就職してしばらくのあいだ塗炭の苦しみを味わいました
その頃に内山さんの『山里の釣りから』を読みました
渓流釣りと山の暮らしのことが書いてある本です
あの頃何を考えてその本を読んだのかちょっと定かでありません
いまもう一度読めばきっといろいろ思い出すことでしょう
いろいろ共感したことは間違いないのですから
これはその内山さんの近著です
たくさんの本が紹介されています
その中でこころにのこった断片を記しておきます
『シュルレアリスム宣言」 アンドレ・ブルトン
実際私たちの社会は、その時代特有の観念=意味づけをあらゆるものに与えることによって成り立っている。戦後のある時期までは、日本の社会は、農山村に「遅れた社会」という意味づけを与えていた。そうすることによって都市優位の時代を、農山村から都市へと若者が移動する時代をつくりだしたのである。
だが今日の農山村への意味づけは違う。それは自然環境のよいところであり、地域のコミュニティがしっかりしている場所、さまざまな知恵や技をもつ人たちが暮らしているところ、である。そしてこのような観念=意味づけが生まれることによって、都市から農村へと移動する新しい人の波が生まれた。
ブルトンは、このような観念=意味づけによってみえてくる「現実」を「理性」の働きとして排除している。それでは本当の本質はみえないのだと。
確かにそうかもしれないと私も思う。だが知性に頼るかぎり、人間には意味づけされた現実しか認識できないのである。それを拒否するなら、農民や職人が体で覚え、身体で判断するときがあるように、身体をとおしてとらえていくとか、生命の力そのものでつかみとっていくというような、別の回路が必要になっていくだろう。
『自殺について』 ショウペンハウエル
晩年のショウペンハウエルが闘ったのは「時間」という観念であり、この観念から生みだされた「時間」の客観的実在性に対してであった。彼は次のように言う。常識的な人々は時間は客観的な存在であり、自分とは関係なく存在していると考える。たとえば自分が死んでも、時間はその歩みを止めることはない、というように。だがこの考え方は根本的に間違っている。時間は自分の内部にあるのであって、その時間は無限である、と。
近代という新しい社会の成立は、多くの知識人たちを苦悩に陥らせた。それは一面では人間たちが欲望の赴くままに生きる社会であり、むごたらしい社会であった。そしていまそのむごたらしさの果てに、私たちは原発の事故や壊れていく時代をみなければならなくなった。
『自由からの逃走』 エーリッヒ・フロム
…近代に入ると、共同体や「ギルド」は壊されていく。とともに都市社会が肥大化し、都市への人口の流入がはじまる。こうして近代市民社会が形成されていくのだけれど、その近代的市民はつねに不安定な個人として暮らすことになった。都市には農村共同体やかつての「ギルド」にあたるものは形成されておらず、経済活動とそこから得る収入だけを頼りに生きる「根無し草の大衆」が広範に生まれたのである。フロムはこの人たちを「根無し草の大衆」とも「浮き草の大衆」とも呼んでいる。個人の力だけで生きる、頼るべき世界をもたない人々である。
『遠近の回想』 レヴィ=ストロース/ディディエ・エリボン
私たちは「世界」という言葉をきくと、地図上の世界を思い浮かべる。それはアジアやヨーロッパ、アフリカやアメリカがある世界だ。そしてこの地図上の世界のなかに政治や経済などの構造が埋め込まれている。それは客観的に考察したり説明したりすることができる世界である。
ところが(上野村の)村人が諒解してきたのはそういう「世界」ではない。それは自分たちの生きてきた世界である。自然があり、村人のコミュニティがあり、村の歴史や文化があって人々の営みがある世界、それが村人たちが生きてきた「世界」である。もちろん村人も地図上の世界があることを知っている。混乱するEUや矛盾をはらみながら経済成長する中国のことも知っている。だがそれは知識としての世界である。理解してきた世界だといってもよい。それに対して村人がつかんできた自分たちの生きる世界は、知性ではなく身体性や生命性もふくめてつかみとってきた世界であり、諒解してきた世界、納得してきた世界なのである。この自分たちが生きてきた世界と地図上に展開する客観的に考察される世界との間に発生するズレ、それが村人を戸惑わせ、客観的に考察された世界をピンとこない世界におしやるのである。
たとえば日本について考察してみよう。私たちは日本についてさまざまなパーツから考察することはできる。日本の経済システムはどうなっているか。政治システムは、社会システムは、日本の文化は‥…。それらはさまざまな知識を私たちにもたらす。しかしそのことによって、自分の生きている世界が諒解できるわけではない。自分の外側にある客観的世界が理解できるだけであって、自分の生の諒解とともに展開する世界ではないのである。だからこの客観的世界には、自分の居場所がない。
レヴィ=ストロースも述べているように、近代の思考は、人々の生とともにある世界を認識された世界の彼方に追いやった。その結果、人々が求めているのは生の諒解であり、生の充足であるにもかかわらず、それがみいだせないままに経済や政治、社会システムに振り回される時代をつくりだしてしまった。その結果戦後の経済成長の恩恵をいちばん受けているはずの定年退職者たちが、生の孤独感や所在なさに悩まされ、それなりに経済成長をとげた農村でも、何かが空洞化してきたという感覚が広まってしまった。
「我々は自分の存在が無であること、あるいはたいしたものではないことを知っているのに、この我々の知が本当の知であるかどうかは、もはや知ることができない」
『経済表』 フランソワ・ケネー
…もともとは人間たちがよりよく暮らすための道具であったはずの経済が神のように振る舞い、経済的利益を求める活動が、今では社会の破壊要因にまでなっている。ここでも人工的につくりだしたものが社会を破壊する要素になってしまったのである。このように考えていくと、私たちの社会の中には、人工的につくりだしたものの暴走がさまざまなところではじまっていることがわかる。
…「生産的労働」とは何か。ケネーはそれは農業だと考えていた。彼の経済学に従えば、農業のみが社会的富を増大させるのである。なぜ農業のみがそれを可能にするのか。その理由は農業は人間労働のみでは成り立っていないことにあった。農業は自然と労働の共同行為によって成り立つ。ここには自然の生産分があるのである。この自然の生産分が社会的富を増大していく。
『西欧中世の自然経済と貨幣経済』 マルク・ブロック
マルク・ブロックは国家がつくる貨幣制度だけをみていたのでは、民衆経済の実態を明らかにできないことを提起していたのである。人々はさまざまな方法を駆使して交換経済を実現させていた。その基礎には、自給自足的な、物々交換的な経済も根付いていた。「自然経済から貨幣経済へ」というそれまで信じられてきた経済発展の法則は成立せず、このふたつの経済は複合的に展開していたのであって、両者を分けること自体が不可能であるというのが彼の研究だった。
これからの私たちの課題の一つは、貨幣の役割を少しずつ低下させていけるような社会のあり方をみつけだすことであろう。私はそれをローカル世界の形成としてとらえているのだが、貨幣が国家の権威とともに展開する商品である以上、それは国家の権威を低下させる社会のかたちをみつけだすことでもある。いわば人間たちの結び合いとともに展開する自律的社会の役割を拡大していくこと、そこにこそ今日の経済とは違う経済社会の可能性が存在している。
『コミュニティ』 R・M・マッキーヴァー
かれにとってコミュニティとは、人間たちがつくろうとしてもつくれるものではなく、生まれてくるものであった。ここに自分たちの共有された世界があるという感覚が芽生えたときに生まれてくるのがコミュニティであり、それに対して人間たちがつくりだすことができるのがアソシエーションであった。アソシエーションはある目的を実現するために人間たちがつくりだす結合組織であると位置づけられている。つまり今日私たちが「コミュニティをつくろう」などといっているものは、マッキーヴァーにとってはアソシエーションなのである。
『農業の基本的価値』 大内 力
経済はもともとは自然と人間が生きる世界の道具の一つであった。ところが近代に入って道具であるはずの経済が肥大化し、ついには社会の主人公のような地位を確立してしまった。だがそうなればなるほど、経済によって失われ、破壊されたものが明らかになってきた。
農業もその一つである。今日の市場経済についていこうとすると、否応なく農業も単なる産業になってしまう。利益の最大化を目指してひたすら効率を追求するようになってしまうのである。そしてこの動きに追従できない農民たちは、農の世界からの退場を迫られてしまう。そして産業としての農業ではなく、人間たちの仕事の営みとともにあった農業がつくりだしてきた地域社会や地域の文化、農村の環境といったいろいろなものが壊されていってしまう。
『歎異抄』 唯円
…仏教は真理を説明するのではなく、真理を知るための方法を提示する。この方法が「行」であり、浄土系では一身に念仏を唱えることが行であり、禅宗では座禅を組むことが、真言宗では阿字観が、修験道では山での荒行が行である。ただし行を積んで悟りの世界に向かうわけではない。行をしているとき自体が悟りの世界、菩薩の世界、仏の世界なのである。
現代社会は、すべてのことを合理的に説明しようとしてきた。ところが人間たちの精神や行動は、必ずしも合理的にはつくられていない。なぜなら合理的なものには、それを正しいとする共有された指標が必要で、人間はそれを共有するとはかぎらないからである。たとえばある程度の収入がなければ人間は幸せにはなれないと考えるのは、収入を共通の指標とする合理的な考え方であるが、実際にはその収入以下でも幸せに暮らしている人はいるし、逆に収入が多くても不幸な人はいる。幸せに共通の指標はなく、ゆえに合理的に説明できるものではない。