自分はこうしたい、こうなりたい、こうでいたいというのが夢でしょう
私はそのような夢を若いときからたくさん心に描いてきました
そのいくつかは実現したし実現しなかった夢もたくさんありました
たとえば、
高校生の時に北アルプスの峰々の残雪を踏み高山植物を眺めながら縦走したこと
大学入試に失敗して一年間浪人生活をし希望の大学に入学できたこと
7,000m級の山からスキー滑降しようと周到に準備してのぞみ成功したこと
30代になってから英語の勉強をやりなおしアメリカの大学院に留学して修士号を取ったこと
etc.
人生という永いスパンの上にこれらの夢の一つ一つを置いてみればそれは小さなものでした
その夢が達成されてしまうとそのあとに決まってしばらく虚脱した日々が続きました
そしてまた何かのきっかけで新しい夢を追い求める
私は永いあいだそんなことを繰り返してきたように思います
このような夢とその現実は自分の人生にとっていったいなんだったのでしょうか?
けして無駄ではなかったとは思いますがそれで充足された人生が訪れたとは感じられない
いつも物足りなさやあきらめまでがつきまとう経験だったのです
きっと夢というものの設え方がおかしかったのでしょう
その時々の何かに触発されて湧きあがってきたものを夢としていたのですから
そのような夢はたとえ実現しても満足感は一瞬にして消え去ってしまう
ーー
自分のこれからを考えて60歳を前に永年勤めた職場を離れることを決めました
自分がほんとうにやりたいことは何なのだろう?
私はどんな自分になりたいのだろう?
自分に向いていて楽しい面白いと思いながらお金の心配をせずにやり続けられること
そしてできれば自分のやったことが人に喜んでもらえるようなこと
そんな都合のいいことがちょっと考えただけで思い浮かぶはずはありません
それでとりあえず藁細工と竹細工と茅葺きの三つを基本から学び直すことにしました
ともかくなにかを始めようと自分が好きなことを突き詰めることにしたのです
それは現在地からの延長に過ぎず夢のない地味なものでした
ーー
藁細工はいくつかのサークルを転々としたあと良い機会を得ました
東京農工大学博物館友の会のわら工芸サークルに入ることができたのです
そこでコロナ禍をはさんで6年間にわたり藁細工を勉強しました
その間に多くの同好の方と知合うことができました
竹細工は藁細工よりも習得の機会が限られていました
群馬県のホームセンターでカルチャー講座があることを知りそこへ通うことにしました
そこで指導していたのが青竹細工道場の八柳良介さん(故人)でした
それから5年間八柳さんのところへ通い様々な作品の作り方を習いました
茅葺きは世田谷区の次大夫堀民家園に茅葺研究会というのがあるのを知りました
そこで開催されるイベントに何度も行って研究会の方と親しくなり入会しました
群馬県の川場村にある茅場での茅刈りを始めとしてあちこちで茅葺きについて学びました
民家園のなかに小さな茅葺き小屋を建てて実際に屋根を葺くこともできました
これらの経験をとおして三つの手仕事をより楽しくできるようになりました
必要な材料はほぼ無料で手に入れられるようになったので安心でした
作りたいものをいくらでも作れるからです
ーー
こうなってみるとつぎに三つの手仕事の楽しみを他の方にも伝えたくなりました
また自分が作ったものを販売してみたいとも思うようにもなりました
ところがこれらは簡単にはいきませんでした
自治体が主催する市民講座の一つとして藁細工講座を企画してみました
いろいろと細かい決まりがあって申請するのに手間がかかりました
それをクリヤしてようやく参加者の募集までこぎつけましたが応募者は0でした
この町には私が楽しんでいることに興味を持つ人がいないのかなと思いました
始めの頃は自分で作った作品は兄弟や友人にあげていました
それはもったいないと八柳さんに言われたので近くのフリーマーケットで販売してみました
参加費を払い作品を並べてみましたがただの一つも売れませんでした
格安なものを探し求めて来た人には商品の値段が問題外だったようです
いまから4年前の春に地元のまつりで舟遊びの船頭をしていた時でした
その年に新しく船頭仲間になったひとりの若い人と知り合いました
その人が私の手仕事に興味を持ちワークショップを一緒にやりませんかと誘ってくれました
その人はいま川越市で活躍しているザ・サンの安田太陽さんでした
おっかなびっくりで始めたワークショップでしたが彼のサポートで順調に船出しました
参加された方が自分で作ったものに頬ずりして喜ぶのを見てかえってこちらが感動しました
ワークショップの楽しさが広まり地元以外の方からも実施の依頼を受けるようになりました
年末には藁細工の正月飾りにとくに人気があります
ワークショップに参加するだけでなく購入したいという方も多くいます
太陽さんから雑司ヶ谷鬼子母神で行われる手作り市への参加を勧められ行ってみました
そこで多くの方に作品を買っていただきました
こうして自分にはなにがしか手仕事を広めることができるのだと分かったのです
ーー
これから私がやりたいのは文化の壁を越えて手仕事の喜びを共有する機会を作ることです
先日私のインスタグラムを見てイスラエルの女性が私の工房に来ました
彼女は二か月ほど日本各地で藍染、和紙などの伝統工芸を体験しにきたのです
私たちは縄綯いや縄飾りをしながら手仕事にまつわるいろいろな話をしました
彼女は日本だけでなく北アフリカやベトナムへも行ってその土地の手仕事を学んでいます
世界のどこへいっても手仕事がありその喜びや癒しがあることをはっきりと知りました
彼女は帰国後に私の工房で見知ったことをインスタグラムに投稿しました
すると私のインスタグラムにまで大きな反響がありました
世界の各地に日本の手仕事に興味を持つ人がいます
そのような方たちにもその楽しさ面白さを味わっていただけたらいいなと思います
そして私自身も各地の手仕事を見て知って作る機会を持ちたいです
これから私はそのために何をしたらいいかを考えて実行していくことになるでしょう
この本を読んでそんなことを考えました