2018年8月23日木曜日

『選んだ孤独はよい孤独』 山内マリコ


最近孤独について書かれた本をよく目にします
孤独本とでもいうのでしょうか
きっと孤独本がたくさん発行され売れてもいるのでよく目にするのだと思います

孤独本は以前からありました

「孤独の世界」 島崎敏樹 1970年
「孤独な噴水」 吉村昭一 1978年
「孤独の心理学」 大原健士郎 1995年 

これらの本では大方孤独は生きていくうえでの困難として扱われています
そして孤独からの脱却が主題となっていました
孤独を前向きにとらえている本はわずかでした

最近の孤独本には逆の傾向があります
孤独を脱却しなければいけない状況としては捉えていません
むしろ孤独は価値があるものとして扱われています
まず題名にそれを感じます

「極上の孤独」 下重暁子 2018年
「孤独のすすめ」 五木寛之 2017年
「思えば、孤独は美しい」 糸井重里 2017年

孤独本の書き手はこれら大御所だけではありません
少年少女向けの孤独本を書いている人もたくさんいます
性別年代を問わず孤独だと感じている人が今とても多いからでしょう

「選んだ孤独はよい孤独」というこの本の題名にも今どきの孤独本らしいひびきを感じました
なぜ選んだ孤独はよくてそうでない孤独はよくないのか?
それがこの本にはどう書いてあるのかなと思い読んでみました

著者が主に取り上げているのは日本の男性です
仕事に縛られて生きていく定めの人々です

彼らは少なくとも組織人として定年までは働き続けなくてはいけません
そして働いているあいだは組織から逃れて孤独でいるわけにはいきません
そのプレッシャー、憂鬱、ストレスは人や組織によって差こそあれたいへんなものです

ようやく定年を迎えると組織を離れることが可能になります
それでも多くの人々が再雇用や転職などの形で組織にとどまることを望みます

もちろん経済的な事情などでどうしても組織で働き続けなければならない人もいます
しかし不可避的な状況ではないのに組織に属して働き続けることを選ぶ人がたくさんいます
なぜでしょうか?

長年組織人として働き身につけてきた習慣は一朝一夕に振り払うことができません
なので慣れ親しんだ組織の世界に少しでも長く留ることを望むのです
もし組織から離れたら孤独の中で生きていかなければなりません

孤独に生きることがどういうことを意味するのかは誰でもおよそ想像がつきます
組織人としての習慣から離れて孤独に生きる習慣を新しく身につけなければいけません
多くの人はそれが自分にできるのか確信が持てず不安を感じます
それで孤独になるのをなるべく回避しようとするのです

組織に居続けるのは必ずしも組織が好きだからではありません
できることなら早く組織から抜け出したいとは思います
それでも孤独になったときの自分の姿をうまく想像できません
それで孤独になる日を一日延ばしにします

組織にいると気持ちがモヤモヤしますが収入は得られるし時々遊ぶこともできます
これといって大きな不満はないという人も結構います
そういう人でもいつかは組織を離れなければならない日がかならずやって来ます
誰でも否応なく孤独になります

いやいやながら孤独になった人はどのように生きていくのでしょうか?
孤独をいきいきと生きるには組織の中で生きてきたのとはまた違う活力が必要です
組織で長く生き過ぎた人は孤独に生きるためのだいじな力がすでに乏しくなっています
なので不本意に孤独になった人のその後の人生はすっきりしたものにはなりにくいでしょう

定年とともにあるいは定年より前に潔く孤独を選んだ人にも苦難は待っています
これまで経験したことのないいろいろな課題を克服していかなけばなりません
組織の枠を出て自分ひとりで社会と日々の暮らしに向き合うための当然の困難です

組織の中にいれば収入や交遊関係だけでなく生きがいさえ手にすることができました
孤独の生活ではそれが一転します
まず生きがいだけでなく暮らしのすべてについて自分なりの考えが必要です
そしてその考えに基づいた行動が求められます
それらには組織に属していた頃には思いも及ばなかった多くのことが含まれます
それをひとつづつ自力で片付けていかなくてはなりません

このような困難があるにもかかわらずなぜ選んだ孤独はよいのでしょうか?
それはおそらく人はこのようにして生きていることをより実感できるようになるからです
お仕着せの人生から抜け出して自分の身の丈あった暮らしができるようになるのです
これまで既製服ばかり着ていたのが身体に合った仕立服に着替えたような心地のよさです

孤独にはわるい孤独とよい孤独がある
わるい孤独とは組織の中に居続けた結果としての孤独である
よい孤独とは組織から出ることを自ら選んだうえでの孤独である

こんなことを著者は言おうとしたのかなあと思いました

2018年7月14日土曜日

『定年おめでとう』 渡辺格



筆者が68歳のときの著作です
この方の父は東大のフランス文学の教授でした
ご自身も東大でフランス語を勉強したあと大手航空会社に就職しました
組織の中で働くのが心底いやだったようで定年後の自由な暮らしを只管待ち望んでいました
この経歴からすると退職後も経済的にはほとんど問題なかったことと思います
都区内に持ち家もありましたからね
もっともその建て替えにあたっては

「私がつけた注文はただ三つ、断熱材を豊富に用い、風通しがよく、二重窓にするというだけのことで、建材などは一切指定しなかった」

ということで決して豪壮なすまいではありません

健康上の理由で57歳で会社を早期退職したときはさぞかし嬉しかったのではないかと推察します

「…無駄な会議の席に目をこじ開けて着席している苦しみ、絶好の釣日和をよそに書類を作るせつなさ……これらの苦痛は完全に過去のものとなった」

と快哉を心の中で叫んだのではないかと思います

この方の一日のスケジュールは次の通りです

七時半 起床
八時 座禅、読経、腰痛体操、真向法
八時半 食事
九時 拭き掃除
十時 ゴミ燃やし、庭を見て回る
十一時頃 読書など
十一時~十二時 青竹踏み
十三時 昼食
十四時 午睡
十四時半~十六時 読書あるいは庭仕事
十六時 散歩、腰痛体操、真向法
十七時 入浴
十八時 夕食
十九時 テレビで野球観戦
二十二~二十三時 就寝

このスケジュールからはとりたてて楽しそうな生活の様子は想像できません
この方がこのような生活に満足しているのはつぎの言葉からうかがい知ることができます

「彼岸に渡るまでに残された定年後の人生こそが、私にとって一番輝ける瞬間なのであろう」

この人には「園芸」「釣り」「犬」の三つの趣味があります
定年後は趣味が三つぐらいあればたいがい退屈せず毎日を過ごせると思います
一つでは単調だし五つも六つもあると時間もお金も足りないということになります

この人には奥さんがいてその存在を相当に気にかけている様子です

「全ての幸せの裏には、それだけの不自由が存在するのだ。家庭内外のいさかい、掃除の手間、余分な出費…」

それでも日々を楽しんでいる様子をつぎのように書いています

「好きな時、長椅子で横になれるとは何たる贅沢であろうか。気力充実し、条件が良いと見ればいつでも出漁できる。海に出るには風が強すぎれば、菜園の手入れをする」

そして

「このような私の生き様にいささかの賛意を表してくださる方々のために、この本を書いた」

とあります
このような退職後の人生が良いか悪いかについては人により意見の分かれるところだと思います

「世の中には、それは「良い」あるいは「悪い」という二者択一を迫る言葉が氾濫しているが、本来、すべての善悪には、何を前提としてそれを論ずるか、という基礎を明確にしなければ意味はない」

人の定年後を「良い」か「悪い」かという視点で評価するのは誤ったことです。
定年後の価値はその人自身が決めるものだと思うからです

2018年7月11日水曜日

『健康診断を受けてはいけない』 近藤誠



「安全に長生きするためには、健康なときには検査を受けないこと、医者に近づかないことに尽きます。検査が、アリ地獄に落ちるきっかけになるからです」

厚生労働省が健康診断の受診を勧める政策を推進したので近年がんの発見率が高まりました
ところががんによる死亡者数は減少していません
がん患者は増えているのにがんで死ぬ人の数はほとんど変わっていないのです
がん検診とがん治療にかかる費用と時間が増大する一方で効果は表れていません

では検査を受けないほうがいい健康なときとはどんなときでしょうか?

「元気で体調がよく、ご飯が美味しくて、日常の生活動作に不自由がないときです」

これであればかなり多くの人が健康診断は受けなくていいことになりますね

「年をとれば腰の痛み、膝の痛みなど、多少の不具合が生じてくるものです。それらは老化現象なので、多少の症状があっても、元気に生活できていれば、やはり健康であるのです」

健康診断を受けないでいたらある日自治体から検診を勧める電話がかかってきました
もし受ける気がない時はどうしたらいいでしょう

「検診を受けたら寿命がのびるという確実なデータがありますか?」
「受けたら健康になると保証してくれますか?」

などと問い返すと二度と電話はないようです

「健康には、追い求めると不健康になるという背理ががあります。そして健康な人が長寿を願うと、クスリや手術で命を縮めかねない矛盾があります」

「健康長寿を目指すなら、医者と医療を信じることをやめることです」

「私たちにとって大切なのは、自由に生きる、なにものにも煩わされずに生きることではないでしょうか。そのためには死ぬまで、やまいから解放される必要があるはずです」

まったく深く頷くしかありません
そして最後にきちんとまとめていただいています

「もし人々が、そのことに気づき、考えを変えれば、多くの病気から今すぐ解放され、医者たちの呪縛から逃れることができます。
 そして、やまいを心配するかわりに、今日一日を楽しみ、生きていることと、自分を生み出してくれた宇宙に感謝し、明日への希望を心にともしましょう。
 長寿というのも、一日一日の積み重ねでしかありません。10年先、20年先をあれこれ案じるよりも、一番大切な今日という日を楽しく暮らすことに集中しましょう。
 そして天地の摂理に身をゆだね、あるがままに日々を過ごして老いを迎え、やがて枯れるように大地に還っていく。
 そのような心構えを持つことができれば、医者や医療に頼るよりも確実に、健やかで安全な人生を送ることができます」


2018年7月10日火曜日

『穏やかな死に医療はいらない』 萬田緑平


もし医師からがんを宣告されたらこう願うでしょう

なんとかがんを治して身体から消してもらいたい
それが無理であれば一日でも長生きできるようにしてもらいたい

いまどきの人として当然の願いかなと想像します
がんになるともう普通の生活を送ることが難しくなると思うからです
がんになればもう長く生きることはできないだろうからです
直観的にそうに思うのではないでしょうか
これと呼応するような医師の職業観が紹介されます

「病院の医師にとって治療の目標は患者さんにとっていい人生を送ってもらうことではなく、少しでも長生きさせることです。「医師の仕事は治してあげること」という思考が染みついていて、これを生きがいとして仕事をしています」

これは「がんですよ」と言われた人の願いと矛盾しませんから問題ないように見えます
がんを治して消してくれて長生きができるのであればそれに越したことはありません
このような前提でがん検診やがん治療が行われています
その有効性はどのようでしょうか

効果のないがん治療のために多くの人が精神的、身体的、経済的に苦しめられています
その典型が抗がん剤治療です

「がんを退治してくれる可能性もある反面、劇薬でもあります。もし健康体の人ががん患者さんと同じ抗がん剤治療を受け続けた場合、おそらく数年以内、抗がん剤やその人の体質によっては、数週間で亡くなってしまうことでしょう。抗がん剤治療とは、体中に毒ガスを撒くようなものです」

抗がん剤治療とはがんとがんを宿す身体を共に痛めつけ命を縮めてしまうものなのです

「この治すことの真逆にあるのが緩和ケアです。さらに言えば、在宅緩和ケアは医療設備ゼロの自宅でこの真逆のことをやるのです。先端医療を実践している病院医師の感覚と僕たちがしている医療は、なかなかなじまないかもしれません」

緩和ケアとは残された人生を自分らしく生きる支援コースのことをいいます
死に直面した患者さんやそのご家族の心身の痛みを予防したり和らげたりすることです
病院医師から在宅緩和ケア医への橋渡しをうまくやることがたいせつです

「今あるエネルギーを一番効率よく使うのであれば、身体の訴えを信じ、枯れるようにやせていくのが一番です。もちろん、その先には必ず死があります。けれどもその自然の流れに乗れば実はもっと長生きができるし、苦しくもありません」

このことをどのくらいの病院医師が認識しているのでしょうか

「死を認めれば、死は苦しくなく、むしろ少し長く生きられる。死を認めなければ、死は苦しく、命は短くなる」

緩和ケアの情報はつぎのところで得られます
・各都道府県の在宅緩和ケア支援センター
・公的機関
・NPO団体

2018年7月9日月曜日

スズメバチの巣を駆除

一入亭に来ています
地上波デジタルテレビの受信状態が良くないのでアンテナを点検することにしました
風が吹いたり雨や雪が降ったり樹木が繁茂したりすると受信状態が悪くなるのです

アンテナは放送中継局の方向に向けて後中門の軒下、地上から約4mの高さに設置してあります
外壁に梯子を掛けてなにげなく上を見るとアンテナの奥に丸いものが見えました
直径が15㎝ほどの短楕円形で表面に三日月形のまだら模様があります
下端部には直径2㎝ほどの穴が開いていて時折大きな蜂の顔がのぞいています
小さいながら間違いなくスズメバチの巣ですね
スプレー噴射で巣の外側が破れました


ミツバチやアシナガバチは比較的おとなしいですがスズメバチは攻撃的です
簡単に叩き落すわけにはいきません

スズメバチの巣の駆除方法をウェブで調べてみました
巣が小さいうちは自力でも駆除できるが大きい場合は専門業者に依頼したほうが無難なようです
依頼すれば間違いなく1,2万円はかかるでしょう
この出費はスズメバチに刺されのと同じくらい痛い(かもしれない)
あの巣はまだ小さいと判断して自分で駆除することにしました

ホームセンターで次のものを購入しました
・蜂の巣駆除用のスプレー 2缶
・雨具上下
・頭にかぶる防虫ネット
・赤い下敷き

まず懐中電灯と駆除用スプレーを下準備しておきます
・懐中電灯の先端には赤い下敷きを丸く切って粘着テープでとめる
・駆除用スプレーのストッパーをはずしておく

すべてのスズメバチが巣に帰りおとなしくしているであろう21時に出動しました
いでたちは次の通りです

・厚手の長ズボンの上に雨具の下をはく
・長靴を履きその上に雨具の裾をかぶせて紐ですねのところをしばる
・雨具の上の背中にある通気口を粘着テープでふさぐ
・厚手のシャツの上に雨具の上を着てへその上あたりでバンドをしめる
・タオルでほっかむりして雨具のフードをかぶる
・フードの上から帽子をかぶりさらにその上に防虫ネットをかける
・革の手袋をして袖口を雨具のマジックテープでふさぐ
・左手に懐中電灯、右手に駆除用スプレーを持つ

いよいよ駆除開始です
・懐中電灯で巣の位置を確認してから静かに梯子を登ります
・巣のした約1mから巣の下端の穴めがけてスプレーを噴射します
・穴から次々と成虫が落ちてきます
・かまわず噴射し続けていると巣の外側が破れました
・すべての成虫が落下したのを確認してスプレーの噴射をやめます

翌朝梯子の下にスズメバチの死骸を見つけました

顔や腹の模様の特徴からするとコガタスズメバチのようです
スズメバチとしては中型で威嚇性・攻撃性は高くないとのこと
巣を襲われると激しく攻撃してくるため日本では被害例が多いそうです

営巣の初期段階で見つけてよかった

なお、テレビの受信状態が悪いのは中継放送局とアンテナの間の立木が茂ったためのようでした

2018年7月7日土曜日

『大往生したけりゃ医療とかかわるな』 中村仁一


この中村仁一さんという人の言うことはとても歯切れがいいです
長いこと医者をしてきた経験の上に立ってものを言っています
それなので曖昧な物の言いかたをしません

はっきりと言いすぎてはいませんかと思うこともあります
たとえば

「がんでさえも、何の手出しもしなければ全く痛まず、穏やかに死んでいきます。以前から「死ぬのはがんに限る」と思っていましたが、年寄りのがんの自然死、60~70例を経験した今は、確信に変わりました」

と書いています
これが本当であるなら随分と救われます
本当でしょうか?

「死ぬのはがんに限る」という大胆な結論を導くのに60~70例で十分なのか分かりません
若干少ないような気もします
医者一人でそんな何千例も経験できるわけはありません
この人はそれで確信したんですね

人には自然治癒力があるのだから少々のケガや病気は放っておいても治るとのこと
がんになって最期食欲がなくなったら点滴も何もせずいれば7日から10日で亡くなるそうです
それも苦しまずに眠るように亡くなるのだそうです

このような死を自宅で迎えるためのいくつかの条件を示しています
1.在宅で死にたいという本人の意思、希望、決心
2.家族に「看取りたい」という意欲があり、体力、時間があること
3.在宅死に理解のある医者や看護師、ホームヘルパーなどの協力が得られること
4.住環境、できれば専用の個室が欲しい

これはテクニカルなことですが死生観についても述べています

「長生きも結構ですが、ただ長生きすればいいというものではないでしょう。どういう状態で生きるかが重要だと思うのです。私自身はぼけたり、いつ死ねるかわからないままの寝たきりや植物状態で生かされているのは願い下げです」

「「自分の死」を考えるのは「死に方」を考えるのではなく、死ぬまでの「生き方」を考えようということなのです。すなわち、いのちの有限性を自覚することで、「今こんな生き方をしているが、これでいいのか」と現在までの生活の点検や生き方のチェックをし、もし「いいとはいえない」というのなら、軌道修正を、その都度していこうということなのです」

人類の進歩とは苦悩する人々へしあわせへの道筋を示すものであってほしいと願っています
このことについて中村さんはこう言っています

「本来、苦悩は自分で悩んで苦しんで、時間をかけて乗越えていくしかないものではないでしょうか。誰かが代わって苦悩を解決してくれるわけではありません」

時間をかけて苦悩を乗越えていきなさいと言っているのですね
人生最後の苦悩である「死」について「死ぬのはがんに限る」と言い切ったのはすごいです
この言葉に多くの人が救われた気分になったのではないでしょうか

おしまいに次の言葉はこころにストンと落ちました

「人は誰しも、自分の過去を眺めた時、今、自分がここにこうしてあるのも「あのことがあったから」「あの人と出会ったから」という転機となった出来事が5つや6つはあるはずです」

それをまとめておくと

「目をつぶる瞬間、「いろいろあったけれど、そう悪い人生ではなかった」と思え、親しい周囲との永遠の別れに対しても感謝することができ、後悔することが少なくてすむ」

そうです

2018年7月3日火曜日

『定年バカ』 勢古浩爾


世の中に定年本があふれています
定年本とは定年後をどう生きるかについて書かれた本です
内容は健康、お金、生きがいなど多岐に渡ります
定年本が良く売れるのは定年になることに戸惑っている人がたくさんいるからに他なりません

このような傾向を揶揄し、たかが定年ぐらいでがたがた騒ぐなバカ、と著者はいいます
定年本の多くがいかに読むに値しないかを具体的な例をあげてズバズバと切ります

多くの定年本では退職後の「いきがい」を見つけ日々を「充実」させるための一般論が説かれています
それに対して著者は普遍的な「いきがい」や「充実」というものはないといいます
一人ひとり経歴、性格、お金、健康、家族、勤務先、交友は絶対にちがうからです
もし「いきがい」を欲するのであれば「自分自身でつくらないと」いけないと著者は主張しています

定年になってからも健康であることに越したことはありません
定年本の中では健康診断を毎年受けることを進めている場合が多くあるといいます
日常生活に支障がないにもかかわらず健康診断を受けて病気とされるケースがあるそうです

定年本ではお金のことも重要なテーマになっています
そこで扱われているのは多く官庁や大企業を定年になったような人です
恵まれた退職金や年金が保証されている人々です
個人事業者や零細企業に勤めていた人のことはほとんど出てきません

定年後をどう生きるかは定年本の一般論では具体的に決めることはできません
それぞれがそれぞれの置かれた状況の中で自分の意思に基づいて決めることです
そのようにして決められたものであればそれがどのような形であっても構いません
このように著者は言っています

2018年5月25日金曜日

『騎士団長殺し』 村上春樹


『人間界は時間と空間と蓋然性という三つの要素で規定されておる』と騎士団長は言いました
人間は自由であればどのようにも生きられると考えたい
ところが全ての人間の人生は特定の時間と空間と蓋然性のもとで展開します
人はその中でほんのわずかのことを自らの意思として選択できるに過ぎません
そう思うと何かとても虚しい感じがしますがこれが現実でしょう

少し前に読んだロング・グッドバイ(レイモン・ドチャンドラー著、村上春樹訳)の訳者あとがきの一節を思い出します

「戦わない。
 それは目に見えないし、立てる音も聞こえない相手だからだ。彼らはそのような宿命的な巨大な力を黙して受容し、そのモーメントに呑まれ、振り回されながらも、その渦中で自らをまっとうに保つ方策を希求しようと努める。そのような状況の中で、彼らに対決する相手があるとすれば、それは自らの中に含まれる弱さであり、そこに設定された限界である。そのような闘いはおおむねひそやかであり、用いられる武器は個人的な美学であり、規範であり、徳義である。多くの場合、それが結局負け戦に終わるであろうことを知りながらも、彼らは背筋をまっすぐに伸ばし、あえて弁明することもなく、自らを誇るでもなく、ただ口を閉ざし、いくつかの煉獄を通り過ぎていく。そこでは勝ち負けはもう、それ程の重要性を持たない。大事なのは自ら作った規範を可能な限り守り抜くことだ。いったんモラルを失ってしまえば、人生が根本的な意味を失ってしまうことを彼らは知っているからだ。」

これはチャンドラーの小説に登場する人物についての村上春樹さんの解釈です
「騎士団長殺し」の主人公(最後まで名前が出てきません)もこのような人だと思いました


2018年5月20日日曜日

一般道を走る

一般道(上武道路)を走る

川越の自宅から一入亭の行き来にはいつも一般道を使います
道を上越国境へ向かって行くと澄んだ青空に雲が流れていました
何かの作品にしたいようなさわやかな景色でした
エッセイを書いたりスケッチを描くのが得意だったらこれを作品にできるでしょう
得意な表現の手立てを持っていないと感動をリアルに表すことができず残念です
せめてこうしてブログに織り込んでおくことにします

高速道は普段からほとんど使いません
料金が高いからです

一般道は以前より整備が進んで昔の有料道路のようです
路面はスムーズで速度もそれなりに出せます
高速道ほどでは無いにしろ時間もかかりません
信号は少なく、急カーブやアップダウンに煩わされることもありません
いずれも1970年代頃に比べればということですが・・・

一般道を使った往復400キロ以上の走行に慣れると高速道を走るのがしんどくなりました
料金が高いのは勿論ですがそのほかにも頭痛のたねがいくつもあります
・燃費が悪くなること 27㎞/Ⅼ ⇒ 23㎞/Ⅼ
・スピード狂や大型車などの傍若無人走行の危険にさらされること
・思ったところで食事、トイレ、買い物などの用事を足せないこと

なるべく高速道を使わず一般道を走るようにしてからすでに2年ほど経ちました
今では好んで一般道を走っています
一般道の近くにある美味しくて安い食事処やケーキ屋を見つけるのが楽しみです

一般道を走る習慣はもう一つ新しい楽しみをもたらしてくれました
年の暮れにこの一年で一般道を走って高速代がどれくらい浮いたか計算するのです
一入亭への往復だけでなく法事や旅行などで高速道を使わなかった分も含めます
すると10万円をはるかに超えるお金を一年で節約できたことが分かります
とてもいい気分です


2018年5月17日木曜日

『不死身の特攻兵』 鴻上尚史


昨秋の黒旅(6)で鹿児島の知覧にある特攻会館へ行きました
その展示を見終わってブログにつぎのような感想を記しました

 「ここには特攻隊員となった若者たちの悲壮な気持ちがあります 
隊員の親御さんたちが隊員の死を悼む気持ちがあります
そして出撃地となった知覧の人たちの無念の思いがあります

ここにないのは誰がどのようにして特攻を発案し
それが日本軍の作戦として採用され実行されていったのか
という説明です」

特攻を命令した側についてもっと知る必要があると思ったのです
今回不死身の特攻兵』を読んで特攻会館で抱いたにがい思いへのこたえを見つけました
特攻作戦がなぜ考案され、どのように出撃が命令されたかが書いてあったからです
その内容は高木俊朗さんの『陸軍特別攻撃隊』に準拠したものです
それでも胸のつかえが降りるような気がしました
佐々木友次さんという下士官(伍長)が1944年に9回の特攻出撃を命ぜられたのです
その概要は以下の通りです

ーー
月日       集合時刻 出撃機数 有掩機数 内容(戦果は軍発表)     上聞/葬式
11月12日 午前3時  4機   20機  佐々木戦艦一隻撃沈のち戦死      有
11月15日 午前4時  4機     8機  僚機に合流できず帰還
11月24日 正午近く   2機  機数不明  壮行式最中に爆撃にあい出撃中止
11月28日 午前10時    1機    6機   敵艦を発見できず帰還
12月4日   午後3時  1機    2機   敵戦闘機編隊に遭遇したため帰還
12月5日   午後3時  4機    9機   佐々木他戦艦一隻大破炎上のち戦死  有
12月7日   午前7時   10機   3機   整備不良で離陸できず
12月16日 早朝     1機    無   敵船団約200隻に遭遇し帰還
12月18日 不明    不明  有無不明 離陸後エンジン不調のため帰還

ご覧のとおりひと月余りの間に佐々木さんは9回もの出撃を命令されました
出撃のための集合時刻が始めは未明だったのが回を追うごとに遅くなりました
遅く出撃するとアメリカ軍の戦闘機と遭遇する確率が高まります
しかも最後のほうは一人で直掩機無しで出撃させられました
壮行式では知り合いがバナナを一房くれただけということもありました

司令官や参謀長からは「死んでこい!」「死んでくるんだ!」と口々に言われました
それほど上官は佐々木さんに死んでもらいたかったのです
華々しい戦果をあげ佐々木さんは戦死しましたと2度も天皇に報告してしまっていたからです
田舎では佐々木さんの葬式を2回出しました
天皇にまで報告し軍神となった佐々木さんを処罰できません
なので処刑飛行として佐々木さんに何度も出撃を強制したのです

9回目に帰還したのちにはもうフィリピンの日本軍は特攻する飛行機を持っていませんでした
そのため司令官や参謀長は佐々木さんに処刑飛行をさせられなくなりました
そこで司令官は参謀長に佐々木さんを密かに殺すよう命じました
参謀長は狙撃隊を作りましたが間もなく日本が降伏したため実行されませんでした
ーー

この後に佐々木さんは生まれ故郷に帰り92歳まで生きて2016年に亡くなりました
亡くなる直前に著者の鴻上さんは佐々木さんに何回かインタビューをしました
そのインタビューの内容と「特攻の実像」という特攻の分析が鴻上さんの業績です
この本のあとの半分はすでに高木さんが公にした『陸軍特別攻撃隊』からひいた内容です

この本にはユニークな部分が半分しかないとしても出版の意義があると思います
それはまず特攻を命令した側の実態を改めて知らしめ
そして佐々木友次さんという反骨の人の存在を伝えていることです


2018年5月14日月曜日

音楽メディアとその価格

ミズーリの空高く

リラックスしたいときにはいろいろなことをします
本を読んだり、運動をしたり、スポーツ中継を見たり・・・
音楽を聞くのもそのひとつです
なかでもジャズが好きです

数年前に亡くなったベーシストでチャーリー・ヘイデンという方がいました
彼がパット・メセニーと共演した「ミズーリの空高く」というアルバムがあります
その深い音色を聞くたび、とても癒されます

このアルバムを初めて聞いたのは図書館で借りたCDででした
こんなにいい音楽を無料で聞けるなんてありがたいと思いました
ダウンロードさせてもらい外出先でもプレーヤーで聞いています

このアルバム一枚についていろいろなメディアがあります
その価格はメディアにより次のように異なります

新品 LP アマゾン 20,161円(送料350円含む)
   CD 定  価 2,621円
      アマゾン 1,850円(送料350円含む)
MP3ダウンロード  1,200円
中古 CD アマゾン  850円(送料350円含む)
アマゾンプライム     0円(年会費3,900円)
図書館のCD貸し出し     0円

メディアによるこのような価格差はこのアルバムに限ったことではありませんね
購入する人の考え方と懐具合によって選ばれるメディアは異なります

一入亭におきましては聞きたいアルバムが図書館にあればそれを借りて聞きます
図書館に無ければ中古CDで音質に問題のないものがアマゾンに出ていればそれを買います
アマゾンプライムというのは特定のアルバムをストリーミングで聞けるサービスです
アマゾンの無料宅配などと抱き合わせになっていて便利なので会員になっています
MP3ダウンロードはモノが手に入らないのであまり買う気になれません
これしかメディアの選択肢なかったり中古CDより低価格であれば買うでしょう
新品はLPはもちろんCDも割高感が強いのでMP3ダウンロード以上に手が出ません

というわけで図書館で借りるかアマゾンプライムで聞くか中古CDを買うというスタイルです


2018年5月13日日曜日

チンジャオロース

チンジャオロース by nami
田舎の叔父の家から竹の子が大量に届きました
次男がそれを茹でて早速一品作ってくれました
いい歯触りで美味しかった

2018年5月10日木曜日

『ロング・グッドバイ』 チャンドラー 村上春樹訳


フィリップ・マーロウはタフな私立探偵です
権力、金、暴力に屈することなく最後の最後まで犯人を追い求めていきます
その過程で彼は命の危険にさらされ、何度も手ひどい目に遭います
その代価として法外な金を求めることもなく侘しく一人で暮らしています
たとえ大金持ちの美人に言い寄られても結婚しません
とうてい考えられないほどのタフネスさです

このタフネスさと同じくらいあるいはそれ以上に目を見張るところが彼にはあります
犯人を捜しに難行苦行を強いられながらも自らについて語らないことです

彼は必要なときには雄弁であり、ウィットに富み、ユーモアのセンスもあります
だからといって自分の感情や思いなどをしゃべったりはしません
大変なことをしていれば普通なぜこのように行動するのか言いたくなるじゃないですか
自分はこう思うのだ、こう考えているのだ、だからこのように行動するのだ、と
しかし彼は言いません

現実社会には正義のためだ、世のため人のためだなどと事あるごとに言い募る人々がいます
政治家、官僚、学者、宗教者、教育者によく見られます
ところが往々にして実力と行動が無かったり、もともとその気がないこともよくあります
こちらはフィクションではないので実害があります

この本でとりわけ心地がいいのはあちこちに気の利いたユーモアがちりばめられていることです
絶体絶命の時、嫌な気持ちになった時、ガックリ来た時、すごく痛たい時には、顔が引きつったり、不機嫌になったり、しょんぼりしたり、辛くなります
そのような時こそユーモアの出番です
その場の雰囲気や、人の気持ちを一瞬にして変える魔法です

こういう本を読んでいるとこの物語がいつまでも終わらないで続いて欲しいと思います
実際500ページ以上もあってなかなか読み終わらないのは事実です
でもシーンがきっちり平均10ページに区切られていてとても読みやすい
単調な肉体労働の傍らにこのような本をチビチビ読むと取り合わせがいいような気がします

なにか村上さんの作品を読んでいるような気がしました


2018年5月5日土曜日

いつものメニュー

2018年5月4日
平日の朝食はいつも同じメニューです
おかず、ヨーグルト、フルーツの中身を毎日変えるので飽きません

食パン:6枚切
紅茶:ダージリン
サラダ:だいたいキュウリ、トマト、レタスにドレッシング、ブロッコリーのときも
おかず:玉子、ベーコン、ウインナソーセージ、ハム、チキンナゲット、チーズなど
ヨーグルト:ヨーグルトにジャム(イチゴ、ブルーベリー、マーマレード)をトッピング
フルーツ:リンゴ、ミカン、キウイ、グレープフルーツ、バナナ、イチゴ、デコポンなど


2018年5月1日火曜日

かたる 英語 電車内勉強


給料生活をしていた頃は通勤電車のなかでラジオ英語講座の勉強をしていました
電車のシートに腰掛けて揺れに耐えながら録音したヴィニエットを聞いて書きとっていました
今は家の掘りごたつ(さすがにもう電気は入れていません)で勉強をつづけています

昨日都心へ出かける用事があり何年ぶりかで電車の中で勉強しました
すると電車の揺れのため書きとる字が乱れに乱れてしかたありませんでした

通勤していた頃はできていたのにどうしたことでしょう
バランス能力が落ちたのでしょうか
それとも以前もまともには書きとれていなかったのでしょうか

たった数年でそれほど身体能力が極端に低下したとは思えません
家でゆったりと書くのに慣れたので突然の汚い字にびっくりしたのかな
それとも電車の揺れが以前よりひどくなったのかしらん

上手く書きとれないことが気になって肝心の内容があまり頭に入りませんでした

これに類することが気がつかないうちに生活の端々で起きているのかもしれません

給料生活をしていた頃はやりたいことを劣悪な条件を耐え忍びながら何とかやっていた
そして今は自分がやりたいことだけを恵まれた条件の中で楽々とやっている

人間は生きていくうえで必要がなくなった能力をさっさと切り捨てるのだそうです
春になったらパラリと冬服を脱ぎ捨てるように
そういうことが知らないうちにからだのあちこちで起きているのかもしれません