたしのようにうろんな人間にとって身近にこういう図書館があるのはいいことですね

『レオナルド・ダ・ヴィンチ考』山岸 健 

読んでみました
簡潔にいえばレオナルド・ダ・ヴィンチはつぎのような信念で生きていたようです

「認識は、表現にいたってこそ完結する」

なんと真実でしょう
こういう言葉に出会うと全身がしびれます
このようにして生きたいものです
より具体的にはこんなふうだったようです

「自己自身の眼で対象を観察し、自らの頭脳で考え、おのれの手でイメージを対象化できる人間である」

これにはびっくりしました
不肖人力居士が取り組んでいるブラック・ツーリズムの理想そのものではないでしょうか

さらに、

「創作者とは、自然と人間とを通訳する人間にほかならない。創作者は、他者の言葉をもって語るのではなく、自らの言葉で語る、そうした人間である」

もうかゆいところにすっかり手が届いた感じです
彼の視線は自然に向いていたのです
彼は自然を観察し、創作を通じて発見したことを表現し、人々に伝え続けたのです

「レオナルドは、発見者であるとともに、精神の代表者と呼ばれるにふさわしいルネッサンスの人間であった。彼はその名声によって偉大であるのではなく、成し遂げようと意図したこと、行い得たこと、その態度のすべてによって偉大とみなされてきたのである。コロンブスは遠隔の地にあって、地理上の発見を成し遂げた。それに対し、レオナルドは、身近な日常生活において、自然の発見を成し遂げたのである」

こうして「彼の視線はどこへ向かっていたのか」という疑問は1年近くたって氷解しました
ありがとうございます!
いつか彼の足跡をこの目で確かめるため、フィレンツェとミラノへ行ってみようと思います
もちろん自転車に乗って!

2019年5月4日土曜日

裏山の散歩


一入亭の修理を始めてから26年たちます
そのあいだ修理にかまけて一入亭のまわりを歩くことはまれでした

きょうは差茅作業のあいだの休養日です
午前中は洗濯や買い出しなどをしました
とても陽気がいいので昼寝のあと散歩に行きたくなりました

ブナ林へ行ってみることにしました
一入亭から歩いて一時間ほどです

たどりついた林の中には茶色い落葉が厚く積もっています
頭上には目が洗われるような新緑
シンとした空気が流れています

さらに尾根伝いに歩いていくと残雪の山が見えました
守門岳でしょうか

こちらは浅草岳でしょうか

山古志の方も見えます

最高地点から谷あいが見通せました

反対側の尾根を下っていくと「い」の茅場の上手に出ました
田んぼに水が張ってあります

休養日なのに2時間半も山歩きしてしまいました

『自省録』 マルクス・アウレーリウス


この本を読んで考えました

一入亭の窓の外を風に乗ってたくさん虫のようなものが飛んでいます
虫ではなくフキノトウの綿毛だとしばらくして気がつきました
タンポポの綿毛のようにフキノトウの種子が飛ぶのを初めてしっかり見たような気がします


それから何日かして気がついたことがあります
フキノトウにはたくさん花がついていて、その花々が一斉にではなく何日もかけて順々に種子を飛ばすということです
こんなめずらしくもないことに初めてしっかり気がつきました

日によって風が吹く日と吹かない日があります
吹いたとしても強かったり弱かったりします
それに風が吹く方向も北から吹いたり南東からだったりいろいろですよね

そのようないろいろな条件のもとで種子を飛ばすことが大事なのでしょう
そうすることでより広い範囲に種子を飛ばすことが可能だからです
フキノトウはこうして太古の昔から生きながらえてきたのですね
こんなことはとくに植物に詳しい人でなくても知っていることでしょう

また一入亭のカメムシについても考えました
夕日の差す西向きの窓に毎日10匹ほど集まってきます
ここがパートナー探しのお約束の場所のようです

この窓のある部屋にはベッドと勉強机があります
カメムシは踏みつぶしてしまうとすごく臭いのです
それで窓に集まってくるカメムシを根こそぎペットボトルで捕まえてしまいます

捕っても捕っても天気のいい夕方にはこの窓にたくさん現れます
ペットボトルで捕り続けても同じようにしてカメムシは現れ続けるに違いありません
それはカメムシが生きながらえるために必要な行動だろうからです

このようしてフキノトウとカメムシの生態をつぶさに見ました
一入亭はほかにもたくさんの動植物に囲まれています
それらもみな生きながらえるための行動をしています
その逐一について、わたしの知らないことばかりです

まわりの動植物どころか、まずヒトという生物の生態についてどれだけ知っているでしょうか
ノーベル医学賞を受賞した人が言っていました、ヒトの体は分からないことばかりだと

とりあえず自然と交流のある暮らしの中で、より自然に生活したいと思っています



2019年4月14日日曜日

『リラックスのレッスン 緊張しない、あがらないために』 鴻上尚史


鴻上尚史さんの本は面白い
そうはいってもこれまでにつぎの2冊しか読んでいません

『孤独と不安のレッスン よりよい人生を送るために』
『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』

この『リラックスのレッスン』を図書館で見つけたとき早速読むことにしました

いまの暮らしは緊張とは縁遠いので取り立てて読む必要のない本だとは思いました
でも前に読んで面白いと思った本を書いた人が新刊を出したら読んでみたくなります

この本には日常生活の場面で緊張をどうやってやり過ごすかが書かれています

鴻上さんはその方法を演劇の理論から引っ張て来ています
具体的にはスタニスラフスキー・システムを紹介するかたちです

役者が舞台での緊張をどう解くか、どうやって良い演技をするか

そこには方法があります
そのやり方で面接やプレゼンといった日常生活で緊張する場面を乗り切るという提案です
そこには緊張とはほど遠い生活をしている人にとっても何か学ぶべきことがあると感じました

・緊張は過剰な自意識に起因しているので自意識に気持ちが向かないようにする

・自意識に気持ちが向くのは思考力やエネルギーに余裕があるから
・なので思考やエネルギーに余裕がない状況にあえて自分を追い込む
・すると自意識から自由になってのびのび生きられる

緊張を回避する二つの方法があります

まず「与えられた状況」に集中すること

それは日常生活で自分のやりたいことを懸命にやるってことかな
その前にやりたいことを明確にするというのは難しい作業です
それができてからという話ではあります
そのうえでやりたいことに心と体を集中させる

もうひとつは「目的」と「障害」を意識して「葛藤」すること

こうすることで自意識は正面にいる強い敵から、後で見つめる微力な味方に変わります
ここでも「目的」と「障害」を具体的にすることがまず必要です

実際やるのは簡単ではないにしろ、分かりやすい方法ではないですか?


2019年3月1日金曜日

シメを見た

シメ from Wikipedia
週に二、三回、家の近くを自転車で走っています
荒川や入間川の土手の上にある自転車道を20㎞ほど一時間かけて走ります

遠い山なみや流れる雲を見ながら走るのは気分のいいもんです
河川敷で鳴くキジやコジュケイに季節の訪れを実感させられます

きょう入間川の土手を走っていると道端に望遠レンズで写真を撮っている人がいました
自転車を止めて「何がいるんですか?」と聞いてみました
すると「シメらしいです」との返事でした

シメは知識としてだけ知っていました
インコのような形のくちばしをした茶色っぽい鳥です
その人がカメラを向けていた先を見ると、河川敷の木の枝に二羽の鳥がとまっていました
肉眼では黒っぽい小鳥としか分かりません
その人は今しがた撮った写真を拡大してわたしに見せてくれました
特徴のあるくちばしや茶色がかった羽毛はたしかにシメのようです

その人にお礼を言ってまた走り出しました

いつもなら気がつかないで通り過ぎてしまったでしょう
興味を持ったことにほんの少しだけ寄り道してみると良いこともあります
シメシメ、きょうはついていました

2019年2月24日日曜日

初めてのスポーツダンス

前々からダンスをやってみたいと思っていたので始めることにしました
年がいっても人は10年ほどあれば大概のことはできるようになるそうです
どこの誰がそう言ったのかは忘れてしまいました
これから10年やってみれば10年理論が正しかったかどうかわかるでしょう

行った先は川越市報で募集があった会の講習会です
90分のあいだ、ブルースやルンバやジルバのステップを教えてくれました
難しくてほとんどできませんでした
会の雰囲気はほのぼのとしているのでなんとか続けられそうです

これから週に一回、日曜日は90分ダンスします!

2019年2月23日土曜日

『日の名残り The Remains of the Day』 カズオ・イシグロ














カズオ・イシグロの原著とその翻訳本を並行して読んでみました
英語力が不足しているため原著では内容をよく理解できません
かといって翻訳本で読むのはもったいない気がします
そこで数ページ原著を読み、ついでその翻訳を読むという方法で読んでみました
ちくいち本を持ち替えるのが面倒ですが英語のニュアンスも味わえて面白く読めました
本を読んでから映画も見たので作品の印象がより鮮明になりました


面白かったのは主人公の執事スティーブンスと彼をとりまく人々との様々な心模様です
ミス・ケントンが差しのべる愛に執事の威厳をもって対峙する悲しさ
ナチに利用されるダーリントン卿を信じ執事としての仕事だけに傾注しようとする律義さ
自分の仕事へのプライドが市井の人々の誤解を生むもどかしさ

そしてこの本の最後に登場したことばからタイトルの印象ががらりと変わりました
The evening's the best part of the day.

タイトルのThe Remains of the Dayに初めは人生を振り返る感じを持っていました
日本語の日の名残りというタイトルについても過去の出来事の残照というイメージでした
ところが上の言葉が暗喩するようにthe dayを人生と置き換えるとどうでしょうか
the remainsは昔の話というよりは、これからの人生という感じになりませんか

最後の最後にそう感じたのでこの本は面白いなと思いました

2019年2月21日木曜日

もつ鍋


もつ鍋はもつ煮ではありません
もつ煮は時々食べますがもつ鍋はこれで生まれて二度目です
もつ鍋セットを送ってきてくれた方がいたのです
なんとありがたいことでしょうか

もつはぷよぷよで脂肪がほとんどです
それをキャベツ、ニラ、ゴボウ、豆腐と一緒にスープで煮るだけです
にんにく、ごま、唐辛子をたっぷり入れます

もつ鍋とはいいながらもつの存在感はそれほどありません
むしろ豆腐や野菜をおいしいスープでたくさん食べる鍋です
白いご飯がとても良くあいます
さらに〆用にちゃんぽんまでついていました

寒い冬の日にぴったりの献立です!
ごちそうさまでした!

2019年1月23日水曜日

『エチカ』 スピノザ


スピノザという人について「汎神論」という言葉だけを思い出します
「汎神論」とはそこらじゅうに神がいるという考え方です
八百万の神とどのように違うのか、そこまでは分かりません
ただ原始的な日本人の心性と通じるところがあるような気がします

「エチカ」とは「エートス」について考える哲学だそうです
その「エートス」のもともとの意味は「動物のすみか」だそうです
なので「エチカ」では人がどこで生まれ、どのように育ち、今何をしているか考えます
スピノザが明らかにしようとしたのはこの世界や人間の性質です

「人間は一般的観念に従って完全か不完全かを判断している
 自然の中に完全なものと不完全なものがある訳ではない
 同じように
 それ自体で『善』、それ自体で『悪』というものは存在しない
 同一事物が同時に『善』『悪』『中間物』でありうる
 例えば、音楽は憂鬱の人には善く、悲傷の人には悪しく、
 聾者には善くも悪しくもない」

善いものは喜びの感情(楽しみ)を高めます
賢者とはいろいろな楽しみを知っている人です

スピノザが重視したのは人間の本質「力」(コナトゥス)です
人間の基本的な感情は「喜び」「悲しみ」「欲望」からなる
諸々の感情はこの三者から生じます

喜び
愛、帰依、希望、安堵、好意、高慢、歓喜、鄭重
好感、同情、自己満足、感謝、大胆、慈悲心、名誉
悲しみ
憎しみ、反発、絶望、落胆、憤慨、見くびり、妬み、謙遜
自卑、恥辱、憐憫、後悔、恐怖、軽蔑、驚き、嘲弄
小心、恐慌、残忍、買いかぶり、臆病、思慕、怒り、復讐心
欲望
貪欲、美味欲、名誉欲、競争心、情欲、飲酒欲、金銭欲

 

2019年1月6日日曜日

正月三が日の料理

今日から二十四節気の小寒で、七十二候の「芹乃ち栄う」です

お正月の三が日にありがたく頂いた夕食です

一日 三段の重箱にお節を詰め、屠蘇を飲んでからいただきました
一の重「なます*」「栗きんとん*」「伊達巻」
二の重「田作り*」「かまぼこ」「数の子」「ちょろぎ」
三の重「筑前煮*」 *は自家製です

二日 川越市場で買った海鮮類をいただきました
タコ、マグロ(赤身)、ズワイガニ、シメサバ(写ってません)

三日 最後の夜はすき焼きをいただきました

ごちそうさまでした

2019年1月1日火曜日

『専門医が治す!自律神経失調症』 久保木富房

今日は七十二候の「雪下りて麦のびる」です


潰瘍(かいよう)性格と呼ばれる人たちがいるのをご存知でしょうか
わたしはこの本を読むまで知りませんでした
潰瘍性格とはどんな性格なのでしょうか
その性格から脱するにはどうしたらよいでしょうか

潰瘍性格とは
性格的特徴が原因となって胃潰瘍や十二指腸潰瘍になりやすい人たちのことです
一見社会や組織によく適合して仕事や人間関係を卒なくこなしているように見えます
実際には自分の気持ちを抑え込んで他人の意向に合わせている場合が多いのです
自分自身の感情をあらわにしないのでまわりには敵があまりできません

潰瘍発現のメカニズム
潰瘍性格の人たちは多く胃潰瘍や十二指腸潰瘍に苦しんでいます
厄介なのはその潰瘍が完治せずに事あるごとに再発することです
いったいどんなわけでそうなってしまうのでしょう

潰瘍性格の人は自分の感情を抑えて人と合わせていこうとします
そのこと自体は適応能力が高いと評価されることもあります
問題はいつもこのように行動することで自分の心体に無理をかけていまうことです
これが高じると自律神経やホルモンの異常が起こります
さらに悪化すると内臓の異常やその他の自律神経症状が現れるます
潰瘍性格の人はこれが胃潰瘍や十二指腸潰瘍となって腹部に不快な痛みが生じます

痛みはガストールなどの投薬や発症の原因の解消などで快癒します
しかしふたたび心体に負荷のかかる状況に陥れば再発し完治しません
このように潰瘍が再発することが潰瘍性格の人々の悩みです

さらば潰瘍性格
潰瘍性格の人はこのような性格と縁を切りたいと思っている人が大多数でしょう
このままでいたい人は稀有だと思います
では潰瘍性格とおさらばするにはどうしたらいいでしょうか

潰瘍性格を自覚する
まずは自分がそのような性格であることを深く自覚します
あくまで自覚です
反省ではありません
自分は感情表現の苦手な潰瘍性格なのだと忘れないようにしておきます

潰瘍が痛みだしたら「自分は潰瘍性格なのだ」と思いながら痛いところをさすってみます
不思議なことにそれだけでも痛みが鎮まることがあります
潰瘍性格を自覚するだけで効果がありえるのです

そこでまず、潰瘍性格の人はふだんから自分の性格のことを忘れないようにします
潰瘍性格とはどんな性格か人に説明できるくらいになれれば重畳です

潰瘍の痛みを予防する
潰瘍が痛みだす前にできることもあります
朝その日の予定の中に潰瘍性格が災いしそうなイベントがないかチェックします
たとえば法事とか、会議とか、研修とか、人との関わりが主となる用事です
もしあるようでしたら心の準備をしておきます
準備といっても難しくも厄介でもありません
「今日は自分の気持ちを少し出してみようかな」とささやかな誓いをたてるだけです

誓ったのだけれど、いざその場になったらできなかったということもあるかもしれません
それでぜんぜんかまいません
大切なのはうまくできるかどうかではなく、自分の性格を自覚して行動することです
そして自分の思いを人に伝えることを少しずつ習慣化していくことです

自分の感情の表し方
人と交わる状況はじつに様々あります
くだけた仲間うちの付き合いから、緊張感が走る堅苦しい会議まで千差万別です
どんな状況であれ場が和むような発言は歓迎されます
とはいえこれはなかなか難しく初めはうまくいかないでしょう
何度もすべってしまうでしょう
それで一向に構いません
恥ずかしいとか人に迷惑だとか考えるのはやめましょう
ここが我慢のしどころです

そして普通の人になる
機会あるごとに自身の感情をすこしでも表現しようと試みます
そうするとそれがいつか自然にできるようになります
自然にできるとは、必ずしも上手くできるということではありません
ことさらに意識しなくても自分の気持ちを出すように行動しているということです

もちろん自然なだけでなく上手くできていれば恰好いいかもしれません
しかし上手くできなくてもぜんぜん構いません
上手くなくたって少なくとも人に迷惑をかけることにはならないからです
自分の気持ちを上手く伝えられない人なんてたくさんいます
上手くできなくて普通の人なのです
普通の人の普通の行動が迷惑だなんてことはないのです

大切なのは自分の感情を絶えず解き放つよう試みることです
それだけで人の心体への負荷はずっと軽くなります
潰瘍性格の人にとってはこれが胃潰瘍や十二指腸潰瘍の再発を断つ方向につながります

このようにして普通の人になれたら素敵じゃないですか

2018年12月27日木曜日

『心身症の治し方がわかる本』 岩崎靖雄


二十代の前半から現在に至るまで十二指腸潰瘍を患っています
そのあいだずっとではないですが相当な腹痛がした時もありました
薬を飲んで治ったり、何もしないで治ったりしました。
治っても再発するので、この病気とは一生付き合わなければならないものと思ってました

先月何かのきっかけで自律神経と腹痛の関係について知りました
ストレスによって自律神経が乱れて腹痛につながる自律神経失調症です
これへの対処法として食事方法、睡眠、休養の改善があげられていました
これらを実践するとかなり腹痛が軽快しました

自分は自律神経失調症なのだと思いました
その自律神経失調症についてさらに調べようと図書館で本を探しました
そこで出会ったのがこの本です

まず心身症の医学的な定義はつぎのとおりです

身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、
気質的ないし機能的障害が認められる病態

ひらたく言うと、心身症は心の問題が原因でおこる体の不快な症状や病気のことです
精神面での症状が目立たないため一見するとからだの病気と誤解されがちです
原因は心にあるため、心の問題を解決をしないと治療を受けても思うように回復しません

心身症は病気の原因や経過に心の問題の影響をおおきく受けている様々な病気の総称です
心身症にはなりやすい性格の人がいます
そのひとつに「人の言葉や評価が気になるタイプ」があります

「表面的には独立的、でも本当はもっと評価されたい」
「気になるタイプ」の人は、いつもきちんとしていなければ気がすみません
自分の意見よりも周囲の都合や意見を優先させてしまいます
仕事や人づき合いのためなら自分を犠牲にしてもしかたがないと思っています
物静かで慎ましい「しっかり者タイプ」に似たところがあります
「完璧主義者タイプ」とも共通の性質を持っています
一見、活動的で野心家のように評価されています
実際には人の目が気になり、批判されたり嫌われることを恐れ八方美人になってしまいます

無意識の部分では、愛されたい、かまってもらいたいという欲求が強いとも言われています

自分が満足するよりも、他人や世間がどう見るかのほうを重要視します
いつも自分が十分に評価されていないように感じています
もっとよく思われたいために無理に状況に合わせる言動をとったりします

「24時間続く不安や緊張が潰瘍をおこす」
このような性格は「潰瘍性格」とも言われます
心身症として胃潰瘍や胃炎のような病気が起こりやすい性格と言われています
自律神経のうち交感神経は活動時に、副交感神経は内臓や器官を休ませる時に働きます
このタイプの人はいつも不安や緊張を感じながら生活しています
そのため交感神経と副交感神経の両方の興奮が強くなります
交感神経の興奮は胃壁の血管を収縮させ、胃粘膜の修復能力がおとろえます
その状態で副交感神経が興奮すると、胃液などの分泌が増えます
すると胃液が胃壁を傷つけ炎症や潰瘍をおこします
薬の服用で症状を改善することができます
しかしストレスを根本的に解消しなければ再発してしまいます

「ライフスタイルの改善と食事のとり方に注意する」
ストレスが原因の胃潰瘍や胃炎はライフスタイルを見直すことで根本治療できます
私生活では仕事のことを考えないようにします
熱中できる趣味を見つけて、無心になる時間を作るように心がけます
胃の不調は、食事との関係が密接です
ランチは職場から離れてとるとか、考えごとをせずに食事を楽しむようにします
打ち合わせをしながらの食事や、興奮状態での食事は厳禁です
食後には十分な休憩をとって、胃腸がスムーズに働くように工夫します

こうして読んでくると自分は心身症で十二指腸潰瘍なのだということがよく分かりました

それにしても「潰瘍性格」というネーミングは悲しいです
たとえば同じ音で「海洋性格」なら、おおらかで好ましそうな性格がイメージできます
「潰瘍性格」は画数多すぎで、いかにも面倒くさそうな性格の感じがします
わたしの性格をぴったりと言い当てられている気がします

性格が分かって良かったですよ
このうえは性格をばっちり意識して目的達成のために行動していきます!

2018年12月17日月曜日

利根川の鮭の遡上


利根大堰 from wiki

今日は七十二候の「鱖魚群(鮭の魚群がる)」です

川越から北に40㎞ほど行ったところに利根川が流れています
利根川は関東平野を流れる最も大きな川です

この川の中流に利根大堰という取水堰があります
そこまで川越からロードバイクで片道2時間ほどです
毎秋のようにそこへ日帰りでバイクツーリングします
遡上する鮭を見るためです

堰の魚道の側面にガラス窓が設けられています
運が良ければ四苦八苦して流れを遡っていく鮭の姿をそこから見ることができます
今年遡上数が最も多かった日は11月7日で315匹でした
10月からの累計の遡上数は4068匹(12月13日現在)です

12月になるとめっきり遡上する鮭の数が減ります
そして毎年七十二候の「鱖魚群」の頃には、ここでの鮭の群がりは終わります

2018年11月4日日曜日

『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』 坂口恭平


先月「ピダハン」という現代文明に依存しないアマゾンの人々についての本を読みました
かれらが物をほとんど所有することなく幸せな暮らしを営んでいる様子が書かれてました
日本から見れば地球の裏側の人里離れた森林の中でのピダハンの生活に共感しました

「ピダハン」の著者ダニエル・エヴェレットはつぎのように書いています

「ピダハンにとって、そしてそれはわたしたち全員にとっても同じだが、知識とは、経験が文化と個々人の精神を鏡にして解釈されるものだ」

このことを自分自身の経験にひきつけて考え、わたしは深く納得しました

今回読んだこの比較的長いタイトルの本に書いてあることは興味深いことでした
第一に東京という大都会にも「ピダハン」のようにして暮らしている人々がいることです

ピダハンはアマゾンの森の中で幸せに生きていくための知恵を身につけています
かれらは生きていくうえで必要のない物や考えにはほとんど関心がありません

坂口はこの本の中でつぎのように言っています

「自分の身体を使って体験を重ねると、必要な技術はいくらでも進歩するのが、人間というものだ」

これは坂口が東京で都市型狩猟採集生活をしている人々から学んだことです
これが「ピダハン」の人々やわたしたちにもぴったりあてはまっているのです
つまりこれは誰にとっても普遍的なことなのです。

「その生活は、資本主義とは異なる、別の経済観念によって成立している。つまり、自分にはどれぐらいのエネルギーが必要なのかを把握し、その分だけを自らの手で手に入れるという考え方である。そこには過剰も不足もない」

これもまさにピダハンの人々のことを言ったこととして理解できます。
最後にダメ押し的に坂口が言っていることを見てみましょう

「あらゆる経済、企業がじつは幻のようなものであり、そこには安定などないことが、少しずつ明らかになってきた。そんな時代だからこそ、人間にとって本当に必要なものは何か、どんな知識を持つべきか、どんな道具を獲得すべきかを真剣に考えていくことが重要である」

この考え方は今を生きる誰にとっても大切なことだと思います。