腹から開き5%の塩水に1時間漬け風通しのいい日陰で半日干し腹7分背3分で焼く
2025年5月18日日曜日
2025年5月14日水曜日
夢の叶え方を知っていますか? 森 博嗣
自分はこうしたい、こうなりたい、こうでいたいというのが夢でしょう
私はそのような夢を若いときからたくさん心に描いてきました
そのいくつかは実現したし実現しなかった夢もたくさんありました
たとえば、
高校生の時に北アルプスの峰々の残雪を踏み高山植物を眺めながら縦走したこと
大学入試に失敗して一年間浪人生活をし希望の大学に入学できたこと
7,000m級の山からスキー滑降しようと周到に準備してのぞみ成功したこと
30代になってから英語の勉強をやりなおしアメリカの大学院に留学して修士号を取ったこと
etc.
人生という永いスパンの上にこれらの夢の一つ一つを置いてみればそれは小さなものです
その夢が達成されてしまうとそのあとに決まってしばらく虚脱した日々が続きました
そしてまた何かのきっかけで新しい夢を追い求める
私は永いあいだそんなことを繰り返してきたように思います
このような夢とその現実は自分の人生にとっていったいなんだったのでしょうか?
けして無駄ではなかったとは思いますがそれで充足された人生が訪れたとは感じられない
いつも物足りなさやあきらめまでがつきまとう経験だったのです
きっと夢というものの設え方がおかしかったのでしょう
その時々の何かに触発されて湧きあがってきたものを夢としていたのですから
そのような夢はたとえ実現しても満足感は一瞬にして消え去ってしまう
ーー
自分のこれからを考えて60歳を前に永年勤めた職場を離れることを決めました
自分がほんとうにやりたいことは何なのだろう?
どんな自分になりたいのだろう?
自分に向いていて楽しい面白いと思いながらお金の心配をせずにやり続けられること
そしてその結果人に喜んでもらえるようなこと
そんな都合のいいことがちょっと考えただけで思い浮かぶはずはありません
それでとりあえず藁細工と竹細工と茅葺きの三つを基本から学び直すことにしました
ともかくなにかを始めようと自分が好きなことを突き詰めることにしたのです
それは現在地からの延長に過ぎずそれこそ夢のない地味なものでした
ーー
藁細工はいくつかのサークルを転々としたあと良い機会を得ました
東京農工大学博物館友の会のわら工芸サークルに入ることができたのです
そこでコロナ禍をはさんで6年間にわたり藁細工を勉強しました
その間に多くの同好の方と知合うことができました
竹細工は藁細工よりも習得の機会が限られていました
群馬県のホームセンターでカルチャー講座があることを知りそこへ通うことにしました
そこで指導していたのが青竹細工道場の八柳良介さん(故人)でした
それから5年間八柳さんのところへ通い様々な作品の作り方を習いました
茅葺きは世田谷区の次大夫堀民家園に茅葺研究会というのがあるのを知りました
そこで開催されるイベントに何度も行って研究会の方と親しくなり入会しました
群馬県の川場村にある茅場での茅刈りを始めとしてあちこちで茅葺きについて学びました
民家園のなかに小さな茅葺き小屋を建てて実際に屋根を葺くこともできました
これらの経験をとおして三つの手仕事をより楽しくできるようになりました
必要な材料はふんだんに手に入れられるようになったので安心でした
これで作りたいものをいくらでも作れます
ーー
こうなってみるとつぎに三つの手仕事の楽しみを他の方にも伝えたくなりました
また自分が作ったものを販売してみたいとも思うようにもなりました
ところがこれらは簡単にはいきませんでした
自治体が主催する市民講座の一つとして藁細工講座を企画してみました
いろいろと細かい決まりがあって申請するのに手間がかかりました
それをクリヤしてようやく参加者の募集までこぎつけましたが応募者は0でした
この町には私が楽しんでいることに興味を持つ人がいないのかなと思いました
始めの頃は自分で作った作品を兄弟や友人にあげていました
それはもったいないと八柳さんに言われたので近くのフリーマーケットで販売してみました
参加費を払い作品を並べてみましたがただの一つも売れませんでした
格安なものを探し求めて来た人には値段が問題外だったようです
いまから4年前の春に地元のまつりで舟遊びの船頭をしていた時でした
その年に新しく船頭仲間になったひとりの若い人と知り合いました
その人が私の手仕事に興味を持ちワークショップを一緒にやりませんかと誘ってくれました
その人はいま川越市で活躍しているザ・サンの安田太陽さんでした
おっかなびっくりで始めたワークショップでしたが彼のサポートで順調に船出しました
参加された方が自分で作ったものに頬ずりして喜ぶのを見てかえってこちらが感動しました
ワークショップの楽しさが広まり地元以外の方からも実施の依頼を受けるようになりました
年末には藁細工の正月飾りにとくに人気があります
ワークショップに参加するだけでなく購入したいという方も多くいます
太陽さんから雑司ヶ谷鬼子母神で行われる手作り市への参加を勧められ行ってみました
そこで多くの方に作品を買っていただきました
こうして自分にもなにがしか手仕事を広めることができるのだと分かりました
ーー
これから私がやりたいのは文化の壁を越えて手仕事の喜びを共有する機会を作ることです
先日私のインスタグラムを見てイスラエルの女性が私の工房に来ました
彼女は二か月ほど日本各地で藍染、和紙などの伝統工芸を体験しにきたのです
私たちは縄綯いや縄飾りをしながら手仕事にまつわるいろいろな話をしました
彼女は日本だけでなく北アフリカやベトナムへも行ってその土地の手仕事を学んでいます
世界のどこへいっても手仕事がありその喜びや癒しがあることをはっきりと知りました
彼女は帰国後に私の工房で見知ったことをインスタグラムに投稿しました
すると私のインスタグラムにまで大きな反響がありました
世界の各地に日本の手仕事に興味を持つ人がいます
そのような方たちにもその楽しさ面白さを味わっていただけたらいいなと思います
そして私自身も各地の手仕事を見て知って作る機会を持ちたいです
これから私はそのために何をしたらいいかを考えて実行していくことになるでしょう
この本を読んでそんなことを考えました
2025年5月12日月曜日
職人ことばの「技と粋」 小関 智弘
私の竹細工の師匠は群馬県の青竹細工道場の八柳良介さん(故人)です
八柳さんの師匠は地元の職人の方だったようです
始めてから1年半の頃に底が筏のような形をしたかごの作り方を習いました
その時に八柳さんがちょっと気になる言葉を使いました
「このヒゴを半殺しにして曲げます」
「半殺し」とはヒゴが完全に折れないで曲っている様子をいいます完全に折ってしまうとヒゴはほとんどの場合切れてしまいます
力が加わると抜けてしまういわゆる死んだ状態になります
曲がったままであればヒゴは切れないで力が加わっても持ちこたえることができます
これが「半殺し」といわれる状態です
物騒ですが竹細工の要点をうまく言い表した言葉だなと私は感心しました
八柳さんはおそらくこの言葉をご自分の師匠から伝え聞いたのではないかと推測します
技術を後進に伝えていくことは大切です
それをうまく伝えることができる職人は優れていると言えます
「ドイツでは、マイスターの資格を得るためには、自分の技術を後進に伝える能力があるかどうかの試験があって、それに合格しなければ、どんなにその職人の技が優れていても、マイスターにはなれません」
つたない手わざであってもこれまで続けてきて良かったなと思うことが何回かありました
たとえば知恵をしぼり時間をかけてようやくひとつ作り上げたとき
たとえばワークショップでお伝えしたことを参加した皆さんが喜んでくれたとき「ものづくりをする人たちの喜びはいつも、そのものを通して、人や社会から反射してくる光によって満たされるものだからです。それが生きる誇りとなるからこその宝です」
藁細工は日本の伝統工芸のなかでも地味なものだと思います
とびきり高価なものは無いし超絶的な技法というのもありません
それなのに青い藁で作った観賞用の高級な藁細工が高値で取引されています
このような傾向は伝統としての藁細工を衰退させるものだと考えます
切子というガラス細工の歴史を見るとそのことがはっきり分かります
「薩摩切子は、藩主が江戸から職人を呼んではじめたものです。藩主お抱えの職人ですから、つくるものが高級品になります。ところが藩が滅びてしまいます。お抱え藩主がいなくなれば、その技術も衰えます。反対に、江戸切子は一度も幕府に抱えられたことがないんです。江戸は、民間だから続いたのですね」
藁細工は有史以前から生活に用いる道具として発達し庶民のあいだで継承されてきました
なのでこれからもそのようにして守り続けていくのがふさわしいのだと思います
2025年4月12日土曜日
2025年2月15日土曜日
読書の価値 森 博嗣
ぼくは読んだ本についてこのブログに書き留めています
森さんは読者が読後感などをブログなどに書くのは意味がないと言っていますそれはただ本を読んだよとお知らせしているのにすぎないからと
すくなくともぼくについてはそれはあたっていません
ぼくはいま三つの分野のブログを書いています
藁細工、竹細工、茅葺きという手仕事についての覚書が「藁竹茅」です
自分が行った山旅や自転車旅についての記録が「人力遊山記」です
そして暮らしのなかでの印象的な出来事のメモが「一入亭日乗」です
これらのブログの主目的は忘れっぽいぼくが後々参照するためです
読んだ本については「一入亭日乗」に書いています
ぼくが本を読むのは読んだことによってすっきりとしたいからです
つまりぼくにとって本とは「読むクスリ」なのです
そのクスリが効いたのかどうかブログに書いているといったらいいでしょう
本に書いてあることが自分の人生経験にてらして納得できれば気分がいいのです
読んでそういう気分になれなければその本(クスリ)は効かなかったということです
それをブログに載せて白日の下にさらす必要があるのかと思う人もいるでしょう
ぼくとしては「このクスリは効くよ(または効かないよ)」とお知らせしたいのです
さてこの本についてです
「一日に一時間の読書の時間があるなら、同じくらいの時間を、本探しにかけても良いだろう」
同じくらいとは言わずとも、四分の一くらいの時間はかけてもいいかもしれない
ほとんど本探しをしていないぼくはもっと充実した読書人生を送れるはずですから
2025年2月12日水曜日
孤独の価値 森 博嗣
「孤独とは楽しさを失う感覚だと述べたのは、結局は、失うというその変化が、寂しいと感じさせる根源となっている、ということであり、逆に言えば、楽しさは、苦しさや寂しさを失った時に感じるもの、ということになる」
このように森さんは言っているけれど、世間的には孤独はマイナスなものと意識されている
その一方で、
「孤独とは今や「自由」の象徴でもある」
それは、
「一人でひっそりと生きて行きたい人も、それができるようになった」
からなのです
それどころか、
「ときどき孤独になった方が健康的だし、思考や行動も軽やかになる」
「楽しさに飢えた状態が「孤独」なのだから、そこから「楽しさ」を求める生産的で上向きな力が湧き上がってくるのも、自然の摂理なのである」
その生産的で上向きな力を何に使うのが人生にとって好ましいのでしょうか?
創作という行為が楽しいものであるとわたしは実感しています
そこで好きなことをするのが「孤独」の活用になります
「自由というのは、自分が思い描いたものを目指すこと、その夢を実現すること」
「この情報過多の現代では、孤独指向の生き方をしないと、自分を保てない人が増えてくるだろう」
2025年2月6日木曜日
年収300万円時代を生き抜く経済学 森永 卓郎
森永卓郎さんが先月28日に亡くなりました
彼がむかし予想していた日本の将来は現実にどうなったのか知りたくなりました
それで2003年に出版されたこの本を読んでみました
わたしの感覚としてはいまは年収300万円時代であると思います
なので彼の言っていたことは正しい
読んで気がついたことがいくつかありました
森永さんは森博嗣さんと同じ1957年に生まれだということです
ちなみに私もそのあたりに生まれました
そして共に著作によって多額の印税収入があったということ
自分が欲しいものを果てしなく買い集めるマニアであることも共通してます
全く違うのが二人のライフスタイルです
森永さんはマスコミに出ることを厭わなかった
亡くなる前日まで電話でラジオ番組に出演したそうです
いっぽうで森さんはほとんどマスコミに登場しません
どこに住んでいるのかもわからない
ライフスタイルは対照的ですがめざすべき老後については似かよっています
ここがこの二人とわたしの意見が一致するところです
それは自由な時間を余裕を持って楽しめる生活です
2025年1月22日水曜日
お金の減らし方 森 博嗣
お金の減らし方で今でもときどき思い出す30年以上前のできごとがあります
新潟の山村にある茅葺き古民家が気に入ってそれを買ってもいいか妻に相談しました
その家の値段は当時の私の1年間の所得額を上回っていました
そのうえ借家住まいで子供が一人いるのに高価な買い物をするのはいかがなものだろうか
自分でもそう思ったのですがどうしても欲しかったので妻の意見を聞いてみたのです
「よく考えてそれでも欲しいのなら買えばいい」というのが妻のこたえでした
私は喜んでその家を買いました
ひとりであるいは家族と修理に何度も通い毎年草刈りや雪掘りをしました
古民家はほとんど木と竹と藁と土でできています
なので家を修理しているうちに竹や藁にしぜんに興味を持つようになりました
その家には藁ぞうりや藁を叩く槌など前の住人が使っていたものが残っていました
こういう民具のようなものがつい最近まで使われていたのだと知りました
近隣の町の荒物屋や古道具屋で竹かごや藁細工を売っていました
私はそれらを買い集めまた自分でも作ってみました
私が定年を迎える前に妻は亡くなりました
三人の息子は定年の前後につぎつぎと独立していきました
私は退職したあと藁細工・竹細工と茅葺きをやる生活に改めました
それから5年ほどして手仕事のワークショップを川越で始めることにしました
ワークショップを続けているうちにあちこちから依頼をいただくようになりました
さらに自宅で手仕事のワークショップとあわせて個人レッスンも始めました
新潟の家には息子たちと入れ替わるようにして若い友人たちが来てくれるようになりました
その人たちの力を借りて茅葺きの修理や草刈りと雪掘りができるようになりました
2025年1月20日月曜日
一行レシピ オオマイの煮付
酒・醤油・味醂・三温糖各大匙2塩少々を沸騰させて魚を置き落し蓋をして中火片側10分ずつ
オオマイはコマイの大ぶりなもので身離れが良くさっぱりしている
塩焼きにしてもいいし沢山ある時は寒風干しにすれば保存がきく酒肴になります
2025年1月18日土曜日
一行レシピ オオマイの寒風干し
オオマイとはコマイ(氷下魚)の大柄ぶりなやつです
コマイの寒風干しなら40年前に釧路の市場で買って友人へのお土産にしたことがありました
それより大きいオオマイというのは知りませんでした
コマイの寒風干しは奇跡的に川越でも手に入りますがとても高価です
そこで安く売られていたオオマイを買って寒風干しにしました
天候にもよりますが3週間ぐらい干すとカチカチになります
干し上がったものは枯れ枝のように固くなります
通の方はここから無理やり身をはがして得意げに食べます
素人の方はオーブントースターで温めてからマヨネーズをつけると食べやすくなりますよ
2025年1月14日火曜日
面白いとは何か?面白く生きるには? 森 博嗣
就職浪人をした大学5年生のときに公務員試験をいくつか受けました
そしてすべて不合格になりました
残る選択肢はわたしの趣味である登山に関連した出版社しかありませんでした
結局その出版社への応募も途中で辞退して母校の大学職員になりました
そしてそこにほとんど40年勤めました
その40年間で仕事が面白いと感じた期間はわずか4年ほどでした
海外の大学との交換留学を担当する部署にいた時だけです
それ以外の期間は仕事が面白いとは感じられませんでした
大学職員になるのは生活をしていくために必要なことだと自分に言い聞かせていました
だから面白くない仕事でもなんとかやるしかないと思っていました
管理職になってからの20年間はつまらない仕事をいやいややっていました
こういうわたしが40年間大学職員をやっていられたのは何故だったのでしょうか?
それは登山やスキーといったアウトドアの趣味があったことがまず第一です
学生の頃から続けていて職員になってからも気晴らしによく出かけていました
30代の後半からは古民家の修理と藁細工や竹細工などの手仕事に興味を持ちました
日常生活を離れて何かを作るということは気分が良くなる活動でした
仕事は面白くないけれど給料をもらうためには仕方がないと割り切っていました
そうは言いながらも60歳に近づくころからいよいよ仕事が苦痛になってきました
子供も大学を卒業する見込みが立ちお金もあまり必要にならなくなっています
それで60歳を目前にして大学職員を辞めることにしました
それからは藁細工と竹細工と古民家の茅葺きを思う存分やることにしました
それぞれサークルや道場や研究会に入って5年ほど一流の人に教えを乞いました
自分が楽しいと感じることに自由に時間を費やすことができるのが幸せでした
そうしているうちに人から手仕事のワークショップをやってみないかと声をかけられました
ちょっと躊躇しましたがやってみるとそれは想像以上に面白く満足感のある活動でした
今は個別のレッスンもして多くの方に手仕事をお伝えすることができています
「満足とは、求めていたことが得られることであり、自分が思い描いていた状況に実際になることだ。人間の脳は、頭に思い描いたことが現実になることを欲している」
著者はこの状況を「自由」と定義しています
「「面白い」というのは、この自由へ向かう方向性を感じている状況であり、いうなれば、いずれ自分は満足するぞ、という予感が、その人を笑顔にさせるのである」
「面白い」と思うとついニヤニヤしてしまうのはこういう訳なんですね
「「面白い」生き方をするコツは、自分が「面白い」ことを思いつくことです。そこさえ思いつければ、実行あるのみなのです」
これがなかなか思いつけなくて「どうしたらいいかわからない」という人は多いです
「もし世界中の人たちが自分の楽しみをちゃんと見つけることができて、それを実現することに夢中になっていれば、戦争なんて起こらないし、世の中の争いもずいぶん減るだろう、とは想像します」
「他者がいないと生じない「面白さ」しか知らない人は、一人になったときが地獄のように苦しく感じられるらしい。生きることは、楽しさあってこそであり、面白いことがなくなれば、生きた心地もしない、というわけである」
「自分一人の「面白さ」の方が、大勢のときの「面白さ」よりも、ずっと大きいし、長続きするのである。僕は、「一人の面白さ」こそ、本物だと考えている」
「一人暮らしであっても、今はネットがある。どこでも誰とでもコミュニケーションは取れる。一人で楽しめる趣味も多いし、「面白い」時間を過ごすことは、むしろ一人の方が手軽だ。誰にも気を遣う必要もなく、自分のペースで生きられる。まさに「自由」が感じられる体験といえる」
「世の中は、今や「面白さ」の交換によって成り立っている。「面白さ」は天下の周りものなのだ」
「映画もそうだし、遊園地もそうである。旅行も安くなり、大衆化した。あらゆるレジャが、大衆の手が届く商品になった。こうして大部分の人たちが、これら商品化した「面白さ」を買う消費者となった」
「新たな「面白さ」に鞍替えすると、初期のコストパフォーマンスに優れた「面白さ」からスタートできるので、そちらの方がずっと楽しめる、ということになりがちである。
したがって、大衆はどんどん次の「面白さ」を求めるようになる」
「アウトプットする「面白さ」は、インプットする「面白さ」の何十倍も大きい」
「(バーチャルでは「面白さ」が得られないのではないか)それに気づいた人は、少しづつ増えるはずだ。そのあとには、やはり、リアルの「面白さ」を作り出すものへの揺り戻しがある」
「辛いときこそ、「面白さ」を探すことだ。それを忘れないように。
「面白さ」は最初は小さい。しかし育てることで大きくなる。「面白い」と思えるものを大事にして、磨きをかけることが、これまた「面白い」のである」
2025年1月8日水曜日
アンチ整理術 森 博嗣
退職する5年くらい前から自分のこれまでの人生を把握し直してみようと思いました
それでエクセルに自分が大切だと思うライフイベントを時系列で書き込んでいきました
いつ、どこで、だれと、なにを、どうしたのかを分かる範囲でリストアップしてみたのです
私は山登りが好きで高校生の時から「山日記」をつけていました
まずその日記に書かれていることは全部エクセルに書き入れました
高校生までに登った山のことは記憶やアルバムをたどって書き起こしました
つぎに学生手帳を参照して大切だと思うイベントをエクセルに入力しました
大学入学後に毎年買っていた学生手帳にはイベントの予定だけでなく記録も記入していました
生活面のこともそこに書いていましたので重要なイベントはピックアップできました
就職をしてからも毎年手帳を新しくして何か大事なことはそこに記録しました
相変わらず山登りなどの記録が主でしたがそれ以外のイベントも増えていきました
結婚もしたし子供も3人生まれました
他にも30代半ばで留学したりといろいろなことがありました
留学から帰ってから50代の終わりまではそれまでとすっかり生活が変わりました
山登りにはめったに行かなくなり代わって古民家の修復に没頭しました
古民家を維持するための夏の草刈りや冬の雪掘りなどを定期的にしました
こうして60歳を目前に退職した時点でライフイベントは1,000件を超えました
退職してからは自分のやりたいことを中心にすえた生活になりました
やったのは藁細工、竹細工、茅葺きと山登り、自転車旅、それに船頭です
自分が何を好きなのかはエクセルに記録したイベントの数にはっきり表れていました
退職してからは自分が面白いと思うことをする楽しい生活になりました
生活の変化はリストアップされるイベントの急増となって現れました
今はほとんど毎日がイベントと化しています
森博嗣はこの本の中でこう書いています
「(生き方は)整理・整頓をし、綺麗にしておくと、とても生きやすくなるだろう」
そうだなあ
さらに
「人生の整理・整頓ができている人に共通するのは、自己評価が絶対的である点だ」
「頼まれたわけでもない、褒められたいわけでもない、自分がやりたいからやっている」
「人生は、一度きりであり、その人生を自分で評価することが前提である」
「他者に褒められるより、自分に褒められる方がどれだけ嬉しいか」
「自分が知っている自分が、一番本物だし、その評価も自分ですれば、それで良い」
「自分がその目的を実現する本人なのだから、自分の能力合わせ、無理のない計画を立てることが大前提である」
とも
それでこれから75歳までの人生の骨組みとなる基本計画を考え直してみました
正月でもありますし
まずこの三年ほどの活動実績を自己評価してみました
評価項目は「あそぶ(山、自転車、舟)」と「つくる(藁細工、竹細工、茅葺き)」です
その結果は自転車・藁細工・茅葺きは優、舟は良、山・竹細工は不良という評価でした
優の3項目は一所懸命にやる理由がありました
自転車は同好の友人と藁細工はサークルに所属してやっていましたからね
茅葺きは自分が所有している家の修理です
いずれもこれからはマイペースでやります
不良だった2項目、山・竹細工にこれから注力していこうと思います
山は日本百名山全山登頂まであと21座という分かりやすい目標があります
竹細工は講習ができるようになることに目標を設定しようと思います
それとやり残していたことも2項目(カヌーとサーフィン)あることに気がつきました
いやあうっかりしてました
川も海も好きなのでもっと行きたい
というわけでこれからガゼン忙しくなりそうな雰囲気です
登録:
投稿 (Atom)