2019年4月14日日曜日

『リラックスのレッスン 緊張しない、あがらないために』 鴻上尚史


鴻上尚史さんの本は面白い
そうはいってもこれまでにつぎの2冊しか読んでいません

『孤独と不安のレッスン よりよい人生を送るために』
『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』

この『リラックスのレッスン』を図書館で見つけたとき早速読むことにしました

いまの暮らしは緊張とは縁遠いので取り立てて読む必要のない本だとは思いました
でも前に読んで面白いと思った本を書いた人が新刊を出したら読んでみたくなります

この本には日常生活の場面で緊張をどうやってやり過ごすかが書かれています

鴻上さんはその方法を演劇の理論から引っ張て来ています
具体的にはスタニスラフスキー・システムを紹介するかたちです

役者が舞台での緊張をどう解くか、どうやって良い演技をするか

そこには方法があります
そのやり方で面接やプレゼンといった日常生活で緊張する場面を乗り切るという提案です
そこには緊張とはほど遠い生活をしている人にとっても何か学ぶべきことがあると感じました

・緊張は過剰な自意識に起因しているので自意識に気持ちが向かないようにする

・自意識に気持ちが向くのは思考力やエネルギーに余裕があるから
・なので思考やエネルギーに余裕がない状況にあえて自分を追い込む
・すると自意識から自由になってのびのび生きられる

緊張を回避する二つの方法があります

まず「与えられた状況」に集中すること

それは日常生活で自分のやりたいことを懸命にやるってことかな
その前にやりたいことを明確にするというのは難しい作業です
それができてからという話ではあります
そのうえでやりたいことに心と体を集中させる

もうひとつは「目的」と「障害」を意識して「葛藤」すること

こうすることで自意識は正面にいる強い敵から、後で見つめる微力な味方に変わります
ここでも「目的」と「障害」を具体的にすることがまず必要です

実際やるのは簡単ではないにしろ、分かりやすい方法ではないですか?


2019年3月1日金曜日

シメを見た

シメ from Wikipedia
週に二、三回、家の近くを自転車で走っています
荒川や入間川の土手の上にある自転車道を20㎞ほど一時間かけて走ります

遠い山なみや流れる雲を見ながら走るのは気分のいいもんです
河川敷で鳴くキジやコジュケイに季節の訪れを実感させられます

きょう入間川の土手を走っていると道端に望遠レンズで写真を撮っている人がいました
自転車を止めて「何がいるんですか?」と聞いてみました
すると「シメらしいです」との返事でした

シメは知識としてだけ知っていました
インコのような形のくちばしをした茶色っぽい鳥です
その人がカメラを向けていた先を見ると、河川敷の木の枝に二羽の鳥がとまっていました
肉眼では黒っぽい小鳥としか分かりません
その人は今しがた撮った写真を拡大してわたしに見せてくれました
特徴のあるくちばしや茶色がかった羽毛はたしかにシメのようです

その人にお礼を言ってまた走り出しました

いつもなら気がつかないで通り過ぎてしまったでしょう
興味を持ったことにほんの少しだけ寄り道してみると良いこともあります
シメシメ、きょうはついていました

2019年2月24日日曜日

初めてのスポーツダンス

前々からダンスをやってみたいと思っていたので始めることにしました
年がいっても人は10年ほどあれば大概のことはできるようになるそうです
どこの誰がそう言ったのかは忘れてしまいました
これから10年やってみれば10年理論が正しかったかどうかわかるでしょう

行った先は川越市報で募集があった会の講習会です
90分のあいだ、ブルースやルンバやジルバのステップを教えてくれました
難しくてほとんどできませんでした
会の雰囲気はほのぼのとしているのでなんとか続けられそうです

これから週に一回、日曜日は90分ダンスします!

2019年2月23日土曜日

『日の名残り The Remains of the Day』 カズオ・イシグロ














カズオ・イシグロの原著とその翻訳本を並行して読んでみました
英語力が不足しているため原著では内容をよく理解できません
かといって翻訳本で読むのはもったいない気がします
そこで数ページ原著を読み、ついでその翻訳を読むという方法で読んでみました
ちくいち本を持ち替えるのが面倒ですが英語のニュアンスも味わえて面白く読めました
本を読んでから映画も見たので作品の印象がより鮮明になりました


面白かったのは主人公の執事スティーブンスと彼をとりまく人々との様々な心模様です
ミス・ケントンが差しのべる愛に執事の威厳をもって対峙する悲しさ
ナチに利用されるダーリントン卿を信じ執事としての仕事だけに傾注しようとする律義さ
自分の仕事へのプライドが市井の人々の誤解を生むもどかしさ

そしてこの本の最後に登場したことばからタイトルの印象ががらりと変わりました
The evening's the best part of the day.

タイトルのThe Remains of the Dayに初めは人生を振り返る感じを持っていました
日本語の日の名残りというタイトルについても過去の出来事の残照というイメージでした
ところが上の言葉が暗喩するようにthe dayを人生と置き換えるとどうでしょうか
the remainsは昔の話というよりは、これからの人生という感じになりませんか

最後の最後にそう感じたのでこの本は面白いなと思いました

2019年2月21日木曜日

もつ鍋


もつ鍋はもつ煮ではありません
もつ煮は時々食べますがもつ鍋はこれで生まれて二度目です
もつ鍋セットを送ってきてくれた方がいたのです
なんとありがたいことでしょうか

もつはぷよぷよで脂肪がほとんどです
それをキャベツ、ニラ、ゴボウ、豆腐と一緒にスープで煮るだけです
にんにく、ごま、唐辛子をたっぷり入れます

もつ鍋とはいいながらもつの存在感はそれほどありません
むしろ豆腐や野菜をおいしいスープでたくさん食べる鍋です
白いご飯がとても良くあいます
さらに〆用にちゃんぽんまでついていました

寒い冬の日にぴったりの献立です!
ごちそうさまでした!

2019年1月23日水曜日

『エチカ』 スピノザ


スピノザという人について「汎神論」という言葉だけを思い出します
「汎神論」とはそこらじゅうに神がいるという考え方です
八百万の神とどのように違うのか、そこまでは分かりません
ただ原始的な日本人の心性と通じるところがあるような気がします

「エチカ」とは「エートス」について考える哲学だそうです
その「エートス」のもともとの意味は「動物のすみか」だそうです
なので「エチカ」では人がどこで生まれ、どのように育ち、今何をしているか考えます
スピノザが明らかにしようとしたのはこの世界や人間の性質です

「人間は一般的観念に従って完全か不完全かを判断している
 自然の中に完全なものと不完全なものがある訳ではない
 同じように
 それ自体で『善』、それ自体で『悪』というものは存在しない
 同一事物が同時に『善』『悪』『中間物』でありうる
 例えば、音楽は憂鬱の人には善く、悲傷の人には悪しく、
 聾者には善くも悪しくもない」

善いものは喜びの感情(楽しみ)を高めます
賢者とはいろいろな楽しみを知っている人です

スピノザが重視したのは人間の本質「力」(コナトゥス)です
人間の基本的な感情は「喜び」「悲しみ」「欲望」からなる
諸々の感情はこの三者から生じます

喜び
愛、帰依、希望、安堵、好意、高慢、歓喜、鄭重
好感、同情、自己満足、感謝、大胆、慈悲心、名誉
悲しみ
憎しみ、反発、絶望、落胆、憤慨、見くびり、妬み、謙遜
自卑、恥辱、憐憫、後悔、恐怖、軽蔑、驚き、嘲弄
小心、恐慌、残忍、買いかぶり、臆病、思慕、怒り、復讐心
欲望
貪欲、美味欲、名誉欲、競争心、情欲、飲酒欲、金銭欲

 

2019年1月6日日曜日

正月三が日の料理

今日から二十四節気の小寒で、七十二候の「芹乃ち栄う」です

お正月の三が日にありがたく頂いた夕食です

一日 三段の重箱にお節を詰め、屠蘇を飲んでからいただきました
一の重「なます*」「栗きんとん*」「伊達巻」
二の重「田作り*」「かまぼこ」「数の子」「ちょろぎ」
三の重「筑前煮*」 *は自家製です

二日 川越市場で買った海鮮類をいただきました
タコ、マグロ(赤身)、ズワイガニ、シメサバ(写ってません)

三日 最後の夜はすき焼きをいただきました

ごちそうさまでした

2019年1月1日火曜日

『専門医が治す!自律神経失調症』 久保木富房

今日は七十二候の「雪下りて麦のびる」です


潰瘍(かいよう)性格と呼ばれる人たちがいるのをご存知でしょうか
わたしはこの本を読むまで知りませんでした
潰瘍性格とはどんな性格なのでしょうか
その性格から脱するにはどうしたらよいでしょうか

潰瘍性格とは
性格的特徴が原因となって胃潰瘍や十二指腸潰瘍になりやすい人たちのことです
一見社会や組織によく適合して仕事や人間関係を卒なくこなしているように見えます
実際には自分の気持ちを抑え込んで他人の意向に合わせている場合が多いのです
自分自身の感情をあらわにしないのでまわりには敵があまりできません

潰瘍発現のメカニズム
潰瘍性格の人たちは多く胃潰瘍や十二指腸潰瘍に苦しんでいます
厄介なのはその潰瘍が完治せずに事あるごとに再発することです
いったいどんなわけでそうなってしまうのでしょう

潰瘍性格の人は自分の感情を抑えて人と合わせていこうとします
そのこと自体は適応能力が高いと評価されることもあります
問題はいつもこのように行動することで自分の心体に無理をかけていまうことです
これが高じると自律神経やホルモンの異常が起こります
さらに悪化すると内臓の異常やその他の自律神経症状が現れるます
潰瘍性格の人はこれが胃潰瘍や十二指腸潰瘍となって腹部に不快な痛みが生じます

痛みはガストールなどの投薬や発症の原因の解消などで快癒します
しかしふたたび心体に負荷のかかる状況に陥れば再発し完治しません
このように潰瘍が再発することが潰瘍性格の人々の悩みです

さらば潰瘍性格
潰瘍性格の人はこのような性格と縁を切りたいと思っている人が大多数でしょう
このままでいたい人は稀有だと思います
では潰瘍性格とおさらばするにはどうしたらいいでしょうか

潰瘍性格を自覚する
まずは自分がそのような性格であることを深く自覚します
あくまで自覚です
反省ではありません
自分は感情表現の苦手な潰瘍性格なのだと忘れないようにしておきます

潰瘍が痛みだしたら「自分は潰瘍性格なのだ」と思いながら痛いところをさすってみます
不思議なことにそれだけでも痛みが鎮まることがあります
潰瘍性格を自覚するだけで効果がありえるのです

そこでまず、潰瘍性格の人はふだんから自分の性格のことを忘れないようにします
潰瘍性格とはどんな性格か人に説明できるくらいになれれば重畳です

潰瘍の痛みを予防する
潰瘍が痛みだす前にできることもあります
朝その日の予定の中に潰瘍性格が災いしそうなイベントがないかチェックします
たとえば法事とか、会議とか、研修とか、人との関わりが主となる用事です
もしあるようでしたら心の準備をしておきます
準備といっても難しくも厄介でもありません
「今日は自分の気持ちを少し出してみようかな」とささやかな誓いをたてるだけです

誓ったのだけれど、いざその場になったらできなかったということもあるかもしれません
それでぜんぜんかまいません
大切なのはうまくできるかどうかではなく、自分の性格を自覚して行動することです
そして自分の思いを人に伝えることを少しずつ習慣化していくことです

自分の感情の表し方
人と交わる状況はじつに様々あります
くだけた仲間うちの付き合いから、緊張感が走る堅苦しい会議まで千差万別です
どんな状況であれ場が和むような発言は歓迎されます
とはいえこれはなかなか難しく初めはうまくいかないでしょう
何度もすべってしまうでしょう
それで一向に構いません
恥ずかしいとか人に迷惑だとか考えるのはやめましょう
ここが我慢のしどころです

そして普通の人になる
機会あるごとに自身の感情をすこしでも表現しようと試みます
そうするとそれがいつか自然にできるようになります
自然にできるとは、必ずしも上手くできるということではありません
ことさらに意識しなくても自分の気持ちを出すように行動しているということです

もちろん自然なだけでなく上手くできていれば恰好いいかもしれません
しかし上手くできなくてもぜんぜん構いません
上手くなくたって少なくとも人に迷惑をかけることにはならないからです
自分の気持ちを上手く伝えられない人なんてたくさんいます
上手くできなくて普通の人なのです
普通の人の普通の行動が迷惑だなんてことはないのです

大切なのは自分の感情を絶えず解き放つよう試みることです
それだけで人の心体への負荷はずっと軽くなります
潰瘍性格の人にとってはこれが胃潰瘍や十二指腸潰瘍の再発を断つ方向につながります

このようにして普通の人になれたら素敵じゃないですか

2018年12月27日木曜日

『心身症の治し方がわかる本』 岩崎靖雄


二十代の前半から現在に至るまで十二指腸潰瘍を患っています
そのあいだずっとではないですが相当な腹痛がした時もありました
薬を飲んで治ったり、何もしないで治ったりしました。
治っても再発するので、この病気とは一生付き合わなければならないものと思ってました

先月何かのきっかけで自律神経と腹痛の関係について知りました
ストレスによって自律神経が乱れて腹痛につながる自律神経失調症です
これへの対処法として食事方法、睡眠、休養の改善があげられていました
これらを実践するとかなり腹痛が軽快しました

自分は自律神経失調症なのだと思いました
その自律神経失調症についてさらに調べようと図書館で本を探しました
そこで出会ったのがこの本です

まず心身症の医学的な定義はつぎのとおりです

身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、
気質的ないし機能的障害が認められる病態

ひらたく言うと、心身症は心の問題が原因でおこる体の不快な症状や病気のことです
精神面での症状が目立たないため一見するとからだの病気と誤解されがちです
原因は心にあるため、心の問題を解決をしないと治療を受けても思うように回復しません

心身症は病気の原因や経過に心の問題の影響をおおきく受けている様々な病気の総称です
心身症にはなりやすい性格の人がいます
そのひとつに「人の言葉や評価が気になるタイプ」があります

「表面的には独立的、でも本当はもっと評価されたい」
「気になるタイプ」の人は、いつもきちんとしていなければ気がすみません
自分の意見よりも周囲の都合や意見を優先させてしまいます
仕事や人づき合いのためなら自分を犠牲にしてもしかたがないと思っています
物静かで慎ましい「しっかり者タイプ」に似たところがあります
「完璧主義者タイプ」とも共通の性質を持っています
一見、活動的で野心家のように評価されています
実際には人の目が気になり、批判されたり嫌われることを恐れ八方美人になってしまいます

無意識の部分では、愛されたい、かまってもらいたいという欲求が強いとも言われています

自分が満足するよりも、他人や世間がどう見るかのほうを重要視します
いつも自分が十分に評価されていないように感じています
もっとよく思われたいために無理に状況に合わせる言動をとったりします

「24時間続く不安や緊張が潰瘍をおこす」
このような性格は「潰瘍性格」とも言われます
心身症として胃潰瘍や胃炎のような病気が起こりやすい性格と言われています
自律神経のうち交感神経は活動時に、副交感神経は内臓や器官を休ませる時に働きます
このタイプの人はいつも不安や緊張を感じながら生活しています
そのため交感神経と副交感神経の両方の興奮が強くなります
交感神経の興奮は胃壁の血管を収縮させ、胃粘膜の修復能力がおとろえます
その状態で副交感神経が興奮すると、胃液などの分泌が増えます
すると胃液が胃壁を傷つけ炎症や潰瘍をおこします
薬の服用で症状を改善することができます
しかしストレスを根本的に解消しなければ再発してしまいます

「ライフスタイルの改善と食事のとり方に注意する」
ストレスが原因の胃潰瘍や胃炎はライフスタイルを見直すことで根本治療できます
私生活では仕事のことを考えないようにします
熱中できる趣味を見つけて、無心になる時間を作るように心がけます
胃の不調は、食事との関係が密接です
ランチは職場から離れてとるとか、考えごとをせずに食事を楽しむようにします
打ち合わせをしながらの食事や、興奮状態での食事は厳禁です
食後には十分な休憩をとって、胃腸がスムーズに働くように工夫します

こうして読んでくると自分は心身症で十二指腸潰瘍なのだということがよく分かりました

それにしても「潰瘍性格」というネーミングは悲しいです
たとえば同じ音で「海洋性格」なら、おおらかで好ましそうな性格がイメージできます
「潰瘍性格」は画数多すぎで、いかにも面倒くさそうな性格の感じがします
わたしの性格をぴったりと言い当てられている気がします

性格が分かって良かったですよ
このうえは性格をばっちり意識して目的達成のために行動していきます!

2018年12月17日月曜日

利根川の鮭の遡上


利根大堰 from wiki

今日は七十二候の「鱖魚群(鮭の魚群がる)」です

川越から北に40㎞ほど行ったところに利根川が流れています
利根川は関東平野を流れる最も大きな川です

この川の中流に利根大堰という取水堰があります
そこまで川越からロードバイクで片道2時間ほどです
毎秋のようにそこへ日帰りでバイクツーリングします
遡上する鮭を見るためです

堰の魚道の側面にガラス窓が設けられています
運が良ければ四苦八苦して流れを遡っていく鮭の姿をそこから見ることができます
今年遡上数が最も多かった日は11月7日で315匹でした
10月からの累計の遡上数は4068匹(12月13日現在)です

12月になるとめっきり遡上する鮭の数が減ります
そして毎年七十二候の「鱖魚群」の頃には、ここでの鮭の群がりは終わります

2018年11月4日日曜日

『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』 坂口恭平


先月「ピダハン」という現代文明に依存しないアマゾンの人々についての本を読みました
かれらが物をほとんど所有することなく幸せな暮らしを営んでいる様子が書かれてました
日本から見れば地球の裏側の人里離れた森林の中でのピダハンの生活に共感しました

「ピダハン」の著者ダニエル・エヴェレットはつぎのように書いています

「ピダハンにとって、そしてそれはわたしたち全員にとっても同じだが、知識とは、経験が文化と個々人の精神を鏡にして解釈されるものだ」

このことを自分自身の経験にひきつけて考え、わたしは深く納得しました

今回読んだこの比較的長いタイトルの本に書いてあることは興味深いことでした
第一に東京という大都会にも「ピダハン」のようにして暮らしている人々がいることです

ピダハンはアマゾンの森の中で幸せに生きていくための知恵を身につけています
かれらは生きていくうえで必要のない物や考えにはほとんど関心がありません

坂口はこの本の中でつぎのように言っています

「自分の身体を使って体験を重ねると、必要な技術はいくらでも進歩するのが、人間というものだ」

これは坂口が東京で都市型狩猟採集生活をしている人々から学んだことです
これが「ピダハン」の人々やわたしたちにもぴったりあてはまっているのです
つまりこれは誰にとっても普遍的なことなのです。

「その生活は、資本主義とは異なる、別の経済観念によって成立している。つまり、自分にはどれぐらいのエネルギーが必要なのかを把握し、その分だけを自らの手で手に入れるという考え方である。そこには過剰も不足もない」

これもまさにピダハンの人々のことを言ったこととして理解できます。
最後にダメ押し的に坂口が言っていることを見てみましょう

「あらゆる経済、企業がじつは幻のようなものであり、そこには安定などないことが、少しずつ明らかになってきた。そんな時代だからこそ、人間にとって本当に必要なものは何か、どんな知識を持つべきか、どんな道具を獲得すべきかを真剣に考えていくことが重要である」

この考え方は今を生きる誰にとっても大切なことだと思います。
 


2018年10月9日火曜日

『ピダハン』 ダニエル・エヴェレット


ピダハンの文化にやっぱりそうなのかと共感を覚えました
この6月にフランスを自転車旅行した際にオヤッと思ったことが何回かありました
自転車道の標識がうまく目に入らなかったことが何度もありました
一緒に旅したフランス人にはそれが苦も無く見つけられたのです
それがなぜなのか分かりませんでした
この本を読んでこれがその理由なのかと思いました

「わたしたちは、自分たちの文化のタペストリーを織りなす、さまざまな仮定を前提としてしゃべっている。たとえば友人がわたしに、交差点で左に曲がれ、と言ったとする。友人は、『白い線のところで止まって信号が青になるまで待つこと』とわざわざ付け加えることはない。わたしが自分たちの文化の一員であることを承知しているからだ。同様に、ピダハンの父親が息子に、川で魚を射るように指示する場合、何時間もカヌーに座ってじっとしていろとか、光の屈折があるから上から見て魚の少し下あたりを狙うんだぞ、などと事細かに注意を与えたりはしない。じっと待つことも、屈折を修正することも、文化的に伝わる知恵で、ピダハンたちに代々暗黙のうちに伝わっているものだから、あえて口に出すまでもないのだ。
 ピダハンにとって、そしてそれはわたしたち全員にとっても同じだが、知識とは、経験が文化と個々人の精神を鏡にして解釈されるものだ。」

わたしが旅に出るのは自分の目で世の中を見たいからです
目にしたことを考え、必要であればそのことを書いたり話したりして人に伝えたいのです
この点でもピダハンの文化に類似点を見つけてすこし驚きました。
ピダハンは自分が実際に目にしたものしか信じないのです

「何がわたしの使命を難しくしているのか、わたしにも少しずつ明らかになりかけていた。キリスト教の信仰についてはおおむね正しく伝えられていた。私の話に耳を傾けた者たちは、ヒソー(イエス)という名の男がいて、彼はほかの者たちに、自分が言ったとおりにふるまわせたがっていると理解していた。
 次にピダハンが訊いてくるのは、『おい、ダン。イエスはどんな容貌だ?おれたちのように肌が黒いのか、おまえたちのように白いのか」
 わたしは答える。『いや実際に見たことはないんだ。ずっと昔に生きていた人なんだ。でも彼の言葉はもっている』
 『なあダン、そんな男を見たことも聞いたこともないのなら、どうしてそいつの言葉をもっているんだ?』
 次にみんなは、もしその男を実際に見たことがないのなら、その男についてわたしが語るどんな話にも興味はない、と宣言する」

現代人の多くは不安にとらわれて日々を暮らしています
昔よりも格段に物質的に恵まれた生活をしているにもかかわらずです

「西洋人であるわれわれが抱えているようなさまざまな不安こそ、じつは文化を原始的にしているとはいえないだろうか。そういう不安のない文化こそ、洗練の極みにあるとは言えないだろうか。こちらの見方が正しいとすれば、ピダハンこそ洗練された人々だ。どうか考えてみてほしい。畏れ、気をもみながら宇宙を見上げ、自分たちは宇宙のすべてを理解できると信じることと、人生をあるがままに楽しみ、神や真実を探求する虚しさを理解していることと、どちらが理知をきわめているかを。
 ピダハンは、自分たちの生存にとって有用なものを選び取り、文化を築いてきた。自分たちが知らないことは心配しないし、心配できるとも考えず、あるいは未知のことをすべて知り得るとも思わない。その延長で、彼らは他者の知識や回答を欲しがらない」



2018年9月29日土曜日

『現代社会はどこに向かうのか』 見田宗介


大上段に構えた書名に一瞬引いてしまいます
岩波新書でこの著者であればこのようなテーマとなるのでしょう
持った感じはとても軽いのですが(全体で162ページ)内容は重たいです

高度成長期を担った世代と脱高度成長期に人間形成した世代の精神をデータで比較してます
すると新しい世代の精神につぎのような特徴が浮かび上がるといいます
・近代家父長制家族の解体
・結社闘争性の鎮静、保守化
・魔術的なるものの再生

近代から現代にかけては合理化をめざす、戦いを原理とする社会でした
それから脱した現代では合理化圧力は解除あるいは減圧されています
これにより自由と平等を実現する道が開かれています

魔術的なるものの再生とはメタ合理性のことです
合理性の限界を知る合理性こそ真の合理性です
あえて合理性を破砕して、反射や衝動や情念の効用に身をゆだねる
午後の時間の停止する陽射しを浴びる空間のように、あえて静かな恍惚に身をゆだねる

生活スタイル、ファッション、消費行動の変化のキーワード
・シンプル化
・ナチュラル化
・素朴化
・ボーダレス化
・シェア化
・脱商品化
・脱市場経済化

経済的には縮小しましたが、経済に依存しない幸福の領域は拡大しています

経済成長の完了(終了)したのちの社会
一般的な予測 ⇒ 停滞した不幸な社会
新世代の実態 ⇒ 幸福イメージの倒錯*から解放されて多様な原的な幸福に対する感受能力を獲得し増強しています
*幸福は経済的な富の増大とともに高まるというイメージ

現代社会では二つのベクトル(力の方向線)が拮抗しています
・高原効果:人間の幸福を着実に底上げしていく力
・テロリズム効果:積み残した未解決の社会的な諸矛盾*が引き起こす不安
*帝国主義、植民地支配、ネオ・コロニアリズム、中東分割、移民による経済成長、差別と格差、憎悪の連鎖等

高原
生産主義的、未来主義的な生の合理化=現在の空疎化という圧力から解除されることによって、あの<幸福の原層>と呼ぶべきものが、この世界に存在していることの<単純な至福>を感受する力が、素直に解き放たれることをとおして、無数の小さな幸福たちや大きな幸福たちが一斉に開花して地表の果てまでおおったところ

持続可能な幸福の世界
他者や自然との<交歓>という単純な祝福を感受する能力の獲得をとおして、<現在>の生が、意味に飢えた目を未来にさしむける必要もなく充実してあることによって初めて可能である、どのような資源の浪費も環境の汚染も必要としない世界

サルトル「存在と無」
「所有」というコンセプトを、偏狭なホモ・エコノミクス的「所有」の観念から解き放っている

ダニエル・エヴェレット「ピダハン」
ピダハンがこの地上において富める者たちであるのは、彼らが<交歓>の対象としての他者たちと自然たちという、涸渇することのないしかたで、全世界を所有しているからである

「現代」に固有の二重のリアリティの喪失
加速に加速を重ねてきた走行の果てに、突然目的地に到達して急停車する高速バスの乗客のように、現代人は宙を舞う

経済競争の脅迫から解放された人間の幸福=永続する幸福
・アートと文学と学術の限りなく自由な展開
・歌とデザインとスポーツと冒険とゲーム
・知らない世界やよく知っている世界への旅
・友情
・恋愛と再生産の日々新鮮な感動
・子供たちとの交歓
・動物や植物たちとの交感
・太陽や風や海との交感

転回の基軸となるもの
・幸福感受性の奪還・再生
・感性と欲望の開放
・存在するものの輝きと存在することの祝福に対する感動能力の開放

自由と魅力性による勝利

2018年9月16日日曜日

『お金2.0』 佐藤航陽


私と私を取り巻く日本人男性の退職前後の人生になぞらえてこの本を解釈してみました

退職前
資本主義の原理原則である経済性、効率性、費用対効果、有用性を第一として生きています
これは戦後の復興期から高度経済成長期にかけて生まれた価値観です
非営利組織や個人で働いていたとしても原則は資本主義的であることに変わりありません

この世代は貧しさから抜け出して物質的に裕福になることが人生の目的でした
お金が欲しい、美味しいものが食べたい、家を建てたい、などです

いまの日本では人口減少、経済成長の鈍化により資本主義は行き詰まっています
カネ余りで預金利子はマイナス、モノは売れず景気は低迷しています

そのことを肌身で感じ退職後はこれまでと違う生き方が必要と考えています
ではどのように生きたらいいのか
それが分からないので退職は一日延ばしになります

資本主義が機能不全を起こしている時代にその価値観を引きずって生きるのは危険です
退職後の人生まで資本主義と同じように行き詰まり低迷する運命になるからです
いさぎよく退職し自分の中にある資本主義原則をまず強制終了させなければいけません

退職後
退職したら自分自身の発想から資本主義の要素を可能な限り払拭することに努めます
そして資本主義の枠組みでは無視されてきた価値に意識的に注目するようにします
このように価値を中心とした世界を価値主義といい資本主義の欠点を補完する働きをします

価値は物質的価値、内面的価値、社会的価値の3つに分類できます

物質的価値つまりモノやカネは人の欲望を満たす実世界の中心をなしています
これをどこまでも追及するのが資本主義です
しかし人はもう十分豊かになり物質的価値への憧れはしぼみました

内面的な価値とは精神的で目に見えず、かつポジティブな感情をいいます
愛、共感、信頼、感謝、好意など人間の精神にとって高い効用がある価値です
物質的に豊かになることに無心だった世代は内面的な価値を認識しにくい傾向があります
このため内面的な価値を高めることにあまり関心を持っていません

社会的な価値は個人ではなく社会全体の持続性を高めるような普遍的活動です

いま多くの人が内面的な価値の重要性を感じており経済を動かす原動力になっています

このような時代に自分の内面的な価値を高めるにはどうしたらよいでしょうか?

自分自身と向き合い自分の情熱を発見し自らの価値を大事に育てていくことです!

自分と向き合うということは自分が何をすることが本当に好きなのか探すことです
自分自身が一日中やっていても何日続けても飽きないことを見つけることです
価値主義の世界では好きなことに熱中している人ほどうまくいきやすいからです

自分が熱中できることが見つかるまでの速さは人により差があります
すぐに見つかる人となかなか見つからない人がいます

自分の情熱のありかがなかなか見つからないのは心がサビている人です
心がサビたのは長い資本主義の人生ですっかり情熱のありかを見失ってしまったからです
自分が興味を持ち熱中していたことがいったい何だったかを忘れてしまった人です

このような人はまず心のサビを削り落とさなければなりません
できるのであれば一人旅をすることです
一人でぼんやり過ごす時間には自然に自分自身との対話がはじまります
自分の過去・現在・未来にかかわることが勝手に頭の中に浮かんできます
旅の中で出会う人々との会話やめずらしい景観や食べ物などがそれを一層かきたてます

こうすることで心のサビがはがれていき忘れていた情熱が顔をのぞかせはじめます
それを糸口に細い道を辿っていけば自分の情熱の原泉に至ることができます
その泉こそ自分の価値が湧き出るところです

自分の情熱のありかは分かりました
つぎはこの情熱を大事に育てていきます

大事にとは共感と熱中ができ信頼がおけ好意と感謝の気持ちが持てるようにすることです
育てるとは自分なりの価値の枠組みを作ることです
それには事業戦略、CSR、ブランディングが必須です

このようにして自分の価値を高めておきます
自分の価値を高めておくとなぜいいのでしょうか?
自分の価値を高めておけば何とかなる世界が実現しつつあるからです

2018年8月23日木曜日

『選んだ孤独はよい孤独』 山内マリコ


最近孤独について書かれた本をよく目にします
孤独本とでもいうのでしょうか
きっと孤独本がたくさん発行され売れてもいるのでよく目にするのだと思います

孤独本は以前からありました

「孤独の世界」 島崎敏樹 1970年
「孤独な噴水」 吉村昭一 1978年
「孤独の心理学」 大原健士郎 1995年 

これらの本では大方孤独は生きていくうえでの困難として扱われています
そして孤独からの脱却が主題となっていました
孤独を前向きにとらえている本はわずかでした

最近の孤独本には逆の傾向があります
孤独を脱却しなければいけない状況としては捉えていません
むしろ孤独は価値があるものとして扱われています
まず題名にそれを感じます

「極上の孤独」 下重暁子 2018年
「孤独のすすめ」 五木寛之 2017年
「思えば、孤独は美しい」 糸井重里 2017年

孤独本の書き手はこれら大御所だけではありません
少年少女向けの孤独本を書いている人もたくさんいます
性別年代を問わず孤独だと感じている人が今とても多いからでしょう

「選んだ孤独はよい孤独」というこの本の題名にも今どきの孤独本らしいひびきを感じました
なぜ選んだ孤独はよくてそうでない孤独はよくないのか?
それがこの本にはどう書いてあるのかなと思い読んでみました

著者が主に取り上げているのは日本の男性です
仕事に縛られて生きていく定めの人々です

彼らは少なくとも組織人として定年までは働き続けなくてはいけません
そして働いているあいだは組織から逃れて孤独でいるわけにはいきません
そのプレッシャー、憂鬱、ストレスは人や組織によって差こそあれたいへんなものです

ようやく定年を迎えると組織を離れることが可能になります
それでも多くの人々が再雇用や転職などの形で組織にとどまることを望みます

もちろん経済的な事情などでどうしても組織で働き続けなければならない人もいます
しかし不可避的な状況ではないのに組織に属して働き続けることを選ぶ人がたくさんいます
なぜでしょうか?

長年組織人として働き身につけてきた習慣は一朝一夕に振り払うことができません
なので慣れ親しんだ組織の世界に少しでも長く留ることを望むのです
もし組織から離れたら孤独の中で生きていかなければなりません

孤独に生きることがどういうことを意味するのかは誰でもおよそ想像がつきます
組織人としての習慣から離れて孤独に生きる習慣を新しく身につけなければいけません
多くの人はそれが自分にできるのか確信が持てず不安を感じます
それで孤独になるのをなるべく回避しようとするのです

組織に居続けるのは必ずしも組織が好きだからではありません
できることなら早く組織から抜け出したいとは思います
それでも孤独になったときの自分の姿をうまく想像できません
それで孤独になる日を一日延ばしにします

組織にいると気持ちがモヤモヤしますが収入は得られるし時々遊ぶこともできます
これといって大きな不満はないという人も結構います
そういう人でもいつかは組織を離れなければならない日がかならずやって来ます
誰でも否応なく孤独になります

いやいやながら孤独になった人はどのように生きていくのでしょうか?
孤独をいきいきと生きるには組織の中で生きてきたのとはまた違う活力が必要です
組織で長く生き過ぎた人は孤独に生きるためのだいじな力がすでに乏しくなっています
なので不本意に孤独になった人のその後の人生はすっきりしたものにはなりにくいでしょう

定年とともにあるいは定年より前に潔く孤独を選んだ人にも苦難は待っています
これまで経験したことのないいろいろな課題を克服していかなけばなりません
組織の枠を出て自分ひとりで社会と日々の暮らしに向き合うための当然の困難です

組織の中にいれば収入や交遊関係だけでなく生きがいさえ手にすることができました
孤独の生活ではそれが一転します
まず生きがいだけでなく暮らしのすべてについて自分なりの考えが必要です
そしてその考えに基づいた行動が求められます
それらには組織に属していた頃には思いも及ばなかった多くのことが含まれます
それをひとつづつ自力で片付けていかなくてはなりません

このような困難があるにもかかわらずなぜ選んだ孤独はよいのでしょうか?
それはおそらく人はこのようにして生きていることをより実感できるようになるからです
お仕着せの人生から抜け出して自分の身の丈あった暮らしができるようになるのです
これまで既製服ばかり着ていたのが身体に合った仕立服に着替えたような心地のよさです

孤独にはわるい孤独とよい孤独がある
わるい孤独とは組織の中に居続けた結果としての孤独である
よい孤独とは組織から出ることを自ら選んだうえでの孤独である

こんなことを著者は言おうとしたのかなあと思いました