2023年4月24日月曜日

差し茅 一日目

今年も一入亭の差し茅をする季節になりました
一入亭の朝
この冬は小雪で雪解けが早かった
アメダスの小出では3月26日に積雪が0㎝になっています
通常それから2週間後に一入亭の雪が消えます
なので今から2週間前に雪は消えていたはずです

茅場の雪も早く解けたようです
茅がずいぶん乾いています
茅場の脇の桜がまだ咲いています
去年の12月に茅を刈り倒し一冬そのままにしておきました
こうしておくと春に茅を集める際に葉を簡単に落とすことができるのです

きょうはまず茅をせっせと集めました
一日かけて全体の三分の二くらいを集めました
茅を集めて束ねやすいようにしておきます

2023年4月4日火曜日

『教養としてのラテン語の授業』ハン・ドンイル

言語が、ほかの学問のように分析的な学習で学ぶというよりも、たゆまぬ習慣を通して身につけていく性質を持っている

学問とは、知るだけにとどまらず、その知の窓から人間と人生を見つめ、よりよい観点と代案を提示するもの

本来の長所であったものが短所になった時点で、思い切って手放すことが大事なのかもしれません

こうした修道者たちが身に着けている「habitus(修道衣)」から、毎日同じ時間に同じことをするという意味で「習慣」が派生したのです

人生は、自己実現のためだけに邁進するのではなく、他者を思うことでさらに完成されるのかもしれません

ただひたすら自分自身を振り返り、「そもそも原因は私の態度だったのではないか」と思うようになりました

「自分の望みはこれだ」と信じて突き進み、それを成し遂げた後でこそ、自分の本当の望みはもっと別のものだったとわかる

人々が明日のために今日を我慢するのと同じくらい、過去にも縛られている

あなたはわが道を進めばいいだけです。大切なのは、「昨日の自分よりも成長すること」

重要なのは、知識があればそれだけ世界を見る解像度が上がり、物事が良く見えるようになる

私たちはもしかしたら、実際の金の価値よりも、仮想の数字に心をとらわれながら生きているのかもしれません

学んだことを血肉にするために重要なことは、何事であれ集中すること、すなわち精神統一が最も良い方法である

傷つくことによって、自分の弱さや短所に気づかされ、自分自身をさらに深く知ることができる

私たちが経験し、受け入れなければならない感情にも、毎日の限界値がある


 

2023年3月20日月曜日

『スマホ脳』アンデシュ・ハンセン

いまだにガラケーを使っています
日常不便に感じることはありません
ガラケーの電話、メール、目覚まし時計の機能があれば十分です

それでも昨年3年ぶりに海外に出かけたときはスマホがあったほうがいいなと思いました
いろいろなサービスがインターネットを介して行われるケースが多かったからです
インターネットを使わないでサービスを受けようとするととても不便なのでした

PCは持っていますが海外へ行くときは邪魔なので持って行きません
PCが無くてもスマホがあればインターネットが使えます
なのでいよいよガラケーはやめてスマホに換えることにしました

ところがスマホはその弊害が気になります
わたしの身の回りにスマホに依存した生活をしている人を何人か見かけます
そのライフスタイルを見るにつけあのようにはなりたくないと思っていました
スマホ依存はカロリーやアルコールなどの過剰摂取と同様の悪影響があるのは明らかです

なぜそんなことになってしまうのでしょうか
つまりは人間の脳がデジタル社会に適応していないからというのがハンセンの見立てです
わたしたちを取り巻く環境と人間の進化の結果がミスマッチしているのです
そのためわたしたちの心に悪影響がおよんでいるのです

人間の歴史を見るとこのことがはっきりします
これまで人間はその出現から今まで99.9%の時間を狩猟と採取をして暮らしてきました
なので人間の脳は今でも狩猟採集時代の生活様式に最適化されています

狩猟採集時代の生活様式とはどのようなものだったのでしょうか
・50~150人程度の集団で暮らしていた
・常に移動し、住居も簡素だった
・生涯出会う人間の数は200人、多くて1,000人程度
・出会う相手はだいたい自分と自分と同じような外見だった
・全人口の半数は10歳を迎えずに亡くなった
・平均寿命は30歳足らずだった
・一般的な死因は飢餓、干ばつ、伝染病、出血多量、誰かに殺されること
・人口の10~15%は他の人間に殺された
・生き延びるために周囲の危険を常に確認していなければいけなかった
・積極的に身体を動かして食べ物を探さなければ、餓死する可能性があった

そのため人間には睡眠と運動が必要でありお互いへの強い欲求が備わっています
なのでこれらの三要素が減ると人間の精神は不調を来すことになります
現代生活の快適化は往々にしてこれらの三要素が十分に満たされない方向に進んでいます
そして心を病んだ人が世界中で大量に生じることになったのです

スマホをはじめとするテクノロジーに順応しようとすればするほど心に不調を来します
それはテクノロジーが人間の真の幸福を目的にデザインされていないためです
そのことを理解せずにスマホを使っていればそれに依存するようになります

それでガラケーからスマホにする前にスマホ依存の予防策を知っておこうと思いました
つまりデジタルデトックスの具体的な方法を考えようとしたのでした
そして読んだのがこの本です

この本にはスマホを過剰に利用するとなぜ危険なのかがわかりやすく説明されています
そのほかにも
「人間の身体と脳を形成してきた唯一の基本ルールは生き延びて、遺伝子を残すことです」
「ネガティブな感情はポジティブな感情に勝る。人間の歴史の中で、負の感情は脅威に結びつくことが多かった」
「進化は良いものでも悪いものでもなく、私たちに意地悪するわけでも、都合のいいことをしてくれるわけでもない。地球上の生物はそれを基本条件として、今いる環境に適応していく」
「ストレスは脅威そのものに対する反応だが、不安は脅威になりえるものに対して起こる」
「もともとは生き残り戦略だったはずの脳のメカニズムのせいで、人間はデジタルのごほうびに次々と飛びつく」
「知能の処理能力には著しく限定された領域がひとつある。それは集中だ」
「テクノロジーのほうが私たちに対応するべきであって、その逆ではないはずだ」
「手書きの場合はいったん情報を処理する必要があり、内容を吸収しやすくなる」
「SNSは表面的には、人間のソーシャルコンタクトへの本質的な欲求を満たしてくれる貴重な場である。しかし、心の健康を増進するどころか悪化させることを調査結果が示唆している」
「社交生活の代わりにSNSを利用する人たちは、精神状態を悪くする」
「基本的にすべての知的能力が、運動によって機能を向上させる」
「運動やトレーニングをすることで、不安から身を守ることができる」
「いちばんいいのは、週に3回、45分、心拍数がすこし上がるような運動をするのがいい」
「元気でいるコツは、睡眠を優先し、身体をよく動かし、社会的な関係を作り、適度なストレスに自分をさらし、スマホの利用を抑えること」
などなどいいことがたくさん書いてあります

そして肝心のデジタル時代のアドバイスとは
・自分のスマホの利用時間を知ろう
・目覚まし時計と腕時計を買おう
・毎日1~2時間スマホをオフにしよう
・プッシュ通知もすべてオフにしよう
・スマホの表示をモノクロにしよう
・運転中はサイレントモードにしよう
・集中力が必要な時はスマホを隣の部屋に置いておこう
・チャットやメールをチェックする時間を決めよう
・人に会っている時はマナーモードにして少し遠ざけておき相手に集中しよう
・寝るときはスマホの電源を切ろう
・スマホを寝室に置かない
・どうしてもスマホを寝室に置くなら着信音を消してマナーモードにしよう
・寝る直前に仕事のメールを開かない
・ストレスの兆候を見逃さないようにしよう
・どんな運動も脳に良いので運動しよう
・最大限にストレスレベルを下げ、集中力を高めたければ週に3回45分、できれば息が切れて汗もかくまで運動するといい
・SNSは積極的に交流したいと思う人だけをフォローしよう
・SNSは交流の道具と考えよう
・スマホからSNSをアンインストールしてPCだけで使おう

2023年1月14日土曜日

『縄文の奇跡!東名遺跡』 佐賀市教育委員会

一年ほど前に藁細工の友人から福島県立博物館で藁人形の展示会をやっていると聞きました
それを見に行きました
藁人形とは別に展示されていた福島県の藁細工に惹かれました
とりわけ縄文ポシェットのような砥石袋が素敵でした
帰りがけに売店で「樹と竹」という過去に開催された展示会のパンフレットを買いました
家に帰ってそれを見ていたところ遺跡から発掘された六つ目編みの籠が目に留まりました
「日本最古の編み物」とあり佐賀県東名(ひがしみょう)遺跡で発掘されたものでした
それは8,000年前の縄文時代のものでした
その頃すでに六つ目編みをはじめとする編組の技法が確立していたことが分かりました
じつは部分的な籠は1万200年前のものが滋賀県粟津湖底遺跡から発見されています
東名遺跡からは完全な形をした籠が数百個見つかったのでした

ウィキペディアで調べたところ縄文の編組製品について書いた本があることを知りました
『ここまでわかった!縄文人の植物利用』(工藤雄一郎ほか編)という本です
写真、図版、イラストをふんだんに使って植物に関する縄文人の知恵と技術を伝えています
その三年後に『さらにわかった!縄文人の植物利用』(同)という本が出ました
発掘されたものを研究したことによって発見されたことが分かりやすく説明されています

これらの本で書かれたことも含めてこの本で東名遺跡全体について知ることができます

竹細工の魅力を若い方々にお伝えしたいとわたしは日ごろ思っています
お伝えしたいのはその技法だけでなく日本の手仕事としての竹細工です
この本は竹細工の源を辿るうえで欠かせない知識を提供してくれます

それにしても具体的には何が「縄文の奇跡!」なのでしょうか?
それは次のように稀有な条件がいくつも重なって完全な形の籠が現代まで遺ったことです

縄文海進(約16,000前~7,000年前)の終わる頃に定住集落が形成された
奇跡1 縄文海進の変動によって集落は水没し透水性の低い5mの粘土層でおおわれた
奇跡2 集落のあった場所は地下水位が高く有機物が分解しにくい還元状態が保たれた
奇跡3 貝塚に堆積した貝殻から地下水に炭酸カルシウムが溶け出し酸性土壌を中和した

東名遺跡にはまだ発掘調査されていない貝塚がたくさん残っています
なのでこれからも新しい発見が期待できます


2022年12月14日水曜日

『反応しない練習』草薙龍瞬

2,500年ぐらい前に実在したというブッダという人は今も多くの人を救っています
その教えが実用的で合理的なので現代人にも効果があるからです
この本はその教えをわかりやすく解説した本です

どんな人の人生にも悩みや問題がつきものです
そのような苦しみがあることをまず認めるのが救われる道への第一歩です

その苦しみの源は求める心にあります
求める心とは生きている間ずっと「反応しつづけるエネルギー」です

求める心は7つの欲求に分かれています

生存欲(生きたい)
睡眠欲(眠りたい)
食欲(食べたい)
性欲(交わりたい)
怠惰欲(楽をしたい)
感楽欲(音やビジュアルなど感覚の快楽を味わいたい)
承認欲(認められたい)

これらの欲求に突き動かされて人は反応します
そして時には欲求を満たす喜びがまた時には満たされない不満が生まれます
それを繰り返しているのが人生です

ここで問題なのは不満という反応です

不満は三つの状態に分類でき三毒と呼ばれ人間の三大煩悩とされています

貪(とん):貪欲(過剰な欲求に駆られている状態)
瞋(じん):怒り(ストレスを感じイライラし機嫌が悪い状態)
癡(ち):妄想(想像したり考えたり思い出したりとボンヤリ何かを考えている状態)

人間が最も得意で大好きなのは妄想でナンバーワンの煩悩です

このような煩悩から自由で開放された境地が解脱です
ブッダの教えとは求める心を手放すことで煩悩から自由になる方法なのです
苦しみから解き放たれた状態はまた善とも表現されます

ブッダの教えのひとつに人生の大きな心がまえがあります
人間関係をまあるく治める慈・悲・喜・捨という四つの心がけです

慈:相手の幸せを願う心
悲:相手の苦しみ・悲しみをそのまま理解すること
喜:相手の楽しみ・喜びをそのまま理解すること
捨:手放す心、捨て置く心、反応しない心

草薙さんはそうして正しい生き方を心の土台にすえるよう勧めています

反応せず正しく理解すること
三毒などの悪い反応を浄化すること
慈・悲・喜・捨の心で向き合うこと

このようにして最高の納得が得られた境地は善とも意味が重なります


『断捨離で日々是ごきげんで生きる知恵』やましたひでこ

断捨離とはヨガのことばで やましたひでこ というひとが提唱し商標登録しています
そのことを最近知り彼女の書いた本を読んでみようと思いました
この本は断捨離という言葉が流行語になった2010年に出版されたものです

読んで参考になったのは断捨離の片付け術よりもむしろその処世術でした

幸福を日々実感したくて家と職場で過ごす時以外をほとんどを何か埋めている女性がいます
家族が協力的で子育てが終わっていれば家事の負担は少なく休みも取りやすい
自分の自由な時間を自分の楽しみで満たしても何も問題もないとは言えます

いつ終わるかもしれない人生だから今を楽しむのだと言います
これも当世的には否定できない生活態度かもしれません
何よりその人自身が日々を楽しんでいると言うのですからそれでいいようにも思えます

断捨離的に見ればここに何かがあるように思えます
楽しんでいることの多くが受け身のかたちだからです
人にもてなしてもらうタイプの楽しさなのです
自分で自分をもてなすようなタイプの楽しみではありません
楽しいと言う毎日はじつは誰かに楽しませてもらっていることが多いのです

断捨離の処世術から見てたいせつなのは

人に頼らずに自分で自分をもてなせる(楽しませる)ようになること

そういうことなのかなと思いました


2022年11月23日水曜日

一行レシピ さわし柿ジャム

おけさ柿
厚さ3ミリに銀杏切りにして30%の重さの三温糖と檸檬一個の汁に混ぜ中弱火で20分煮る

さわし柿とは焼酎などで渋抜きをした柿のことで煮すぎると渋みがもどるので要注意です
三温糖とレモン汁を入れすぎると柿の風味がしなくなってしまいます
ちょっとデリケートなさわし柿のジャムです

2022年11月5日土曜日

一行レシピ 洋梨ジャム

厚さ3ミリに銀杏切りにして半量の重さの三温糖と檸檬一個の汁に混ぜ中火で20分煮る
洋梨が大好きです
いつか洋梨でジャムを作ろうと思っていました
ジャムにすれば春まで洋梨を楽しめるだろうから

川越市場でラフランスがお手頃だったので4つ買いました
いそいそと作り味見したところ・・・リンゴジャムとあまり変わりません
ちょっとがっかりしましたが好きな洋梨であることには変わりなし
ありがとう!

来年はラフランス以外でやってみます

2022年11月3日木曜日

川越のマンホールのフタ

このごろは各自治体がそれぞれ個性的なマンホールのフタを作っています
それをあちらこちらで1万枚以上撮影した人もいるとか

友人ドミニクもマンホールのフタを撮影するのが好きです
ことしヨーロッパを一緒に自転車旅行した際にも彼はあちこちで撮影していました
彼に川越のを見せることにしました
はいよドミニク

これはいちばんありふれたやつです
市の木である樫と同じく花である山吹をあしらっています
やや地味な印象がありますがいかがでしょうか
こちらは派手目な消火栓のフタです
これもマンホールのフタに含めていいのか分かりませんが目立っていたので紹介します
町火消しの纏が二つ描かれています
降っているつぶつぶが火の粉だとしたら迫力です
最後はお子様向けみたいな消火栓のフタです
川越市のマスコットキャラクターである「トキモ」が消防士に扮しています
ここにも例のつぶつぶが・・・
よく見るとそれは川越のシンボル「時の鐘」でした
丁寧に製造番号?も入っています
さてドミニクの感想はいかに


生ごみバケツ台

生ゴミを入れるバケツをこれまで床に直接置いていました
低くてゴミを入れにくいので腰掛と窓格子を作った時の端材を使って台を作りました
ついでにヤカンも置けるようになりました


2022年10月27日木曜日

名刺

太陽さんに制作をお願いしていた名刺ができました
表には自筆の「藁竹茅」のスタンプを一枚ずつ捺します
裏には小さく名前それにメールアドレスとブログのURL

シンプルですが高価なのでバラまきはしないつもりです

2022年10月22日土曜日

『「昭和」を送る』 中井久夫

中井さんは精神科医で専門は統合失調症です
この本は表題を含め多彩なエッセイが収められています
それらを読んでいて何度もドキッとする一文に目を覚まされました


日大の家族研究では「いちばんまともな家族成員が統合失調症になる」との結論だそうです
これは思いもよらないことでした
正直に言ってむしろその逆ではないかと思っていました
そう思ってしまったのはなぜなのでしょうか
家族に統合失調症の人がいると家族に迷惑がかかるからという断定です
そして家族に迷惑をかけるのはまともなことではないと
家族の誰かが統合失調症になるとその家族はいろいろなことを考えざるを得なくなります
その一つが「なぜ彼あるいは彼女は統合失調症になったのか?」という疑問です
日大の研究結果はそれを考える家族にとってとても重いものです


「生きるということは、多数の可能性を一つの現実に変えていくことである」
以前ずっと年若の女性と話していて困ったことがありました
私にはその人が日ごろ余りにいろいろ方向性もなくやっているように見えていました
もっと何か目的を持って集中的にやった方がいいのではと思っていました
ある時そのことを話してみました
すると5年後には死んでいるかもしれないから将来の計画などしても仕方がないと言うのです
身もふたもないこととはこういうことを言うのでしょうか
確かに死ぬかもしれないしけど死なないかもしれない

どうして彼女はそのように発想したのかと考えてみました
これまでいつも目的を持って集中的に取り組むことができない環境にあったのかもしれません
就職、結婚、子育てと切れ目なく続いた人生ではそんなことは考える暇がなかった
でもこれからは違うはずです
自分の生き方を思い描く力は誰にもあるはずです
あるいはそんなことではぜんぜんないかもしれません
もし機会があったらまた話してみたいと思います


「医学は「三大脅迫産業の一つ」だという陰口があります。後の二つは「教育」と「宗教」なのですが、いずれも、いうことをきかないと大変なことになりますよ、という点で、たしかに共通であります」


彼は言った。「日本文の構成原理は中国の詩法がもとの「起承転結」。日本人の論文がアメリカの雑誌で低く評価されるのは、そのためです」
「え、アメリカではどうなの?」
「起、承、承、承、承、・・・と続いて結にするのです。転はなし」
「日本人はそれを一本調子といい、単純とみなされる。別の角度からの見方も述べ、今後の問題にも触れ、保留すべきは保留するのが良いとされます」
「それは米国では弱さとみられます」
これは先日読んだ本に書いてあったことを裏打ちするような具体的エピソードです


「友情も、恋愛も、情事も、結婚生活も、憧れから始まり、理想化を経て熱中へ、そして現実が見えて、たとえ素晴らしくとも違和感が生まれ、この有為転変の繰り返しはまさにフーガである」
友情が恋愛・情事・結婚生活と同列に置かれていることに若干の違和感があります
この一文に友情を含めるのはどうかなと思います
恋愛・情事・結婚生活についていえばこのとおりかなとすこし寂しいですが思います


2022年10月17日月曜日

一行レシピ キウイジャム

芯が赤くてとても甘いキウイをもらいました
皮剥き銀杏切り砂糖加え30分置き強火のあとレモン汁加え弱火で煮詰め煮沸した瓶に入れる

<材料> キウイ 750g(皮をむいた状態)
     三温糖 375g 
     レモン 1個

砂糖を混ぜ合わせて30分置くと水分が出るので煮ても焦げ付きません
キウイは固形分が少ないので煮詰めるとどんどん量が少なくなります


五戒で人を観る

地橋さんはこの本で原始仏教の修行は五つの戒を守ることから始まると言っています
その五戒とは倫理的な行動規範でつぎの五つです

①不殺生戒(殺さない)
②不偸盗戒(盗まない)
③不邪淫戒(不倫をしない)
④不妄語戒(嘘をつかない)
⑤不飲酒戒(酒や麻薬など酩酊させるものを摂らない)

人を観るときこれら五つの戒をどの程度守っているかが一つの判断基準になります

世の人は五戒をどの程度守っているでしょうか?
おおよそつぎのようかと思われます

①と②については多くの人が守っている
③については守っていない人がけっこういる
④と⑤については③よりももっと多くの人が守っていない

それにしても「守っているか/守っていないか」という問いのたて方が疑問です
「白か/黒か」と尋ねているのですが実際には灰色の人がたくさんいると思うからです

それに灰色といっても大きな程度差があります
たとえば不殺生については殺すのが人なのか蚊なのかで意味合いは大きく異なります
飲酒についても飲む量が乾杯の一杯だけなのか前後不覚になるまでなのかで全く違います
ほかの戒についてもさまざまに大きな程度の差が考えられます

もっと丁寧な問いのたて方をしないと五戒で人を観ることは無理です
たとえばこのように考えたらどうでしょうか?

まず各戒がどの程度守られているか具体的に5段階に分けます

①不殺生戒 殺さない⇒殆ど殺さない⇒蚊を殺す⇒食用動物を殺す⇒人を殺す
②不偸盗戒 盗まない⇒殆ど盗まない⇒鉛筆を盗む⇒自動車を盗む⇒他国を盗む
③不邪淫戒 不倫しない⇒殆ど不倫しない⇒らしきことをする⇒稀に不倫する⇒不倫している
④不妄語戒 嘘をつかない⇒殆ど嘘つかない⇒稀に嘘をつく⇒些細な嘘をつく⇒大嘘をつく
⑤不飲酒戒 飲まない⇒殆ど飲まない⇒飲んでも乱れない⇒飲むと乱れる⇒アル中である

そして戒が完全に守られていれば0点を全く守られていなければ4点を付けます
グレーゾーンはその程度に応じて1点から3点を付けます
各戒について採点してその点数を合計します

このようにして自分自身や任意の他者の倫理的な行動の度合いを観るのです
いかがでしょうか?



2022年10月14日金曜日

『私たちはなぜ犬を愛し、豚を食べ、牛を身にまとうのか』 メラニー・ジョイ

カーニズム(肉食主義)の問題を世に知らしめようとする本かな?
自分からは手にしない類の本です
ペスカタリアン(魚介類は食べる菜食主義者)の友人に「読んでみて」と渡されました

友人は若いとき自らの食志向を周囲から揶揄された苦い経験を持っています
この本を読み自分のあり方に誤りはなかったと勇気づけられたと言います

著者は社会心理学の方法でカーニズムの否を論難しています
ざっくり言えば
「人と同じように愛情を持っている動物を殺して食べてはいけない!」

肉食を厭わない私はこの本を読むほどに窮地に追い込まれていきました
かわいそうな食用動物を食べていいのか?
ノー天気な私の食生活の運命やいかに!

幸か不幸か読後も自身の食生活を変える必要までは感じていません
牛ステーキを食べる量をこれからは少し減らしてもいいかなとは思います
そしてこんな景色が明瞭に思い浮かびます


ある日のサバンナ
ヌーの大群が草を食んでいる
それを草陰から狙うメスのライオン
素早い身のこなしで一頭のヌーを難なく仕留めました

まもなく藪から数頭の子ライオンがバラバラと姿を現しそのヌーにかぶりつき始めました
腹を満たしたライオン親子がそこから去るとすかさずハイエナやハゲワシがやってきました
やがてヌーは骨だけになりました

昔はこの景色の中におどおどとしたヒトの影がありました
ときにはライオンの食べ残しを頂戴したことも

いつの頃からかヒトの姿がほとんど見えなくなりました
森を離れてどこかへ行ってしまったのです

いまヒトはアフリカの森でのあの暮らしのことをすっかり忘れてしまいました
まいにち食べるものを求めてきゅうきゅうとしていたあの日々を

ヒトはいま議論を事にしたり肉を食い散らかしたりして好き放題です
森から遠く離れて・・・


個々の人の肉食の実態ってじっさいどのようなことになっているのでしょう?
人は夥しい数の食用動物を劣悪な環境下で飼育し屠殺し解体し食べています
その食肉の消費を人毎に把握してみてはどうだろうか?
同じヒトとはいえ人によってその消費量が天と地ほど違うでしょう

いまグローバリズムの嵐が多彩な食文化の存続を脅かしています
まだ地球上にはあちこちに暮らしに根差した個性的な食生活がなんとか存在しています
肉食はその中に色モザイクのようにちりばめられています
そのかけがいのない文化をカーニズムと一緒くたにして議論してはいけません

この頃は国内でも極端な焼肉好きとかスウィーツ好きとか見かけます
何かそれが食生活の頂点にあるみたいな勘違いです
そのような人たちにこの本は向いています

ヒトのDNAは大昔のままです
ヒトが脂肪や甘いものに目がないのはそのDNAの命ずるところです
そのDNAを書き換えられる技術は既に存在します
カーニズムの人のDNAを書き換えることは可能になっています
そうしますか?

いま欲望の時代を生きている私にはもっと広い展望がそれこそ欲しい

産業革命以前にはカーニズムだけでなくいま存在する他の多くの欲望は伏せられてきました
多くの人々が多くの物を手に入れられるようになって欲望というパンドラの箱が開きました
カーニズムはそのような人間生活の根本的な変化から生まれたものの一つです

なぜそのような変化が生じたのか?
欲望はどのように暴走しているのか?
暴走はどうしたら止められるのか?

ヒトの滅亡が刻々と現実味を帯びてきたいま知りたいのはそのことです

2022年10月8日土曜日

『基礎からわかる論文の書き方』 小熊英二

論文というのは相手を論証で説得する技法から発達したそうです
その源をたどると古代ギリシャのアリストテレスに行きつくとか
ニコマコス倫理学のアリストテレスです
その技法は ①主題提起 ②論証 ③主題の再確認でした

この型の論文はアメリカ式と言うそうです
別にフランス式というのがあってその展開の仕方が興味深いです
対立する見解を示しながらそれらを止揚してそのどちらとも異なる見解を出すのだそうです
アメリカ式のように自分の主張を一方的に論証するだけではないのです

小熊さんは論文の書き方は学問研究だけでなく実社会にも応用できると何度も言っています
自分の経験に照らしてその通りだと思いました

わたしは日本の手仕事を次世代へ伝承することを目的としたブログを書いています
「藁竹茅」といい藁細工と竹細工と茅葺きの3つを主題にしています
それぞれの作品の製作過程を写真や動画に説明文をつけて公開しています

そのブログ記事を作成する際のスタンスが数学などの科学と同じであることに気がつきました
つまり
①どういうプロセスでやったのかを公開する
②それに異論があったら再びやってみる
③その繰り返しで定着したものをみんなで共有する
④そのうえでさらに工夫をする

「科学と『魔法』はどこが違うか、明らかです。魔法はプロセスを公開しません。魔法では、プロセスを秘密にし、結果だけ見せて『すごい』と思わせます。それに対し科学は公開が原則で、誰でも疑っていいし、お互いに批判や対話しながら進歩できます。」P.76

知らず手仕事を科学していたのかとちょっと快感です

2022年9月25日日曜日

一行レシピ リンゴジャム

皮剥き芯取り銀杏切り塩水漬け、砂糖加え中火あく取り弱火60分火止めレモン汁加え瓶に入れ
1瓶400gで4瓶できました
サンつがる 1.6㎏@400、砂糖 640g@150、レモン1個@100、塩大さじ1


一行レシピ レモン汁


レモン1個を電子レンジに入れ500Wで30秒温め半分に切り手で絞る

2022年9月21日水曜日

〇的生活

Pelléas et Mélisande 聞き取りノート
人生の棚卸し
7年前に私はそれまで40年近く勤めた大学職員の仕事を退職しました
そしてようやく自由な時間をたくさん持てるようになりました
その時間を使って私は「自分の可能性を追及する」ことにしました

これまでの60年間の人生では義務的にやっている事が常に多くがありました
それらを取り去って「自分の可能性を追求する」生活をするにはどうすればいいか?
あれこれ長い間「思考」錯誤しているうちにあることに思い至りました

自分がこれまで好きでやってきたことを書き出してみたらどうか?
山登りやスキーから始まって自転車や船頭もやりました
古民家の修復に没頭したし藁細工や竹細工もずいぶんやってきた

これらについて「登山」といったジャンルごとにいつどこで何をしたか書き出してみる
残っている日記や手帳、写真や書類などからかなりのことがわかるはずだ
「登山」であればそれをなぜ、いつ初めてどのような展開があって現在地がどこなのか?

EXELの表に書き出すことにしました
一行が一イベントです
たとえば、

登山 1971年7月 磯子工業高校山岳部 夏期合宿 北アルプス裏銀座コース 初3,000m峰

といった具合です

この表にいろいろなライフイベントも加えていきました
出生から始まり学校への入学と卒業、就職や転勤、結婚や育児などの人生の様々な節目です
これらも一つのイベントを一行で書きました

私のこの表は最終的に1,000行ほどになりました
完成させるのにとても時間がかかりました
大変でしたがやりがいのあることでした

これまで漠然ととらえていた自分の人生が可視化できるようになりました
私の人生はほぼこの1,000のイベントから成り立っていることが分かったのです
このようにして私は自分の人生を棚卸しました

人生の吟味
私はしばらくこのエクセルの表をうっとりと眺めていました
たとえそれが凡庸な人生であったとしても60年間という軌跡はただそれだけで素敵だな、と
そんな感傷が過ぎ去ってから私はこの表をいじくり始めました

エクセルはもともと表計算ソフトなので項目ごとの並べ替えが簡単にできます
たとえば「登山」や「藁細工」という項目のイベントがいくつあるか瞬時にして分かります
さらに「登山」のほかに自分はどんなスポーツに時間を費やしてきたかも分かります

このようにしてエクセルの表をあちらからこちらから眺めてみました
するとそこに私の人生の個性が浮かび上がってきました
私の人生は「あそぶ」と「つくる」に特徴があるのです

私は「藁細工」「竹細工」「茅葺き」という「分野」のことを好んでやっています
これらの「分野」は「つくる」という共通した「行為」として言い表すことができます
また私は「山遊び」「自転車遊び」「海川遊び」が好きです
これらの「行為」はまとめて「あそぶ」と言い替えられます

この気づきに基づいて自分が大切にしている全ての「分野」を「行為」に置き換えてみました
すると「分野」に相応しい「行為」を表現する言葉がみつかりました
「つくる」「あそぶ」以外には
「いやす」「かたる」「くらす」「さとる」「つたえる」「のこす」「むつむ」

これらたった9つのことばで私の「生活」の全ての「行為」がカバーされるのでした
頭の中でモヤモヤしていたものがスッと引き出しに納まっていくような感じでした
私はわずか9つの「行為」で表現される世界で毎日生きているのです

さらに9つの「行為」を3つずつまとめて3つの「~的生活」に集約できました

こうして私の「生活」は「~的生活」⇒「行為」⇒「分野」と階層的に整理できました
自分の「生活」のとらえ直し=人生の棚卸しができたのです

「生活」のフレーム
人生の棚卸しをしたことで私の「生活」には一定のフレームがあることに気がつきました

私の「生活」は「物的」「心的」「体的」の3つの「生活」から成り立っています
それぞれの「分野」はさらに3つの「行為」から成り立っています
それぞれの「行為」はさらに3つの「分野」から成り立っています
                                       
               行為 分野、分野、分野
          物的生活 行為 分野、分野、分野
               行為 分野、分野、分野

               行為 分野、分野、分野
     私の生活 心的生活 行為 分野、分野、分野
               行為 分野、分野、分野

               行為 分野、分野、分野
          体的生活 行為 分野、分野、分野
               行為 分野、分野、分野

「~的生活」⇒「行為」⇒「分野」と階層的に3つずつに細分化しています

3つへのこだわり
私があえて3つという数にこだわっているのにはいくつか理由があります

まず無理なく満足度の高い「生活」を送るには「行為」や「分野」を限定する必要があります
限られた知力・体力や資産で1日24時間、1年365日にできることは自ずと限りがあります
3つというのは多くも少なくもなくちょうどいい感じです

また一般的に言って3という数字は座りが良く生活に安定をもたらすと考えられます
写真の三脚は3つの足で安定しますし「三人寄れば文殊の知恵」などと昔から言います

さらに私の名前の中に入っている3はラッキーナンバーだと信じています

人によって「~的生活」「行為」「分野」が必ずしも3つには限らないのは当然です
それより多くも少なくもありえるので誰もが3にこだわるという必要はないと思います

「物的生活」
以上のように整理した私の「生活」の中身を具体的にお話しします

「生活」の第一は(順番にとくに意味はないのですが)「物(もの)的生活」です
「物的生活」は「つくる」「くらす」「のこす」の3つ「行為」から成り立っています

何を「つくる」のかというと「藁細工」「竹細工」「茅葺き」の3つの「分野」の物です
それぞれの手仕事の内容は私のブログ『藁竹茅』を見ていただければお分かりになります

「くらす」は生活するうえで避けて通れない「諸事」「衣食住」「経済」です
これらは物と切り離すことのできない分野です
今ここで書いていることは「諸事」に含まれるライフスタイルです
どのようなスタイルで暮らすかによって物の所有の仕方が決まります

そして「農家」「町家」を一軒ずつ「車」を一台だけ「のこす」ことにしました
これらのことはブログ『一入亭日乗』に綴っています
以上が私の「物的生活」です

「心的生活」
「生活」の第二は「心(こころ)的生活」です
「心的生活」は「かたる」「さとる」「つたえる」の3つの「行為」から成り立っています

心は言葉を「かたる」ことによって開かれます
「日本語」「英語」「フランス語」で自在に「かたる」ことができる自分を目指します
「日本語」は読み書き話すことを洗練させます
「英語」と「フランス語」は言語の学習とそれをじっさいに使うことです
冒頭の写真はフランス語学習の一場面です

「読む」「見る」「聴く」ことで世界の諸相を「さとる」ことに努めます
「読む」は本、新聞、まれにネットの記事などです
「見る」はテレビや映画など
「聴く」はネットやラジオです

これらによって得た知見を生活全般を通じて学んだことと合わせて人に「つたえる」のです
余計なお世話にはならないように注意しています
「つたえる」ためのツールが3つのブログ『一入亭日乗』『藁竹茅』『人力遊山記』です

「体的生活」
そして最後が「体(からだ)的生活」です
「体的生活」は「あそぶ」「いやす」「むつむ」の3つの「行為」から成り立っています

まず「山」「自転車」「海川」で体を使って「あそぶ」のです
「山」は登山とスキー「自転車」は国内外の自転車ツアー「海川」は船頭やカヌーなどです
これらの分野でやったことをブログ『人力遊山記』で公開しています

こうして「あそぶ」と疲れるのでその他の生活疲れと一緒にそれを「いやす」のです
具体的には「睡眠」「運動」「緩和」でもって癒します

「むつむ」ことはヒトという存在にとってもっとも大切なことです
具体的には「兄弟」「子供」「朋友」とのむつみです
このうち特に「朋友」と「むつむ」ことが生活のための大きなエネルギーになります

私の「生活」
「生活」の「行為」と「分野」を先ほどのフレームに具体的に書き込んでみます

               つくる 藁細工、竹細工、茅葺き
          物的生活 くらす 諸事、衣食住、経済
               のこす 農家、町家、車

               かたる 日本語、英語、フランス語
  私の「生活」  心的生活 さとる 読む、見る、聞く
               つたえる 藁竹茅、一入亭日乗、人力遊山記

               あそぶ 山、自転車、海川
          体的生活 いやす 睡眠、運動、緩和
               むつむ 兄弟、子供、朋友

各「分野」はさらにいくつもの具体的な「活動」から成り立っています
たとえば「いやす」の「運動」ではつぎのような身体的な「活動」をしています

   毎 日 「ラジオ体操」
   隔 日 「自転車散歩」「筋トレストレッチ」
   週一回 「スポーツダンス」

ひとつの「分野」でもこれだけの「活動」をしているのです
全ての「分野」の全ての「活動」を網羅するととても多種多様になります
それら全ての「活動」において自分の能力を進展させる機会が持てます

何かの「活動」を通じて新たな能力を見出すと「生活」の満足感が高まり質が向上します
そうかといってあまりに多くの「活動」をし過ぎると全てが中途半端になってしまいます
ただ忙しいだけで満足感はえらず「生活」の質はいつまでたっても向上しません
このことがあるので「行為」や「分野」の数を適度に抑える必要があるのです

私の「生活」の実際
「生活」は「活動」を最小単位として行っています
1日24時間のあいだかならず何かの「活動」をしています
とくに予定のない日は朝にその1日どんな「活動」をするか決めます
「活動」の配分はこれまでの経験をもとに適当に決めています
このことについてはまた別の機会にお話ししたいと思います

的生活」の今とこれから
今このように行っている生活を「〇的生活」と呼んでいます
特定の行為に偏らない生活でありまた曼陀羅のように円い生活でもあります
その中で自分の様々な「物的」「心的」「体的」能力を可能な限り引き出そうとしています
この「〇的生活」がうまく回っていくことが今の自分にとってもっとも大切なことです

                  くらす
                    
              つくる        のこす

             かたる  さとる  つたえる
 
              あそぶ     いやす

                  むつむ

                〇的生活の曼陀羅

「〇的生活」を意識的に行い始めて3年ほどたちました
全体的なフレームに違和感はありませんし副作用もありません
現在のところその達成度を感覚的に自己評価すると100点満点でまだ59点というところです
満点ではなく満足感が得られるようにこれからもやり続けます


2022年9月17日土曜日

『日本詩歌の伝統』川本皓嗣

この方は七五調で詠われる日本の詩歌の特色として三つのことを指摘しています
専門用語でなく言えば「決まりことば」と「俳句のことば使い」それに「音のリズム」です
この伝統が(私を含め)市井の人々の間に今も深く染み込んでいることに驚きます


夏の暑さがまだ収まらないそれでいて秋の兆しを感じ始める頃によく聞くぼやきがあります
多くは女性の「もう夏が終わり秋が来てさびしい」というような言葉です
毎年誰かがこのようにぼやくのを私は聞いてきました

「秋はさびしい」ともう1,000年以上も前から日本の詩歌に歌い込まれています
ずっと昔から秋はさびしいものと詩歌の世界では決まっているのです
景気のいい秋とか華々しい秋というのはこと日本の詩歌ではありえないのです

この決まりごとは長い間に詩歌の世界だけではなく一般庶民にも浸透しました
何しろ名歌はことごとく「さびしい秋」を歌っているわけですからみんなそう思うわけです
秋はさびしいものなんだなと

四季折々が好きな私でもススキの穂が出始めたのを見て「さびしい」と思うことがあります
もう秋になってしまったと


俳句はとりわけ芭蕉に惹かれます
芭蕉に惹かれない人の方が少ないのではないかと思うので珍しいことではありません
芭蕉のことば使いはとても面白いので私も時々真似して駄句をひねり出しています
恥を忍んでそのいくつかを掲げてみます

この道や行く人無しに秋の暮れ 芭蕉
オサカナのオの油濃き秋の暮れ 一入亭
あらたふと青葉若葉の日の光  芭蕉
あらたふと暮らしに活きるetc. 一入亭
旅に病んで夢は枯野を駆け巡る 芭蕉
手仕事を御師に枯野を愛で歩き 一入亭

俳句というより川柳になちゃってますがこんな具合に使わせていただいています
言葉で遊ぶというのはとても面白いものです
こんなことができるのも多く残された秀逸な詩歌があればこそです


最後に音のリズムです
これはもう独特のものでこの良し悪しで詩歌のイメージは根本的に変わってしまいます
というのも七五調の詩歌にはそれを朗誦するルールがあるからです

今はだいぶ廃れてしまいましたが数十年前は正月に百人一首で遊びました
その中で七五調の詠み方が伝えられたのです


このような日本詩歌の伝統は人々の間に今もかろうじて息づいています
ところが昨今のことを考えるとちょっと気持ちが暗くなります
みんなゲームばっかりやってるから日本詩歌の伝統は早晩消えてしまうのではないかと

そう思うのは早とちりであることを願います
そして誰かがこの本とはまた違う視点から伝統の在り処を探し出してくれるとうれしいです

きっとそうあってほしいと願いつつ箸をではなくペンをおきます
というかキーボードを打ち止めにします
(最後のフレーズがしまらなくて残念です)