2016年8月15日月曜日

柿渋つくり(1)仕込み




一入亭の庭のかたすみに毎年たくさんの実をつける柿の木があります。

渋い柿なので食べませんでした。その実が秋に色づいて落ちるとタヌキが山から食べにきていました。

このタヌキがついでに隣家の畑をあらしたり一入亭の縁の下にはいってキャッキャとさわいだり好き放題しています。
     

         この柿をつかって柿渋をつくることにしました。
           一入亭では柿渋をあちこちに使っています。

風呂場
風呂場の床

 風呂場の床や腰板の上に柿渋を塗りました。柿渋には木の表面を固くして防水する効果があります。塗ってしばらくすると柿渋色(団十郎茶)に変わりました。窓の外の緑とのコントラストがきれいです。


風呂場からの眺め



茶の間の床を張りなおしたときにも上に柿渋を塗りました。柿渋には防水に加えて防虫の効果もあります。ここで昼寝をしていて虫さんが顔のうえを歩かないことを期待しました。




このほかにもさまざまな効用がある柿渋ですが市販品はいささか高価です。もっぱらタヌキのエサになっていた庭の柿で柿渋をつくってみることにしました。


柿渋の仕込み

今回は世田谷区の次大夫堀民家園で毎年行われている方法で仕込んでみました。

<道具>
柿もぎ(自作)、ハシゴ、カゴ3個、ステンレス包丁、ポリ袋厚口10枚、ハンマー、カルキ抜きした水30リットル、プラスチック樽30リットル3個

落とす


ハシゴにのり柿もぎを使って枝ごとガシガシ落とします。




自作の柿もぎです。柿のなっている枝を中央の溝に差し込んでひねるといい具合に枝が折れます。



もぐ

  
落とした柿を枝からもぎます。割れたり黄変している実はつかいません。収穫した柿は重さ約40㎏で1,000個以上ありました。



洗う






柿の表面のゴミなどをかるく洗いおとしました。
 切る






ステンレスの包丁で実を半切りにしました。1000個もあるのでたいへんです。
切った柿を厚口のポリ袋に入れ口をしばりました。


潰す


ポリ袋に入れたハンマーで柿を潰しました。これまた数が多いしハンマーが重たいしで「たいへんだ、たいへんだ」といっている人がいました。




浸す



潰した柿をプラスチック樽にいれカルキ抜きした水を加えます。





発酵で出た泡が見えますね。
これで仕込みはおわりです。
3週間ねかせたあと絞ります。
それまで1日2回撹拌します。



 「柿渋つくり (2)しぼり」へつづく

2015年6月21日日曜日

2010年8月18日水曜日

吉村昭 2010年8月18日 高熱隧道(1967)


黒部第四ダムはまったくの異体です
大町から西に入った扇沢から関電トンネルをトロリーバスでくぐって行きます
すると黒部峡谷の真っただ中に巨大なコンクリートのアーチが現われます

このダムの下流に発電所を作るために黒部川にそった鉄道がまず必要でした

今は観光のトロッコ列車が走る黒部峡谷鉄道です


「高熱隧道」はこの鉄道を通すためのトンネル建設の物語です

どれほどの困難がありどれほどの犠牲を伴った事業だったのでしょうか

それが克明に描かれています



2010年8月7日土曜日

吉村昭 2010年8月7日 戦艦武蔵(1966)

日本海軍の関係者は巨大戦艦「大和」と「武蔵」を完成させることに国の命運を賭けた
この二隻で大東亜戦争に勝利できると自ら信じた

「武蔵」の建造を民間造船会社が受注した
会社の人々は、いちにちも早く「武蔵」を作りあげることに力をふり絞った
彼らもまた、この巨大な新型戦艦が海上に浮かべば国土は守られるであろうと信じていた

沢山の人々の夥しい努力によってようやく「武蔵」が完成した

その時すでに太平洋戦争の勝敗を決するのは巨大戦艦ではなくなっていた

多数のあるいは巨大な戦闘機が主役になっていた



2010年8月1日日曜日

吉村昭 2010年8月1日 桜田門外の変(1990)


次男が近日封切りになる「桜田門外の変」を見たいという
その原作が吉村昭の本だと知ったのでまずそれを読むことにしました

その出来事は日本の歴史の転換点というべきテロ事件です
規模の大きい、周到に準備されたやくざの出入りという感じ

吉村はこの事件を一人の首謀者の視点から詳細に描きました
その人の生い立ちや実際に生活した場所、逃げ回ったところなどに訪れて盛り込んでいます
存命の人の証言は小説にリアルさをもたらしています

2010年6月17日木曜日

『密会』 吉村昭

NHKラジオの長寿番組に「日曜名作座」というのがありました

森繁久弥と加藤道子が、脚本された文芸作品を朗読しました

テーマ音楽と劇中曲の作曲は古関裕而でした

このシンプルな番組は50年にわたり放送されました


わたしの母はこの番組を枕元の小さなラジオでよく聞いていました

いつの頃からか二人の名優が展開する劇のおもしろさに心を惹かれるようになりました

原作は吉村昭というはじめて名前を聞く小説家でした


わたしは川越市の市立図書館でよく本を借りて読みます

その図書館の蔵書を「吉村昭」で検索してみると250冊ほど収蔵されていました

そこでまず「日曜名作座」の作品のイメージに近いこの本を借りてみました


この本は市井に暮らす男と女の関係を描いた短編集です

その後知ったことですがこの作品は吉村昭としては珍しい部類の作品でした


2009年11月3日火曜日

『天狗争乱』 吉村昭

わたしが本を読んでみようと思うきっかけは、

・新聞で書評を読み、面白そうだと思った場合

・ある本にその本について取り上げられていて、面白そうだと思った場合

・図書館で見かけて、面白そうだと思った場合

などです


わたしは独身の頃は小遣いがふんだんにありました

書店で本を立ち読みしていて面白いと思ったらすぐに買うこともよくありました

このごろはほとんど本を買わずもっぱら川越市立図書館で借りて読んでいます


吉村昭という作家の名を初めて知ったのは日曜名作座というNHKのラジオ番組でした

古関裕而の郷愁のこもったテーマ音楽とともにはじまるこの番組は51年間放送されました

この番組を知ったのはわたしの母を通じてです

ラジオの音量を小さくして寝しなによく聞いていました


わたしも50歳を過ぎて日曜の夜にこの番組を聞くとなんだかほっとして寝られるのでした


ある晩に吉村昭が原作のドラマが流れました

そのストーリーに惹きつけられてこの人の本を読んでみようと思ったことを覚えています


「天狗争乱」は江戸末期に幕府に対して一種の反乱を起こした水戸藩士達の物語です

彼らの行動はわたしの持っていた江戸武士のイメージとはかけ離れていました

躍動的でとても生き生きとしていたのです


わたしはこの本を面白いと思いました

しかしその後吉村昭の著作を全部読むことになるとはこの時は思いもしませんでした

 

1989年11月3日金曜日

スバル・レガシー

長男が生まれて、ようやく首が座った頃、レンタカーを借りてドライブへ行った。行先は埼玉県東松山市にある森林公園である。行ってみたところ、あいにく休園日だったので、近くの河原でピクニックをした。家族で車で出かけるのは楽しかった。それで今度引っ越したら車を買おうと思っていた。

妻の妹は、大学を卒業後しばらく東京スバル販売という会社で働き、結婚後に退職していた。それで彼女に知り合いを紹介してもらい、その店で購入した。知り合いということで、かなりの値引きをしてもらったのだろうが、詳細は覚えていないし、記録も残っていない。

スバル・レガシーは水平対向の4気筒エンジンが特徴である。わたしが高校生の時、山岳部の顧問だったM先生が、スバル1300という車に乗っていて、そのエンジン音ときびきびとした走りに魅力を感じた。またレガシーはワゴン車なので、人も荷物もたくさん載せられるのが良かった。スキーや山登りで雪道を走るだろうから4輪駆動を選んだが、購入費用を抑えるためにマニュアル・シフトでエアコンのないもっとも廉価のタイプにした。

この車に結局10年ほど乗ったのだが、最後はあちこち擦ったりぶつけたりしたあとができ、おまけにマフラーに穴が開いて暴走族車の排気音のようになってしまった。子供も増えて手狭になったので、ホンダのステップワゴンに乗り換えることにした。このレガシーはホンダのディーラーに下取り価格ゼロ円で引き取られていった。

1989年7月28日金曜日

アメリカ西部ラウンドトリップ

7月10日 晴
妻が長男(生後9ヶ月)を連れて成田空港まで見送りに来てくれた

成田空港発(14:35)
アメリカ西海岸に近づくと飛行機はサンフランシスコ辺りから海岸線に沿って南下した
見下ろす大地は乾ききっているようで赤茶けた色をしている
やがてスモッグに覆われた盆地状の巨大なロスの街が見えてきた
その一角に飛行機は着陸態勢をとった
徐々に高度を下げ、スモッグの下に出ると、道路や街並みが見えた
背の高い建物は少なく、目につくのは幅の広い高速道路だ
車線が片側4車線も5車線ありおびただしい数の車がすごいスピードで一方向に走っている
数時間後はあそこを自分で運転して走るのかと考えるとグッと緊張感が高まった
飛行機はくすんだ家並みの上をさらに高度を下げロスの空港に着陸した(8:25)

入国審査と税関でのチェックに1時間以上かかった
すぐに空港に隣接したレンタカー事務所へ行く(9:45)
車は日本から予約してあったので受け取るだけだった
コンパクトサイズの車を指定してあったのだがそのタイプはないという
もうすこし大きいタイプを同じ料金で貸すという
トヨタ・スープラの2000GTのようなだいぶ走行距離をかせいでくたびれた感じだった
予約したカローラタイプよりもいいと思いOKして早速乗って出発した(10:30)

今日はラスベガスまで行く予定だ
まずロスの網の目のような高速道路を抜け出す
つぎに郊外の幹線フリーウェイであるインターステート(Interstate: IS)へ出る
そうすれば後は砂漠の中の1本道だ
空港から郊外までの高速道路の道順はすべて記憶してある
地図は見ないで記憶だけを頼りに高速道路に飛び込んだ

飛行機の上から見たとおり、車速が速いうえに、車間が詰まっている
車線が多いので分岐点から右側の道に入るときに注意が必要だ
少なくとも右側から2車線以内をあらかじめ走っていないと、急には入れない
頭上の標識に注意して、分岐点を確実に右へ左へと通過していった

サン・バーナディーノという町を過ぎ山を越えるとIS15の砂漠地帯の1本道になる
それと同時に、単調な道で緊張感が緩み、ものすごく眠たくなってくる
昨夜飛行機の中で少し寝ただけだった
車を運転する緊張が緩んでくると同時に眠気が襲ってきた
バーストーという町で、道のかたわらのコンビニに止まり休憩する
ここからモハベ砂漠に入るのでリフレッシュして出発しようと思ったからだ
砂漠では上り坂が続き、車がオーバーヒートすることもあるそうだ
幸いここまでは乗っている車にトラブルの兆候はない
しかし外気温が猛烈に高いので要注意だ

再び走り出し砂漠の中の道に入る
真っ直ぐで、景色も単調だ
またもや眠気が襲ってくるが、なんとか我慢する
なんどか路肩のランブルストリップスに乗り上げては慌ててハンドルをきった

道がネバダ州へ入るとハイウェイの彼方にラスベガスの高層ビルが見えてきた
ラスベガスの町に着いてそのままモーテル6を探した(16:00)
チェックインしてから再び車で街中へ出かけた
道端のスロットマシンで少額の寄付をした
帰りがけにマクドナルドでハンバーガーを買い、モーテルに持ち帰って食べた
本日の走行距離 472㎞

7月11日 晴
長旅してきたのと知らない土地での車の運転で疲れがどっと出て、朝起きるのが辛い
この街を離れる前に、ラスベガス大学を見ておこうとと思い、キャンパスへ向かった
立派なスポーツ施設が印象的だったが、あまり知的な雰囲気は無かった
早々に出発する(11:30)
今日はザイオン国立公園まで行くつもりだ。

昨日に続き再びIS15の砂漠の中の単調な道を北西に向かう
IS15がアリゾナ州に入ったところで試しに時速160㎞(100マイル)ほどで走ってみた
砂漠の中の直線道路なのでそう速くは感じない
乗っている車に信頼感があれば200㎞でも大丈夫そうだ

アリゾナ州からユタ州に入り、最初の大きな町であるセント・ジョージに着く(16:30)
セントジョージの先から小さな道を東に入り、ザイオン国立公園の入口まで行ってみる(18:00)
そこで分かったのは、この公園を見るには1、2時間ではとても足りないということだ
最低でも1日がかりである
一旦セントジョージに戻り、食料や装備を整えて再びやって来ることにした(20:00)
セントジョージでモーテル6を見つけそこに泊った(21:00)
本日の走行距離 376㎞

7月12日 晴
ザイオン国立公園でゆっくり遊ぶため宿を早朝に出発する(6:45)
この時間帯に東へ向かって走ると日の出の太陽が真正面になりとても眩しい

公園のインフォメーション・センターで情報を収集した
まずエンジェルス・ランディングというローソクのような岩塔に登ることにする
次いでナロウズという砂岩が浸食された峡谷を遡行することにした(8:20)

エンジェルス・ランディングの下に車を置き、カメラだけ持って登りはじめる(8:30)
岩場の道で、鎖場などもありスリルがある
狭い道を登って行くと、踊り場に若い女性が2人いた
そのうちの1人が上半身裸だったので驚いたがあちらは驚いていなかった
暑いから当然ということなのだろうか

登るにつれザイオン渓谷の景色が良く見えてきた
頂上に着くとそれは360度の視界になった
ここに天使が舞い降りてくるのか、なるほど(9:50)

景色を眺めながらゆっくり休憩し、下り始めた(11:00)
岩場なので下るのにも登りと同じくらいの時間を要した
駐車したところに戻るとそこにさっき会った二人組の女性がいた(12:30)
ゆっくり昼食をとり休んでからナロウズへ向かった(14:10)
渓谷の底の道を、景色を楽しみながら遡っていくと、ドンドン谷の幅が狭くなっていく
そのどん詰まりがナロウズの入り口だった(15:00)
ナロウズは本当に狭い谷である
だから、上流で大雨が降ると、すぐに谷いっぱいに水が溢れるのでとても危険である
今日は雷雨の可能性はないので大丈夫そうだ
身支度をして出発する(15:30)

初めは谷幅10m位だが、両岸は100mぐらいも岩壁がそそり立っている
今は膝下ぐらいまでしか水深がないが、上流から大水が来たら逃げる先が無い
浸食された谷はうねうねと続き、滝はない
谷幅がどんどん狭まっていく。最後は両手を広げると、両岸にタッチできるほどになった
そこが最奥地点だった(17:00)
もし上流で雷雨があって激流が来たら逃げるところが無いのですぐに引き返す(17:10)
ナロウズの入口へ戻り、車でキャンプ場へ向かう(18:10)
キャンプ場に着きテントを張り、泊まる
本日の走行距離 138㎞

7月13日 晴
今日はグランド・ジャンクションまで、比較的長い距離を走る予定だ
テントを撤収し、ザイオンのキャンプ場を後にする(7:10)
またまたIS15で北上する
直線ばかり続く単調な道だ
時折針葉樹林帯に入り緑の木々を見ると気分が落ち着く
2時間走って、ビーバーという町で休憩する(9:10‐9:20)
ビーバーの先からIS70に入ると、さらに周囲の緑が濃くなる
谷を越えまた樹林帯に入り、また砂漠に出る
延々と続く砂漠地帯だ
その先にようやく緑の街が見える
その名もグリーンリバーだ
ここで昼食の休憩とする(13:00‐13:40)
そのあともまたIS70の砂漠道だ
コロラド州に入ると間もなくグランド・ジャンクションに着く
今日はここで泊まり、明日ロッキー山脈を越えてボルダ―まで行く
そこで今回初めて岩に登る予定だ
モーテル6にチェックインする。(15:30)
傾いてきた日差しが強烈である
本日の走行距離 662㎞

7月14日 晴
今日はIS70でボルダ―まで行く
山越えの変化のある道を期待してグランド・ジャンクションを出発する(6:45)
イーグルクリークで休憩する(9:10‐9:40)
かなり山の中へ入って来た
さらに登り、スキーリゾートで有名なべールを通過する
道は完全な山岳道路だが、舗装は良く整備されている
これまでにないワインディング・ロードである

道が下り坂になると、平原の彼方にデンバーの高層ビルが見えた
ボルダ―へはデンバーから北上する
岩場があるボルダーキャニオンへ行く前にモーテル6にチェックインしておこうと思った
しかし見つからなかった
そこで宿泊費がモーテル6より少し高いホリデーインに泊ることにする(16:00‐17:00)
そこから岩場までは車でしばらくのドライブだった(17:30)

ボルダーキャニオンの岩場は、スケールはあまり大きくない
日本の岩登りゲレンデを少し大きくしたような規模だ
とは言っても、下から上まで登るにはザイルを使った安全確保が必要だった
それで、下部の岩場だけを少し触ってみた
日本にもよくあるような岩質だった(17:30‐18:00)
岩場からホリデーインへ戻る途中で、ショッピングモールに立ち寄った
タコベルのタコサラダを食べた
見かけより美味しくない
ぐったり疲れてホテルに戻った(20:30)
本日の走行距離 541㎞

7月15日 晴
朝ボルダーのモーテルをチェックアウトした(7:30)
車で1時間ほど走ってからルームキーを返し忘れたことに気がついた
モーテルに電話したところ「どこか近くの郵便ポストに投入れてくれ」という
そんなことをして大丈夫なのかと思ったが、金もかからず簡単には違いない
道端に注意して走ると間もなく郵便ポストが見つかったのでそこにルームキーを投入れた

今日はベアレークを経由して、再びボルダー・キャニオンで岩に触る
それからフォート・コリンズまで行く予定だ

ベアレークはとてつもなく広い景色を見続けてきた目にはこじんまりとして映る
日本の公園のような景色に見えた(10:15‐10:25)
それからかなり標高の高い道をわざと走ってから、ボルダー・キャニオンへ向かった
そこでまた昨日に続きボルダリングを2時間ほどして、フォート・コリンズに向かう(13:30‐15:20)

運転中にとてつもなく眠くなった
これではとてもシャイアンまで行けそうもないと思った
事故を起こす前にフォート・コリンズのモーテル6に早めにチェックインした(17:00)
本日の走行距離 317㎞

7月16日 晴
今日はまずIS25をシャイアンまで北上する
そこからIS80を西に向かって50㎞ほど行ったベドウウーという岩場へ行ってみる

今日も早起きして出発する(7:15)
ワイオミング州には親しみがある
子供の時よくテレビで見た「ララミー牧場」はこのワイオミング州にある
「ララミー牧場」の最高視聴率は1961年2月に43.7%を記録したそうだ
ちょっとびっくり

ベドウウーはIS80のすぐ北側にあるので行くのは簡単だ
IS80からもう平たい、古墳のような岩場が見える(9:00)
岩場のスケールは小さいが花崗岩のような大きな一枚岩だ
アクロバティックなクライミングができそうだ
わたしにはできないので、岩場のてっぺんに登ってみる
ワイオミングの平原が見渡せた
少し蒸し暑い

ここまでカリフォルニア、ネバダ、アリゾナ、ユタ、コロラド、ワイオミングと走ってきた
アリゾナまでは暑く、乾燥していたが、コロラドからはっきりと蒸し暑くなった
ベドウウーを後にして、ロックスプリングスへと向かう(10:30)

再びIS80を西へ走る
このIS80は全長が4,639㎞ある
ニューヨークの近くからサンフランシスコまで、合衆国をほとんど東西に横断する
とても長いためか、この道を走っている車はあまりせかせかしていない

特に長距離用の巨大トラックはまったくマイペースで走っている
それに踏みつぶされないよう、自分の存在をアピールしつつ走ることを心掛けた
それに後から迫っていく時は相手のバックミラーにしっかり映るよう位置取りした
その前を走る時は追突されないよう、早めにポンピングブレーキを踏んだ
トラックの運転座席は、家の2階のような高いところにある
運転手がどんな表情をしているのか全く分からない
ひょっとしたら居眠りしながら運転しているかもしれないので、注意が必要だ

そういうわたしは、運転中時々完全に眠ってしまう
そして車が路側帯に寄っていくと、ランブルストリップスが音鳴りして目を覚ます
これを何度も繰り返した

ロック・スプリングスという町に着いた
少し早いが、今日はここのモーテル6に泊ることにする
チェックインする前にスーパーマーケットで買い物をする
買い終えて、車に乗り、駐車場から出ようとしたところ、後ろからパトカーがついてくる
おやなんだろうと思っているうちに、屋根の赤色灯が点灯回転し始めた
「え、オレに用事かい」、と思いつつ車を停止させる

外に出ると、恐い顔をした警官がパトカーから出てきた
簡単にボディーチェックされたあと、パスポートなどの提示を求められる
まだ、何の用件だか分からない
レンタカーの書類をチェックしたあと、ようやく話がはじまった

わたしのレンタカーのナンバープレートは有効期限が切れている
これは貸した側の責任だ
これからもドライブして行く先々で警察官に注意されるだろう、とのこと
ちくしょうこんな物を貸しやがって、と思ったが今はどうしようもない
「ああ、そうですか」、と言って警察官と別れた
今日はなんだかドッと疲れが出た
ロック・スプリングスからジャクソンまでは田舎道なので、今日も早めにチェックインする(14:30)
本日の走行距離 512㎞

7月17日 晴
今日は、国立公園をふたつまわった後、アイダホまで行く予定だ
タフな1日となるだだろうと思いつつ、ロック・スプリングスを出発する(6:25)

はじめに『シェーン』という西部劇映画に出てきたグランドティトン国立公園に行く
ロック・スプリングスから北へ北へと進み、公園の入り口に位置するジャクソンに着く(10:00)
とても賑やかな観光地で、見世物や土産物屋が沢山ある
ここから公園内の道をさらに北上していく(10:40)

走っていくと、西側に写真などで見慣れたグランドティトンの山並みが見わたせる
草原、森林、湖それに高山と、絵に画いたような景色の中を行く
イエローストン国立公園へと北上するこの道路沿いにはグリズリーが出てくることもある
人が殺傷される事故がよくあるという

オールド・フェイスフルというところで間欠泉を見物する(13:30)
公園の中にはいろいろな見所があるがとても広いので見てまわるのには時間がかかる
概要を理解してさよならする(15:00)

公園を出てすぐにアイダホ州に入る
森林地帯から下り道を走り穀倉地帯に出るとジャガイモ畑が広がっている
今日は頑張って走り、IS15と合流するアイダホ・フォールズのモーテル6まで行った(17:45)
本日の走行距離 670㎞

7月18日 晴
今日のドライブは、特に見所は予定していない
オレゴン州のバーンズにあるモーテル6を目指してアイダホ・フォールズを出発する(8:00)

昨日に続き延々とジャガイモ畑の中を走っていく
よくみるとこれは自然の沃野ではなく灌漑された畑だ
水を供給されている土地だけが緑の濃いジャガイモ畑でその他の土地は赤茶けている
アイダホの平原とはそのようなところだ

南下するIS15と別れて、IS86に、さらに100㎞ほど走ると道なりにIS84となる
西へ向かっていた道が徐々に北を目指す
砂漠地帯を越えて、再び緑が濃くなってくるとアイダホとオレゴンとの州境が近い

オレゴン州に入った最初の町オンタリオで休憩する(14:00‐14:50)
オンタリオでIS84を降り、セントラル・オレゴン・ハイウェーを走る
また砂漠地帯になるが、これまでのように単調ではなく、道に変化があるので楽しい
あまり眠くならない
大きな声で歌を歌いながら走る
「どこまでも行こう、道は厳しくとも、口笛を吹きながら、走っていこう。・・・」

バーンズは田舎町だ
そこのモーテル6は道沿いにすぐ見つかった(17:50)
夜に映画館へ行った
ポップコーンとルートビアを買って映画を見た
前の座席との間がとても広く開いていて、足を思いっきり延ばせる
これは、むこうの人の足が長いということもある
またとてつもないおデブさんがいるので、その人たちも快適なように、ということだろう
本日の走行距離 760㎞

7月19日 晴
今日は昼にジョーとベンドという町で会う
ジョーは昨年オレゴン州立大学から早稲田大学国際部に交換留学で来た学生だ
1学年間の滞在を終えて今年の6月にオレゴンへ帰った
彼が日本に滞在している時に、一緒にスキーやフリークライミングに行った
今回アメリカ行きを決めた時、早速彼に連絡してオレゴンで会う約束をした
久しぶりに知り合いに会えるので、浮き浮きとしてバーンズを出発する(9:00)

ベンドでの待ち合わせ場所は、予めジョーが決めてくれていた
そこに着くとジョーが古びたフォルクスワーゲンのビートルの傍らに立っていた(12:00)アメリカで会うジョーは、日本にいた時よりもちょっと頼もしく見えた

ジョーのあとについて、ベンドの北にあるスミス・ロックへ向かう(12:30)
この岩場は、高難度のフリークライミングができる場所として有名だ
ベンドから1時間のドライブで、スミス・ロックに着いた(13:30)
岩場一帯が公園になっていて、緑があり、川も流れている

早速ジョーと岩場に行ってみる
ここまでザイオン、ボルダー、ベドウウーと岩場をよじってきた
いかんせん単独行なので、確保してくれるパートナーがいなかった
そのため簡単なルートをフリーで登るか、小さい岩をボルダリングする程度だった
ここでジョーと会えたので彼に確保してもらいながら長いルートを登る

簡単なルートを何本か登ったが、あまり充実感はなかった
わたしたちには手が出ない高難度のルートは沢山あった
それで、クライミングは早々に切り上げ、川遊びをする
膝くらい深さしかないゆっくりしたきれいな流れで、とても気持ちが良い
他に人が全くいないのもいい


いい加減遊んでから駐車場へ戻り、近くのっ無料のキャンプ場にテントを張った
ジョーの日本での思い出話などを聞きながら、久しぶりにのんびりした気分で寝た
本日の走行距離 285㎞

7月20日 晴
今日はスミス・ロックで午前中フリー・クライミングをしてから、午後ジョーの家に行く
このツアーでこれまで10泊したがモーテルのベッドとテントの寝袋でしか寝ていなかった
今夜はようやく人の家で寝られる
ジョーの家がどんなところか楽しみだ

わたしはもっと自分のまわりの人々に感謝しなければいけない
今回のツアーでも職場の人には休暇中のわたしの仕事を背負ってもらっている
家では妻にまだ1才にならない息子の面倒を見てもらっている
そして今日からはジョーの家に泊めてもらうのだ
こうやって3週間近くも楽しく遊んでいられるのも、自分のまわりの沢山の人のおかげである
それをもっとはっきり心にとめなければいけない

午前中、スミス・ロックでジョーに確保されながら、簡単なルートを何本か登った


陽が登るとかなり暑いので、早々にテントを撤収し、またそれぞれ車に乗って出発する(12:30)

ジョーの家は、オレゴン州南東部のグランツ・パスという町にある
途中クレーター・レークという湖に立ち寄った
スミスロックから南下し針葉樹林帯を抜け出ると大きなカルデラ湖に着いた(15:00)
まさにクレーター(火口)の湖(レーク)である

湖は濃い青色をしており、水が冷たそうだ
湖の外周道路に展望台があった
そこに上がると400m以上もあるという断崖の下に湖水が見えた
湖を一周してからグランツパスへ向かう(17:30)

クレーター・レークから針葉樹林帯をさらに南下する
メドフォードという町を過ぎ、暗くなったころにジョーの家に着いた
辺りの景色は良く見えないが牧場のようなところにある平屋の1軒家である
家の背後に小さな川が流れている(21:30)

ジョーの家には両親がいて、歓迎してくれた
まだ大学生であるジョーの年齢からすると、ご両親はちょっと高齢のような感じがした
とても気さくでいい方たちだった
お母さんはジョーが日本に留学している間もいろいろと気にかけていたという
優しそうな女性だった

今日はあちこちに行ったので疲れた
ジョーの家族の歓迎を受けたので連日の緊張が緩みゆっくり寝ることができた
本日の走行距離 425㎞

7月21日 晴
今日はジョーがカヌーイングに連れていってくれるという
グランツパスにはログリバーという川が流れている
そこを遡っていくと渓谷になり、カヌーをすると楽しいらしい
カヌーはしたことはないが、是非やってみたいと思った

カヌーはビニール製で、空気を入れて膨らませると、全長3メートルほどになった
しっかりした1人乗りの小船という感じだ
これを2台ジョーの家の車の屋根に積んでジョーが運転する
わたしも自分のレンタカーを運転してジョーの後をついていく
カヌーイングの終了予定地点にわたしの車は止めておく
わたしはジョーが運転する車に乗って、カヌーイングの開始地点へ行く
開始地点へはログ川を少し遡り、針葉樹林が出てきたところだ
そこの駐車場に車を止め、カヌーを屋根から降ろし、担いで川へ行く

ログ川は、経験の範囲で例えると、黒部川の下ノ廊下の流れを緩くした感じである
水温は下ノ廊下より高い
そこにカヌーを浮かべ、パドルで操りながら、流れを下降していくのである
この日は天気が良かったので、水しぶきが気持ち良い
途中に何か所か初心者でもクリアできる瀬があって、ちょっとしたスリルも味わえる
やがて終了点に着いて、カヌーを接岸させた



楽しい時間は、いつもあっという間に過ぎてしまう
初めてカヌーイングを経験したが、こんなに楽しいものとは想像もしていなかった
こういう経験をさせてくれたジョーに心から感謝した

カヌーを車まで運んで空気を抜き、中に放り込んで、その車で開始地点に向かう
開始点でジョーは家の車をわたしはレンタカーを運転しグランツパスのジョーの家に戻った

その日の夕食はジョーの両親と近くのレストランへ出かけた
ジョーの友人のディーンという青年も参加して楽しく食事した
わたしは、こんなにも自分に良くしてくれる人たちに、心から感謝しなくてはならない
本日の走行距離 86㎞

7月22日 晴
歓待してくれたジョーとその両親に心からの感謝の言葉を残してグランツパスを後にした
(13:30)

幅が狭い山道を越えていく
対向車が少なく、センターラインや標識も無い
知らず知らずのうちに道路の左側を走行してしまう
カーブの出合い頭に対向車が見えて、あわててハンドルを切る

カリフォルニア州に入り、クレセント・シティーで西海岸に出る
ここから海岸沿いに南下していくと、レッドウッド国立公園に入る
駐車場に車を止めて、大きなレッドウッドに見惚れた
そして車に戻り、出発しようとしたが、エンジンがかからない
人のいないこんな所で故障かとヒヤリとした
何回か操作していると、エンジンが動き出した
原因は分からなかった

再び海岸線に出て南下したが、天気は煙ったような霧がかかり、はっきりしない
わたしは西海岸はもっとすっきり晴れたイメージを持っていたが、それとは程遠い
どんよりした天気だ

今日中にサンフランシスコまで行くことはできない
ユーレカという町のモーテルに早々に時化こむことにした(18:00)
本日の走行距離 278㎞

7月23日 曇
ユーレカを早めに出発し、サンフランシスコへ急ぐ(7:50)
久しぶりの都会だ
市街へと南下していくとそのままゴールデンゲート・ブリッジだったのでちょっと興奮した

サンフランシスコの街は落ち着いた感じで、気に入った
今夜泊るモーテルを決め、そこに車を置いて、街を歩き回る(15:30)
サンフランシスコまで無事に運転して来れたのでお祝いをしたかった
フィッシャーマンズ・ワーフのレストランに入る
牡蠣、蟹、エビをつまみにカリフォルニアワインを飲んだ
本日の走行距離、480㎞

7月24日 晴
東へヨセミテ渓谷を目指して出発する(7:00)

見渡すばかりの平原だったのが、起伏が現れ、木々が辺りに見えはじめる
谷あいの狭い道となり、ついには素晴らしい渓谷美を堪能するドライブとなる
1人で眺めるのが勿体ない

ヨセミテ・ビレッジのキャンプ場事務所へ行き、サニーサイドのテント場を予約する
(11:30)
それから車でハーフドームが良く見えるというグレッシャー・ポイントへ出かける
なるほどそこから見るハーフドームもこれまた1人で見るのは勿体ない眺めだ
サニーサイドは、エル・キャピタンの取付き近くにあるテント場だ
クライマーには有名な場所で木間越しにエルキャップのノーズを仰ぎ見る
1人で見るのはじつに勿体ない
本日の走行距離 381㎞

7月25日 晴
今日は2週間ぶりにロスへと戻る(6:30)

緑と岩のヨセミテ渓谷から、カリフォルニアの砂漠へ降りる
単調な景色の中をどんどん南下する
途中フレズノ、ベーカーズ・フィールドなど聞いたことのある街を通り過ぎる
これは、早稲田大学国際部に留学生を派遣してくる大学がある町だ
「こういうところから日本に、早稲田に来るのか、ふむふむ」、という感じで納得する
ロスの町を突っ切って、ロングビーチまで行き、そこのモーテル6にチェックインする
(16:30)
本日の走行距離 669㎞

7月26日 晴
突然だが、今日は仕事モードに戻って、大学訪問をする
行先は南カリフォルニア大学だ
ロスのダウンタウンにある。

これまで愛用してきたTシャツ・短パン・ゴムぞうりの3点セットはしまう
代わって小ざっぱりとした服装に着替えてキャンパス・ツアーのグループに紛れ込む
現役学生とおぼしき若者が、10数人のグループを引き連れて案内する
炎天下のキャンパスを精力的に歩き回る
彼は後ろ向きに歩いたまま、矢継ぎ早に大学のあれこれを説明する
なるほどと結構納得した

それからサンタモニカの海岸へ行き、ブラブラする
桟橋に座ってぼんやりしていると、近くのロスの空港から飛行機が飛び立つのが見えた
明日はあれに乗って日本へ帰る

7月27日 晴
この18日間に及ぶツアー中に雨は降らなかった
今日も晴天である
早朝にモーテルを出て、国際空港のレンタカー事務所へ向かう(6:15)
予想通り途中で通勤ラッシュの渋滞にはまったが、予定時刻よりも前に事務所に着いた
(7:30)
ナンバーの有効期限が切れていたことをクレームしようかと思った
無事にドライブも終わったし、実害もなかったのでやめにした(8:00)

空港へ行って(8:10)、チェックインし、大勢の日本人客と共に成田行きの飛行機に乗った
(11:00)

7月28日
成田空港着(14:00)

<旅行費用> 飛行機代   101,000円(成田・ロス往復)
       レンタカー代 91,000円
       ガソリン代  49,000円
       宿泊代     52,000円
       食事代    33,000円
       雑費  20,000円
       合計    346,000円
<走行距離> 7,054㎞