2023年4月4日火曜日

『教養としてのラテン語の授業』ハン・ドンイル

言語が、ほかの学問のように分析的な学習で学ぶというよりも、たゆまぬ習慣を通して身につけていく性質を持っている

学問とは、知るだけにとどまらず、その知の窓から人間と人生を見つめ、よりよい観点と代案を提示するもの

本来の長所であったものが短所になった時点で、思い切って手放すことが大事なのかもしれません

こうした修道者たちが身に着けている「habitus(修道衣)」から、毎日同じ時間に同じことをするという意味で「習慣」が派生したのです

人生は、自己実現のためだけに邁進するのではなく、他者を思うことでさらに完成されるのかもしれません

ただひたすら自分自身を振り返り、「そもそも原因は私の態度だったのではないか」と思うようになりました

「自分の望みはこれだ」と信じて突き進み、それを成し遂げた後でこそ、自分の本当の望みはもっと別のものだったとわかる

人々が明日のために今日を我慢するのと同じくらい、過去にも縛られている

あなたはわが道を進めばいいだけです。大切なのは、「昨日の自分よりも成長すること」

重要なのは、知識があればそれだけ世界を見る解像度が上がり、物事が良く見えるようになる

私たちはもしかしたら、実際の金の価値よりも、仮想の数字に心をとらわれながら生きているのかもしれません

学んだことを血肉にするために重要なことは、何事であれ集中すること、すなわち精神統一が最も良い方法である

傷つくことによって、自分の弱さや短所に気づかされ、自分自身をさらに深く知ることができる

私たちが経験し、受け入れなければならない感情にも、毎日の限界値がある


 

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