2025年11月6日木曜日

養生訓 貝原益軒 松田道夫訳

このごろ迷うことが多いです
いや若い頃から迷い続けてきたのです
ときどき目標ができてそれに向けて迷い少なくいたこともあります
でも大抵いつも何か迷っていたことの方が多かったように思います
そんな人生が続いているだけということかもしれません

そのような私に最初に刺さったのはこの一行です

「すべて疑うべきを疑い、信ずべきを信ずるのは迷いをとく道である」

なんだ当たり前じゃないか
そんなことが心に響くなんて大げさだとお思いになるかもしれません
迷っているときというのはそんな当然のことにも気がつかない状況だということです
複雑な迷路の奥の方に入り込んでしまって出てこられないと自分では思っている
けれどその迷路を俯瞰すれば出口はしっかりと見える
そのような言葉と感じられます

齢70を目前にした私には「養老」のくだりが味わい深かった

「いつも楽しんで日を送るがよい。人を恨み、怒り、自分を憂えて心を苦しめ、楽しまないで、つまらなく年月を過ごすのは惜しいことと思うがよい」

多忙さを避けるのは老いの暮らしに不可欠なことです

「年をとったら、だんだんと事をはぶいて少なくするがよい。事を好んで多くしてはならぬ。好む事がいろいろあると、事が多くなる。事が多くなると、心気がつかれて楽しみを失う」

自分の楽しみ以外に気を散らさないこともまた大事だと思います

「年をとったら、自分の心の楽しみのほかにさまざまなことに気を散らしてはいけない。時にしたがって、自分で楽しまねばならぬ。自分で楽しむというのは、世俗の楽しみとは違う。自分の心の中に本来ある楽しみを楽しんで、胸中に一物一時のわずらいがなく、天地春夏秋冬、山川のよい眺め、草木の成長の喜び、これみなわが楽しみでなければならぬ」

この本を訳した松田道夫さんは医師ですね
「わたしは赤ちゃん」の著者でもある
松田さんが書いたこの本の解説がいい
その中の一部だけを引用します

「わかい時に思いきり仕事をし、年をとったら誰にもさまたげられない静かな生活をし、過ぎた日々を思いおこす人が、いちばん幸福であると、紀元前三世紀にギリシャの哲学者がいった」

「『養生訓』にある個々の医学的な知識は、今日の水準からすればつたないものもあるだろう、しかし、それは晩年の中に幸福をとらえて動じない精神の姿を、いささかもゆるがすものでない。精神の安定は、各時代の科学の知識とは無関係に達せられるということだろう」

「なによりも精神の平静をたもつことに心がけること、毎日毎日に楽しみをみつけて生きること、日常の起居に激動をさけながらも、からだを動かすようにつとめること、大食しないこと、食事を淡白にすること、あつい湯にはいらぬこと、少量の酒をたしなむこと、病気になってもいきなり薬を飲まないことなどは、おおくの高齢者にあてはまる」


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